01
「ありがとう、ナナシマアリサ…。お前のおかげで、仲間を助けることが、できた…」
魔法でレベルアップしたリュミアさんがナーガを倒してくれた後、洞窟の入り口へと向かっているときにタルトちゃんがそんなことを言った。
結局、タルトちゃんの仲間で救出することが出来たのは、私が最初に確認した人たちだけだった。つまり10人くらいの子供たちと、大人はリュミアさんだけ。しかもそのリュミアさんでさえも、ナーガに仲間を殺されたショックのせいか、私が魔法を解いた後はうつろな様子で「あ…ああ…」とかを繰り返しているばかりで、正直、私がタルトちゃんに頼まれた仕事が成功したとはとても言えない状況だった。
だから私は、彼女の感謝の気持ちを受け取ることはできなかった。
「ううん、ごめんね。もっと私がしっかりしてれば。もっと、早くここに来ることができていれば…リュミアさん以外の、他の人たちの命も救えたかもしれなかったのに」
「そんなことは、ない…」
タルトちゃんは首を振る。でも、その顔は言葉とは裏腹に、少し切ない。
私たちの前には、タルトちゃんの持ってきた食料や水を与えられて少し元気になった子サテュロスちゃんたちが、リュミアさんに先導されてトコトコとかわいらしく歩いている。
ティオは、私たちから少し離れた後ろをついてきている。彼女は相変わらず空気を読まず、救出したばかりの子サテュロスちゃんたちを見ながら舌なめずりなんかしてたもんだから、「みんなが怖がらないように少し離れていて」って私が言っておいたんだ。あの子は、実は正直ナーガ寄りの存在なのかもしれない……まあ、それはとにかく。
今の私たちはそんな位置関係だったから、きっと、私とタルトちゃんが話している内容は、私たちの他の人には聞こえていなかったと思う。タルトちゃんは続けた。
「あの蛇はきっと、自分よりもレベルが高い者…つまり『あの猫』が近くにやって来たことに気づいたから、急いで私の仲間たちを殺害したのだ…。私たちがこの洞窟にやってくるまでは、私の仲間たちが生きていたという事実は、私も、そしてお前たちも、確認できていたのだから…。だからこれは、時間の問題ではなかった…。どれだけ私たちが急いでここにやってきたとしても、きっと結果は変わらなかった…。死体の中に埋もれて蛇の目を逃れた者がいたことだけでも、もはや奇跡なのだよ…」
「でも、それじゃあやっぱり、私たちのせいだよ…」
タルトちゃんは慰めるつもりで言ってくれたみたいだけど、その言葉は私にとってショックだった。だって、レベル43のティオが近づいて来たから、ナーガがタルトちゃんの仲間を殺した。それが本当だとしたら、私たちがここにやってこなければ、タルトちゃんの仲間は殺されなかった。サテュロスたちが殺されてしまったのは、やっぱり私たちのせいだったってことになるんだから。
……いや、「私たち」ってのも違うかな。ナーガを倒してもらおうと思って無理やりティオを連れてきたのは私なんだから、ティオには責任はない。これは私1人のせいだ。この事態の責任は、すべて私にあるんだ。それに気づいてしまった瞬間、私の胸が張り裂けそうなほど傷んだ。
「そうではない…」
タルトちゃんはそんな私の手を、優しく握る。
「お前たちがいなければ、『あの猫』の代わりに私がレベルを上げて、あの蛇を倒すしかなかった…。そうなれば、結局同じこと…。私がレベル40以上になってここにやってきたことに気づいた瞬間に、あいつは私の仲間たちを殺害したのだろう…。どちらにしろ、あの蛇にさらわれてしまった時点で、私の仲間たちの結末は決まってしまっていたのだ…」
「そんな……」
彼女の手の力が、さらに強くなる。
「お前が気に病むことではない…。これは、しょうがなかったことなのだから…」
「……」
タルトちゃんの優しい言葉に励まされるように、私の胸の苦しみが少しずつ解けていく。その彼女の優しさに、心が満たされていく。
そしてまた私の頭の中で、無意識のうちにタルトちゃんと「あの子」の姿が混同していった。切ない表情で私を見つめているタルトちゃんが、かつて私が振った「あの子」の姿と重なっていったんだ。私はまるで、タルトちゃんではなく「あの子」に、「あなたは気にしなくていい」、「これはしょうがなかったのだから」って言われているような気分がしてしまった。
でも。
私は頭をぶんぶんと振って、すぐにその自分勝手な妄想をかき消す。
そんなことあるわけない。いい加減にしろ私。
タルトちゃんの優しさに付け込んで、「あの子」に許されたつもりになるなんて…。あの子を苦しめた罪を、なかったことにしようとするなんて。そんなの、最低すぎる…。
あのときの私の罪が、そんな簡単に許されるはずがないんだから…。
「ごめん…」
私は喉の奥から絞り出すような声で、もう一度そう言った。
気づけば目には、涙がたまり始めていた。
フッと、タルトちゃんがつないでいた手を離す。
そして、いつも通りの抑揚が少ない、感情がわかりにくいしゃべり方で、私の名前を呼んだ。
「ナナシマ…アリサよ…」
私は、彼女の輝く赤い瞳を見つめ返す。
「やはりお前は、優しいな…」
そ、そんな…。
その言葉は、昨日タルトちゃんが私に言ってくれた言葉だ。だけど、私はやっぱりその言葉を受け入れることはできない。目にたまっていた涙は頬から流れ出していて、湧き上がる感情で胸がいっぱいになってしまっていた。
