05
それから私たちはタルトちゃんの案内で(つまり、彼女が感じている仲間のレベルを辿って)、3人旅を開始した。
今まで味方はティオしかいなかった私にとって、2番目の仲間になったタルトちゃん。彼女は色々とティオと違うところも多くって、私にとって、なかなかに興味深い存在だった。
例えば、ゴリゴリの肉食だったティオとは違って、サテュロス族のタルトちゃんは基本的に草食。だから食事の時間でもドラゴンのお肉とかには一切手をつけないで、途中で見かけた植物や木の実なんかを食べていた。私もこれまでずっとティオの食生活に付き合ってきていて、カロリーとか栄養素とか、カロリーとかカロリーとかが、結構気になってきていたところだったので、彼女のそんな食生活は参考にできるところが多かった。
あと、そもそも私って、サテュロス?なにそれ?って感じで、タルトちゃんの種族のことを全然知らなかった。だから、サテュロスっていうのが羊とかヤギとかと、人間が組み合わさったみたいな半人半獣のモンスターのことを言うらしいってことは、ここに来てから初めて知った。それも、ティオのウェア・キャットみたいな猫と人間が全体的に混ざりあってる感じとは違って、獣と人間の割合は、完全にハーフ&ハーフ。上半身だけみたら日焼けした普通の可愛い女の子って感じなのに、下半身は毛皮が生えていてヒヅメとかもはえてて、ほとんど獣みたいな見た目になっているんだそうだ。
何で、「らしい」とか「だそうだ」なんて表現しか言えないのかっていうと、タルトちゃんの体は常に黒いローブに覆い隠されていて、私にはその中を見る機会が全くなかったから。さっきまでの情報はもっぱらティオから聞いた話だし、さすがの私も、唐突にタルトちゃんに「ちょっと下半身見せてもらっていい?」とか、そんな変態じみた台詞言えないしね。
ま、まあ、それはとにかく。
結局私が何が言いたいかって言うと、そういう種族やらレベルやらは当然として、それ以外にも2人の違うところって結構多かったんだよって話。同じモンスターとは言っても、やっぱりそこは人それぞれ、個人差ってのがあるんだろうね。そんで、その中でも2人の間の1番の違いが、タルトちゃんの「奥ゆかしさ」だったんだ。
例えば。恥ずかしげもなく、デフォルトでほとんど裸みたいな格好してるティオとは違ってタルトちゃんはちゃんと服を着ていて、見ていてハラハラすることがない、とか。
性格的にも、タルトちゃんにはティオみたいなわがままさとかマイペースさはあんまりなくって、いきなり私に無茶なことを言ったりしてきたりはしない、とかね。
確かに、話しかけてもときどき返事がかえってこなかったり、ちょっと言葉が足りなかったりして、そういうところはたまに傷だったりするわけだけど、でもそれだって、マンガとかによくいる無口キャラって思えば、普通に萌えポイントだしね。ぐふふ…結構、私のタイプかも…。
い、いや!もちろん、変な意味ではないよっ!?
ほら、私ってもともと友達多いじゃん!?だから結構色んなタイプの子と付き合いがあってさ!その中には、やっぱりこういう、ちょっと奥手っぽい子とかもいたりするわけよっ!?そ、そんで私、そういう子をイジったり構ったりして、リアクションを見るのが結構好きだったりして……。
はあ……。私、また1人で勝手に盛り上がっちゃってるし……。タルトちゃんがちょっと「あの子」に雰囲気似てるからって、意識し過ぎかな…。
あー、やめやめっ!
今はとにかく、タルトちゃんの仲間を助けることに集中だよ!
タルトちゃんの言ってた蛇のモンスターはレベル40らしいし、私の魔法なんか使うまでもなく、ゴブリンちゃんを倒してレベルが43になった今のティオなら楽勝だとは思うけどさ。でも、まだまだこの『亜世界』じゃあ何が起こってもおかしくないじゃん?そもそも、その蛇のモンスターがタルトちゃんの仲間を「さらった」理由も、いまだに謎のままな訳だし。あんまりなめてかかるのは危ないもんね!
