08
今になって考えてみると。
タルトちゃんは初めて会ったときからずっと、「この事」を言っていたんだ。だって彼女、仲間を助けて欲しいって言葉を今まで私にしか言わなかったんだから。レベル43のティオじゃなく、レベル8で、魔法を使っても到底敵のレベルには届かない、私にしか…。
私は、ひたすら走っていく。
タルトちゃんが引きずり込まれた水溜まりを抜けて、さらに、洞窟の奥へ。
さっきのタルトちゃんの様子を見る限り、どうやらサテュロス族は水中で呼吸とかは出来ないらしい。だから「私が魔法をかけるべき相手」もきっと、あの水溜まりの中じゃなくってこの洞窟の奥にいるのだろう。
先に進んでいくと、天井が高くなって、少し開けた空間に出た。その先は道が何本かに別れていて、それぞれの先が小さな部屋のようになっているようだ。さしずめ、ホテルのエントランスホールって感じ?それらのどの道の先からも、私を越える高レベルモンスターのエネルギーは、「感じない」。迷っている時間がないと思った私は、とにかく手当たり次第に調べてみることにした。
まず手始めに、右端の道だ。
「!?」
部屋の前にやって来て、私は絶句してしまった。
私の世界で言うと、その部屋の間取りは4畳位のワンルーム。入り口には扉代わりに木で出来た柵があって、牢屋っぽい雰囲気になっている。岩肌がむき出しの四方の壁には、燃える物が何もないのに小さな火が揺らめいていて、辺りをぼんやりと照らしている。きっと、私の火の玉と同じような魔法の類いだろう。
でも、私が驚いていたのはそういう部屋の作りの話じゃなくって、その部屋の中に有った「モノ」の方だ。
部屋の隅、火の灯りも余り届いていない暗がりの中に、十数匹の生き物たちがうごめいていた。人間の子供みたいな姿の上半身に、羊とか山羊とか鹿みたいな動物の脚がはえている、半人半獣のモンスター……よーするに、タルトちゃんの仲間のサテュロス族だ。それもみんな、小学生になる前くらいの赤ちゃんとか幼児ばっかり。さっきのナーガは、どういうわけかさらってきたサテュロスのうち、子供だけを選り分けてこの部屋に集めているらしい。
「く……」
本当なら、その部屋のサテュロスちゃんたちの子供特有の愛らしさが私の中に眠る母性本能的なものを引き出して、ひとときのほっこり気分に浸っちゃっても良さそうだと思うんだけど……。あいにくと、そうはならなかった。
目に見える大きなケガこそ無かったものの、そのサテュロスちゃんたちは誰もが皆すっかりやつれ果てて、声も出せないほどに衰弱しきっていた。どうやらナーガに捕まっている間、満足に水や食料を与えられていなかったらしい。だから、私がその赤ちゃんたちを見ていて感じることなんて、胸くその悪さと痛々しさだけだったんだ。
「あいつ、こんな小さな子たちに、なんてひどいことを…。最っ悪…」
心の奥から、ナーガに対しての強い怒りが溢れだしてくる。
赤ちゃんサテュロスのうちの1人が私の姿に気付いたのか、小さく体を震わせながらこちらに手を伸ばしてきた。
「お……ぎゃ………」
「あぁ…!」
かすれてしまって声にならない声だけど、その行動は、私に助けを求めているようにしか見えない。私はその健気さに胸を撃たれて、すぐにでも牢屋の柵を越えて、その子達を解放してあげたい気分にかられる。でも…。
「ごめん。必ず、後で助けに来るから……」
今の私には、あの子たちを助けることは出来ない。
だって、ここで安易にあの子たちを解放したとしても、すぐにナーガに見つかって、またここに連れ戻されてしまうに決まっている。それじゃあ結局、何の意味もない。