「そんなことないよ…」
「お前は、この『亜世界』にはありえないくらいに優しい…優しすぎる…。だから…だから私は…」
嘘だよ…。やめてよ……。
そんなの、おかしいよ…。だって私が……私なんかが…。
「私は、お前のことが好きだよ……」
そう言ってタルトちゃんは、また昨日の夜みたいなかわいらしい笑顔を私に向けてくれた。
私は、その言葉を拒絶しようとする。私なんかが、人に好きになってもらえる資格はないって、言おうとする。
でも、それを言おうとする気持ちを押しのけて、タルトちゃんの言葉がダイレクトに私の心の奥へと広がっていってしまった。それは、私が抱え込んでいたネガティブな気持ちを吹き飛ばして、私の心を一瞬にして完全に変化させてしまった。胸の奥につかていたものが取れて、心の中に雲1つない青空が広がったような気分だった。
体の奥からどんどん力が湧いてくる…。自分という存在の限界を超えて、どんなことでもできるようになったような錯覚…。
まるで、今まで私が使ってきたレベルアップの魔法をタルトちゃんが私に使ってくれたみたいだった。
「あ、ありがとうね……タルトちゃん、本当にありがとう…」
それは本当に、最高の気分だった。
※
「私たちは、自分たちの集落に戻ることにするが……お前たちは、どうする…?」
洞窟を出ると、私たちに別れの時がやってきた。
「はっ?アリサはこれから、ティオと一緒にレベル上げするんだにゃ!オマエらは用がすんだんにゃから、さっさとどっか行っちゃえにゃっ!」
私の腕をぐいっとつかみながら、ティオがタルトちゃんを威嚇するようにそんなことを言う。リュミアさんと子サテュロスちゃんたちは、彼女のその言葉にびくっと体を震わせた。
「ちょっ、ちょっとティオっ」
「んにゃ?」首を傾けるティオ。「にゃんだにゃ?ティオ、にゃんか変なこと言ったかにゃ?」
「え、えと…いや、そう言われちゃうと…。そういうわけでも、ないんだけど…」
「アリサが引き受けちゃった仕事はもう終わったんだにゃ?だから、ティオと一緒にサラを倒すっていう、最初の目的にもどるんだにゃー?」
「そ、それは…」
「んにゃにゃー?もしかして、まだ終わってないのかにゃー?これ以上、まだにゃーんかやることがあるのかにゃー?」
「え…いや…」
そんな風に、いつも通りのかわいらしい態度のティオ。だけど、彼女の内心はどうだかわからなかった。ただでさえ、タルトちゃんたちの仲間を助けるという私の行動は、彼女の目的にとっては「回り道」でしかなかったわけで、彼女も心の奥では相当のストレスがたまっているはずだ。そのうえこれ以上要求を先延ばしにしておいたりしたら、思いつめた彼女がとんでもない行動を起こしてしまうかもしれない。
例えば、「こんなサテュロスたちがいるからいけないんだ」とか言い出して、いきなりタルトちゃんたちに飛び掛かっていったりして…。
そんなわけで、私としてはさすがにそろそろティオの言うことに従うしかないと思った。
「う、うん…そうだね。そ、そういうわけでタルトちゃん、私たちは当初の目的通り、これからはティオのレベル上げに戻ることにするよ。レベルの高いモンスターがいる方角を、目指してみる。まず、とりあえずはー……」
周囲に神経を集中して、他のモンスターのレベルエネルギーを感じ取る。ここから1番近くて、レベルも十分に高いモンスターは……。
「あっち、かな…」
その方向は、ここまで来た道とは逆側、つまり、タルトちゃんたちの集落とは違う方向だった。
「そうか…。それでは、ここでお別れだな……」
とっくに無表情に戻っていたタルトちゃんはそういうと、特に名残惜しそうもなく、さっさと背中を向けて元来た道を戻り始めてしまった。リュミアさんたちもそれに続く。私はそれを見送るだけ。彼女の背中はだんだんと小さくなっていった。
タルトちゃん!良かったら、私たちと一緒に……。
私の頭の中に、そんな言葉がこだましている。
気を緩めたらうっかり口に出してしまいそうだったけれど、私はそれを、なんとか我慢した。
だって、そんなの本当に、自分勝手すぎるから。
さっき、彼女の命を危険にさらしてしまった私が…。これからだって、同じようにタルトちゃんに危険な目にあわせてしまうかもしれない私が…そんな言葉を言うなんてこと、出来っこない。彼女をを守り切れる保証なんてどこにもないのに、「自分がそばにいてほしいから、私たちと一緒に行こう」だなんて…そんなのは、ただのわがままだ。
だから今の私は、黙って彼女のことを見送ることしかできなかった。
「少しだけ…用事があるのだ…」
タルトちゃんが急に足を止める。そして、私に振り返らずに言った。
「え…?」
「それを済ましたら、ナナシマアリサのことを追いかけても、よいだろうか……?」
「タ、タルトちゃん…!」
その言葉だけで、私には充分すぎるくらいだった。
「そのときは…また、お前と一緒に…」
私の目から、ブワっとうれし涙があふれだす。
それを力いっぱいぬぐって、私はタルトちゃんに笑顔を向けた。
「うん、うれしいよ!必ず来てねっ!待ってるから!」
「……ありがとう」
そして私たちは、タルトちゃんと一旦別れた。