……まあ、そんな感じで。
私は1人で無駄に苦悩しながら旅を続けて、気がつけば日もくれてきて、辺りもぼんやりと暗くなってきた。
距離的には、タルトちゃんの仲間が捕まっている場所から、目と鼻の先ってくらいまできたところで、私たちは今日の旅を終了して、野営することにした。
この『亜世界』にきてからずっとそうだったんだけど、基本的に私たちの旅って、朝から晩まで1日中、目的地目指して歩きっぱなし。だからか、野営の準備が終わって夕ご飯を食べるころには、私たちはすぐに眠くなっちゃうんだ。今日もその例に漏れず、ティオも私もぐったり疲れていたし、あんまり夜更かしはしないで健康的にさっさと眠りにつくことにした。目を閉じる直前に見た時には、タルトちゃんもたき火の周りでウトウトと体を揺らしていたから、きっと彼女もすぐに眠るつもりなんだろう。
そんなことを思っているうちに、私の意識はとっぷりと夢の中へと溶けていってしまった。
でも……。
「ん…んん……」
ハンモックの上。
不安定な揺れを感じながら、気付けば私は、目を覚ましていた。
いつもなら、1度目を閉じたら最後、朝までぐっすり眠り呆けるはずなんだけど。でもなぜかその夜の私は、途中で目が覚めてしまっていた。
……。……。……。
その理由は、すぐに分かった。
どこかから、かすかに鈴虫の鳴き声のような、心地よい高い音が聞こえてきていたからだ。
……違う、鈴虫じゃないな。
虫の音にしては、そこには意図的な抑揚やリズムのようなものもあって、むしろ英語の朗読みたいな……いや、それもちょっと違う。もっと別の…例えば、私の理解できない国の言葉を使った、歌みたいな…。
……。……。……。
その歌の主も、私にはもう分かっていた。
周囲を見まわす。
ケガが治って、晴れて私とは別のハンモックに戻ったティオは、いつも通りぐーぐーにゃーにゃー、寝言なんか言いながら眠っている。私は彼女を起こさないようにゆっくりと静かに、自分のハンモックから起き上がった。
別に、そのときの私に何かの意図があったってわけじゃあない。ただ何となく、その歌声がとてもきれいだったから。すごく心が休まるいい歌だったから…とか、そんな曖昧な理由で。私は、その声のする方へと歩きだしていた。
その日の私たちは、近くに小さな川が流れている場所で野営をしていた。その川を上流に30mくらい上ったところ。飛び込み台みたいに、川沿いに面して転がっている見上げるほどの大きな岩の上に、「彼女」は1人、腰かけていた。
……。……。…!
「あ、ご、ごめん…」
近づいてきた私に気付いたタルトちゃんは、その歌を途中でやめてしまった。私は脅かしてしまったことを謝る。
でもそれから、ここまで来ちゃったらこのままその場を立ち去るのもどうかな、とか思って…。何個かの小さな岩を経由して大岩の上まで行って、私は彼女の隣に座った。
「……」
タルトちゃんは相変わらずの無表情。だけど、隣に座った私にちょっと気まずそうで、顔を横に背けている。私も自分で側まで来といて、彼女に特に言うべきことも見当たらない。それで結局、すごくありきたりな台詞を言ってしまう。
「い…いい、歌だね?私、ちょっと感動しちゃった」
「……」
彼女は何も答えない。
「タルトちゃんって、意外と、歌上手なんだ?し、知らなかったよ…。よかったら、私にもう1度、聞かせてくれないかな?」
「…………」それでもやっぱり、彼女は何も答えず…。「…ふ」
「え?」
少し驚いてしまった。
だってこれまでずっと無表情で、気持ちを表に出してこなかったタルトちゃんが、そのとき少しだけ、笑ったような気がしたから。
それからちょっと間をあけて、彼女は私に言う。
「歌、ではない…」
「え?」
「さっきのは…歌とは、違う…」
「そ、そう、なの…?じゃあ、あれって…?」
「……」
そしてまた、黙ってしまう。表情は見えないけれど、きっとまだ無表情なのだろう。照れ隠ししている風にも見えないし、彼女には彼女の、タイミングみたいなものがあるんだと思う。私もだんだんそんなタルトちゃんに慣れてきていて、深く追求しないで、黙ってタルトちゃんの隣に座っていた。