だからやっぱり、この状況を解決するためには何よりもまず、あのナーガを倒すしかないんだ…。
つらい気持ちを必死にこらえながら、私はもと来た道を戻った。
……今、私が探している相手。つまりタルトちゃんがレベルアップの魔法を使えって言った対象っていうのは、ずばり、タルトちゃんの仲間のサテュロスのことだ。タルトちゃんは前に私に、「自分の仲間の中にはレベル35程度の人もいる」って言っていた。レベル35なら……いや、そこまでじゃなくても、例えばレベル28位もあれば、私の魔法を使ってレベルアップさせて、ナーガのレベル40を越えることが出来る、ナーガを倒せる。それが、タルトちゃんの狙いだったんだ。
つまりタルトちゃんは始めっから、自分の仲間にレベルアップの魔法を使わせるつもりで、私に協力を頼んで来ていたってことだったんだ。
「うっ……」
その隣の部屋は、さらに悲惨な状態だった。
さっきと同じような牢屋風の部屋の真ん中に、まるで、脱いだ服を投げ散らかしているみたいに無造作に、たくさんのサテュロスたちの体が重ねられていた。しかもそのどれもが明らかに致命傷と思えるほどの大きな外傷を負っていて、流れ出した大量の血で、全身がどす黒く染まっている。部屋中には、気分が悪くなるほどの強烈な血の臭いが充満していた。
一瞬、私は目を背けて逃げ出してしまいそうになる。
だけど、それは出来ない。覚悟を決めて牢屋の柵を強引に蹴破ると、息を止めてその中に入る。そして最短距離でその死体の山の前までやって来て、その死体同士の間に、「思いっきり自分の手を突っ込んだ」。
……さっきも言ったように、私は今、自分よりもレベルの高いモンスターのエネルギーを「感じていない」。それはつまり、レベルが35あるはずの、タルトちゃんの仲間のエネルギーも感じないってこと。
その理由を単純に考えれば、「既に仲間は全員殺されていて」、「レベルが5分の1になっているから」、ってことになるんだろうけど……。でも、実はそうとは限らない。さっきティオから聞いた「補足ルール」を鑑みると、今までは見えなかった別の可能性が浮かんでくるんだ。
サテュロスの死体を素手でかき分けながら、私は素早く、それらのステータスを確認していく。
レベル2、レベル4、レベル3……。
違う…。
次々と目に飛び込んでくる数字は、そのどれもがもれなく1桁台だ。ナーガに殺されてしまって、5分の1になった後の数字。
でも、私の考えが正しければもしかしたらこの中には、5分の1になっていないレベルも……。
レベル5……2……7……。
これも、違う…。
手に、血と肉の嫌な感触がべっとりとまとわりついてくる。ナーガに殺されてから既にだいぶ時間がたっているらしく、どの死体もひどく冷たくて、触ると私の体温も吸いとられていくようだ。
めげそうになる心にムチうって、私はその死体の山を素手で掘り起こしていく。
……そもそも。この洞窟に入って来たときに「高レベルモンスターのレベルを感じない」ってときに、私は気付くべきだった。もしも、その時点で私がこの「補足ルール」の存在に気付けていれば、タルトちゃんはナーガから奇襲を受けなかったし、こんなピンチな状況になることなんてなかったんだ。
だって、おかしいよね?
私たちはナーガが棲みかにしている洞窟にやって来たっていうのに、その肝心のレベル40のナーガの存在を、全然感じないなんてさ。そんなこと、普通に考えたらあるわけないじゃん。
それが、さっき私が感じた疑問だ。
そしてそこから導き出された仮説は……。
レベル3……レベル4……レベル………!?
私がもうほとんど諦めかけて、別の部屋に行こうかと思っていたとき、それはようやく見つかった。
いた……。
レベル……37。
冷蔵庫の中のお肉のように冷たい死体たちの中で、その体だけはとても温かった。ゆっくりと、覆い被さっている他のサテュロスたちの死体をどけていく。するとその下から、気を失って横になっている色黒美人なお姉さんの姿が現れた。もちろん、下半身は茶色い毛がはえた動物のような脚だけど。
さっきの、私の仮説っていうのは……。
「この『亜世界』のレベルエネルギーは、他のモンスターに分からないように隠蔽することが出来る」ってことだ。ティオから詳しく聞いた話を、私なりの言葉で要約すると……。
この『亜世界』のレベルエネルギーは、まるで携帯電話の電波みたいに、目に見えないけれど木とか山とかの障害物をらくらく透過して遠くまで伝わっていくことが出来る。でも、途中でそのエネルギーよりも「低いレベルのモンスター」がいたりすると、そこであっさり途絶えてしまうんだそうだ。
つまり、空気とか木とかの無生物はレベルのエネルギーをよく伝えるんだけど、モンスターの体は、「その生死にかかわらず」レベルエネルギーを遮断してしまう性質があるってわけ。
レベルのエネルギーはそれぞれのモンスターの全身から360度全方位に向けて放出されているから、例えば自分の目の前に別の誰かが立っている位じゃあ、自分のレベルエネルギーが分からなくなってしまうなんてことはない。だけどそれは逆に言えば、もしもあるモンスターが、「その全身をくまなく別のモンスターで覆い尽くす」ことが出来たとすれば、それだけでそのモンスターは、自分のレベルエネルギーを完全にステルスすることが出来るってことになるんだそうだ。
さっきのナーガは、きっとそうやって水溜まりの中に隠れていたんだろうって、ティオは言っていた。例えば、あらかじめ他のモンスターを倒して水溜まりの中に沈めておいて、水中で自分の体をそのモンスターの死体で覆い尽くすようにして……。
もちろんナーガに出来るんなら、サテュロスにだって出来る。だから、レベルを感じないからといって、タルトちゃんの仲間が全滅したとは限らなくて、もしもナーガと同じように他のモンスターの死体に取り囲まれている高レベルのサテュロスがいたとすれば……。
そう思って死体を漁っていた私の努力が、見事に実ったってわけだ。
リュミア
種族 :サテュロス亜種
年齢 :25才
レベル : 37
攻撃力 : 20
守備力 : 25
精神力 : 75
素早さ : 30
運の良さ: 35
スキル :体当たり、土属性魔法▽、風属性魔法▽
その黒髪のサテュロスは全身傷だらけで、力を抜いてぐったりと地面に横になっていた。はたから見ると、他の死体と何も変わるところはない。でもレベルが5分の1になっていない以上、彼女は確実に、まだ生きているんだ。
「リュミアさんっ!起きて下さいっ!リュミアさんっ!」
ステータスで知ったばかりの彼女の名前を大声で叫んで、彼女を起こそうとする。
「私は、貴女の味方です!タルトちゃんに呼ばれて、貴女たちを助けにきました!だから、お願いです!起きて下さい!リュミアさん!」
なんとしても、彼女には起きてもらわなくては困る。こんな高レベルでいまだに生き残っている人に、他にも巡り会えるかどうかは分からない。これを逃したら、もうチャンスはないかもしれないんだ。
水中に引きずりこまれたタルトちゃんにも、もうあまり時間はないだろし……。
「貴女が、貴女だけが、頼りなんです!お願いします、起きて下さいっ!リュミアさんっ!」
「ん、んんぅ……」
そうやってしばらく声をかけ続けていると、ようやく、ものすごく色っぽい声をあげて体をくねらせたあと、リュミアさんがうっすらと目を開いた。
よし…!
はやる気持ちをおさええながら、私はゆっくりと、慎重に、その後に自分のするべきことを、遂行した。
「リュミアさん……あ、あの、いきなり過ぎて意味わかんないとは思いますけど……。出会ったばかりで、こいつなに言ってるんだ、って感じでしょうけど……お願いですから、聞いてください…………えっと…………貴女が、好きです」
「ほへ……?」
そして、私の魔法は成功した。
そのあとのことは…………まあ、完全に予想通りの一方的展開。
とりあえず、タルトちゃんは何とか無事に救出出来たんで、それが何より良かったー、って感じかな。