しばらくの間、辺りに沈黙が流れる。
話し声もなく、動くものもない、完全な静寂が支配する夜。それはまるで、時が止まってしまったみたいだった。
そんな中、小川の流れるサラサラというかすかな音だけが、こんな夜でも確かに時間が流れているということを意識させてくれていた。
空には雲ひとつなく、満天の星空が浮かんでいた。
「……ナナシマ、アリサは」
タルトちゃんが沈黙を破って、ぼそりと呟くように言う。私は顔を動かさずに耳を傾けて、彼女の次の言葉を待つ。彼女が言葉を続ける。
「なぜ、私に協力してくれた…?」
「えっ?協力って?」
「なぜ、よく知りもしない私の仲間を……助けるなどと言ってくれたのだ……?」
「な、なぜって…」
それは、私に協力を求めてきた張本人であるタルトちゃんの言葉としては、ちょっと奇妙な台詞に思えた。そもそも私たちが協力してくれると思ったから、彼女は話しかけてきたんじゃないのだろうか?一瞬そんなことを思ったりもしたけれど、でも結局、私はその問いにそれほど深く考えることもなく、思っていたことを返すことにした。その質問の答えは、私がサラニアちゃんにティオのことを聞かれたときと、同じものだ。
「私、タルトちゃんと友達になりたいと思ったからさ…。友達が困っていたら、助けてあげるのが当たり前じゃん?」
「友達……か…」
しみじみ呟くタルトちゃん。
もしかしたら、蛇のモンスターにさらわれたという自分の友達のことを考えているのかもしれない。
「って、っていうか私たちって、もうとっくに友達だよね?あれ…?これってもしかして、私1人で言ってるだけ?私、いつもみたくまた、空回りしちゃってて……」
「しかしな」
タルトちゃんが首をぐるりと動かして、顔をこちらに向けた。月明かりに照らされる彼女の表情。突然見つめられる形になった私は、驚いて自分の言葉を飲み込んでしまった。
フードの下からのぞく彼女の顔は、昼間見たのときのそれとは全然違って見えて、ミステリアスで妖艶で、何より、すごくきれいだった。
「それは決して、絶対な物ではない…。お前が友と思っている存在は、ときとして、理不尽にお前を見捨てるかもしれない……。それでもお前は、そんな曖昧で…不確かな物のために、自分の身を捧げるのか……?自分の命を、かけられるのか…?」
「た、タルトちゃん…」
私は答えられない。
彼女の台詞が頭の中をグルグルと巡り始めて、私の脳の処理能力を使い尽くしてしまっていたから。
どうして、彼女はそんなことを言ったの?過去に、自分の友達と何かあったの?それとも……。
彼女の赤い瞳が、月の光を反射して輝いている。その輝きに見つめられている私は、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまっていた。恐怖よりも、むしろ彼女自身の謎めいた魅力に魅せられて。
やがて。硬直してしまっている私の記憶と、頭の中に浮かんでいたタルトちゃんの言葉たちが結び付いて、わたしの中のある思い出を呼び起こした。
私にはかつて、特別な友達がいた。
私のことを友達として信頼してくれて、自分の全てを捧げてくれた人。こんな私を、愛してくれた人。
でも私は、彼女のそんな大切な気持ちを、理不尽に裏切ってしまった。全てを捧げてくれた彼女の気持ちを、踏みにじってしまった。
今の私はまるで、さっきの言葉を「あの子」に言われているような気分だ。目の前にいるのはタルトちゃんじゃなくって「あの子」で、かつての私の心と、私の行為と、私の犯した罪を、「あの子」が断罪しているような気がしてきたんだ。
タルトちゃんを介して、その奥から私を見つめている「あの子」のイメージに、胸の奥が掴まれるような気持ちになったんだ。
でも…。
それは結局、全部私の妄想だ。
タルトちゃんは「あの子」じゃないし、「あの子」も、タルトちゃんとは違う。私が目の前のサテュロスの女の子に対してどれだけ罪悪感を感じてみても、そんなものには何の意味もない。それで現実の「あの子」の心が、みたされるわけじゃあないんだ。
その言葉を裏付けるように、タルトちゃんはそれから、本当の「あの子」だったらきっと言わないような言葉を続けた。
「今のお前は、必要以上に他人を…信じすぎているように……私には見える…」
私の心は、現実に引き戻された。
「もっと、自分以外の者を、疑った方がいい……。例えば、あの、猫のことを……」
猫って…。
「もしかしてそれって、ティオのこと?」
「ああ……」
彼女の表情には曇りひとつなく、真剣そのものだ。
「この世界は、レベルが全てなのだ……。絶対的に、どうしようもなく、紛れもないほどに……レベルによって、全てが支配されているのだ…」
「そ、それは、知ってる…ケド…」
「だから……本来ならば、レベルの高い者がレベルの低い者と行動を共にするなんて、あり得ない…のだ…。そんなことをしても、レベルが高い方には、何のメリットもない…から…」
「で、でも……」
「まして……種族もレベルも異なる二者が……友人関係となることなんて、もっと…あり得ない……。それらは、単純な敵同士。捕食者と披食者。利用するものと、される者でしかない…はず…」
「で、でも、ティオはっ……」
「お前を……助けてくれた?」
「う、うん」
ここまで来る旅の途中で、タルトちゃんには私たちの経緯を話してあった。私が異世界から来たこと。ティオとの出会いや、サラニアちゃんのことなんかも。
だから、ティオが私の命を助けてくれたってことは、タルトちゃんだって既に知ってるはず。なのに、どうして……?
「それが、あの猫の……演技だったとしたら……」
どうしてタルトちゃんは、そんなヒドいことを言うの?だって、そんなこと……。
刺すようなタルトちゃんの瞳に耐えられず、私は顔を俯かせた。
だって…ティオは、私の友達だよ。そんなの、決まってるじゃん。私は、自分の命を助けてくれたティオのことを信頼してるし、ティオだって、私の前では笑顔を絶やさなくて……。そんな私たちが、敵同士だなんて…。ティオがウソをついてるなんて……。そんなこと、あるわけ……。
頭の中の言葉なのに、私は自分自身に、「あるわけない」と断言することが出来ない。それは、私の心の奥に引っ掛かっている思いがあったからだ。
あのときのティオ……サラニアちゃんに会ったときの彼女は……まるで、私のことを殺そうとしていたみたいだった。私はあのとき、ティオに対して心の底から恐怖を感じてしまっていた。友達なのに。私はティオのこと、友達だって思ってるのに……。
あのときのティオの行為を、私は忘れることが出来ない。忘れたふりをして、何もなかった振りをして振舞っていたけれど。でも、私の首を絞める彼女の手と冷たい目は、私の頭の中に片頭痛のようにずっと残っていたんだ。
「……くぅ」
気付いたら、私の目からは涙がこぼれていた。すぐにそれを拭う。
まただ。また私は、こんなに自分勝手な涙を流している。
ティオのことを信じられないのは、自分のせいなのに…。ティオが私を裏切るなんて思ってしまうのは、私が、「あの子」のことを簡単に裏切れるような残酷な人間だからなのに……。
私は自分の残酷さで勝手にティオのことを疑って、それに対して勝手に落ち込んでいるんだ。バカみたいだ。
隣にいるはずのタルトちゃんは、さっきからずっと無言だ。きっと、こんなバカで惨めな私を、「あの子」によく似た雰囲気の顔でさげすんでいるんだろう。
そうだ、それでいいんだ。私なんかには、そんな仕打ちがお似合いなんだ…。
おもむろに、タルトちゃんがその場に立ち上がった。
「優しいな……」
「……!?」
「やはりお前は、この世界の者とは違う……。この世界にはあり得ないほど、お前は、優しい……」
「そ、そんなっ!私は、全然…っ!?」
自分を慰めようとしてくれるタルトちゃんを、私は否定しようとした。真実とは違うそんな言葉を、拒絶しようとした。
でも、それは出来なかった。
私が隣に目をやったとき、そこには、空の星の光を写し取ったような白銀色の固まりがあって、私はそれに見とれてしまっていたから。
黒い肌とその白銀、そして黄色の角。3色のコントラストは夜の闇に映えて、とても美しくて、私は思わずため息を漏らしてしまったほど。それは、タルトちゃんの髪の毛だった。そのときの彼女は、それまで常に深々と被っていた黒いフードを外していたんだ。
「済まなかった……。お前を、悲しませるつもりは、なかった…」
タルトちゃんはそう言うと、私の返事を待たずに、すぅっと小さく息を吸った。
そしてまた、透き通るようなきれいな声で、さっきの歌を歌い始めた。
……。……。……。
さっきは歌じゃないって言ってたけど、それはやっぱり、紛れもなく1つの歌だ。子守唄のようでありながら、オペラのアリアのように力強く、教会のゴスペル曲のように荘厳。そんな、今まで聞いたことのない響きのバラード曲だ。
でも、初めて聞いたはずなのにどこかノスタルジックな感じがして、幼い頃にどこかで聞いたことがあるような気もする。そんな、不思議な曲でもあった。
彼女が突然歌い始めたことには確かにちょっと驚いた。けれど、そんな素晴らしい歌を歌う彼女を邪魔したくなかったので、何も言わずに私は黙って聞いていようと思った。
でも。ふと、視線をタルトちゃんから周囲に移動して、「それ」に気付いてしまったとき、結局私は、はっきりと声を出してしまっていた。
「う、わ、わ、わぁーっ!?」
まるで、都会の高層ビルの上から街の夜景を見ているような。
音のない、花火のような。
あるいは、何かのアニメ映画で見たことのある、田舎の田んぼに無数に飛び回るホタルの光…?
そのどれとも似ているようで、でも、どれとも違う。
そのとき、私たちが立っている大岩の周囲に、無数の光の粒子が飛び回っていたんだ。
「な、何これっ!すっごい!すごく、すごすぎて…本当に……すごい、キレイ……」
「キレイ……か…」
はしゃいでしまった私に、タルトちゃんはまた小さく微笑んだように見えた。
「こ、この、キレイな光の粒は何?もしかして、タルトちゃんがやったの?え?まさか…さっきの、歌で……」
「……そうだ」
タルトちゃんはそう言うと、右手を軽く上に上げる。すると、その飛び回る光の1粒が、蝶々かトンボみたいにタルトちゃんの指に止まった。
「言っただろう…。あれは、歌ではない……。風の精霊を呼ぶ、私の魔法だ……」
「せ、精霊…?」
タルトちゃんと私たちの周囲を、色とりどりの光が飛び回っている。まるで命を持っているかのように不規則に、重力を完全に無視した優雅さで。それは、本当に今までテレビでもネットでも目にしたことのないほどの、美しい光景だった。
「私はときどき、こうやって、彼らと話をする……臆病な彼らは、夜しか姿を現さない、から…」
「す、すごい、すごい……ほんとに、こんなキレイなの、私、初めてで……」
あんまり感動しすぎていたせいで、私はそれまであったことをすっかり忘れてしまっていた。そして何も知らない子供みたいに語彙をなくしてしまって、ひたすら歓声を上げながら、闇夜を飛び回る粒を目で追い続けていた。
ふと気付いたらタルトちゃんが、そんな私のことをじっと見ていた。
彼女の顔は、やっぱりいつも通りの無表情だった。でも、その表情が見ているうちにだんだんと形を変えていって…。
「良かった……また、笑顔になったな……」
そう言って彼女は私に、ニッコリと笑ってくれた。
「う、うん……」
その顔は本当に可愛くて、私の萎縮した心は完全に解き放たれていた。
「全部、タルトちゃんのおかげだよ……ありがと」
しばらくすると、風の精霊たちの光は散り散りになってどこかに行ってしまった。辺りは最初の月明かりの照らす夜の風景に戻り、私たちもティオが眠っている野営地へと戻った。
出会ったときはたどたどしかった私とタルトちゃんの間の会話は、いつの間にか少しだけ増えていた。その出来事を境にして、私は彼女に、友達として認めてもらえたような気がした。




