01
目を覚ましたとき、まず最初に私の目に入ってきたのは、大量の木、木、木…。
そのとき私を取り囲んでいたのは、見上げるほどに空高く幹を伸ばしたたくさんの木々。しかも、そのどれもが枝に目いっぱいに緑の葉っぱを茂らせていて、そのせいで、太陽の光は私のところまでは充分に届かずに、辺りはぼんやりと薄暗い。
湿度と温度は結構高いみたいで、空気はムシムシしていて私の体にもじんわりと汗がにじんでくる。テレビとかでよく見る、アマゾンの熱帯雨林っていうイメージを思い浮かべてもらえば、一番しっくりくるのかもしれない。
ぼうっとした意識のまま立ち上がると、背中にはごつごつした固い木の感触。お尻には、べっとりとまとわりつくような水分を含んだ泥の冷たさを感じる。どうやら、大きな木の幹にもたれかかって眠っていたらしい。
ってことはまあ、さっきまでの私はさしずめ『眠れる森の美女』って感じかな。
もちろん、この熱帯雨林にはそんなオシャレな雰囲気なんかどこにもないし、私も別に、言うほど美女ってわけでもないんだけどさ…。
天然の敷き布団の寝心地は最悪で、肩にも背中にも、寝違えたみたいな痛みが残っている。凝り固まった体をほぐすために軽くストレッチしながら、私は今の自分の状況を確認していた。
「ってか、もうちょい準備させてくれたってよかったんじゃないのお…」
今の私は高校の制服姿。見回すと、近くの地面に学校指定の通学カバンと、洗濯しようと思って学校から持ち帰ってきた体操着が入ったナイロンバッグが転がっている。私はバッグを拾って、ついている汚れを軽く払い落とす。洗濯は、しばらくは諦めなきゃだろうな…。
何で、今の私がこんな「学校帰りの女子高生」みたいな格好をしているのかって言うと、それは、ちょっと前までの私が本当に「学校帰りの女子高生」だったから。
学校から帰る途中でよくわかんないやつらに拉致られて、よくわかんない話を聞かされて…気付いたら今、こんなところにいるっていう…。
正直言っていまだに私、完全には信じてないからね?『亜世界』とか、『モンスター』とか…。
だってそんなの、普通に考えてありえるわけがな……。
そんな感じで悪態をついていた私は、そこで、ちょっと変わった容姿の生き物と目があった。
私の10mくらい前方の、ちょうど木がなくなって開けている一帯、『上空1m』くらいの位置にそいつはいた。
「ギ、ギ…ギィー…」
ペットショップとかにいる大きなトカゲの体に、コウモリの羽がくっついたみたいな変な生き物。錆び付いたブランコがきしむような鳴き声を出したそいつは、じぃーっとこっちの方を睨みつけていた。私は何となく、空気的にその場から動けなくなる。
「ギギギィー…」
「あ…あはははは…は、初めまして…」
とりあえず、言葉が通じるかどうかも分からないような完全に未知のその生物に挨拶してみた私。
いや…正確に言うと完全に未知っていうのは嘘で、そのときの私には、その羽トカゲちゃんの『分類』と『性別』だけは、ほぼ間違いなく分かっていたんだけどね。だって…だってここは…。
「ギィィ…」
パタパタとコウモリの羽を動かしはじめた羽トカゲちゃん。少しずつ高度をあげて、上空に浮かび上がっていく。そして、それとは反対に『彼女』の姿勢は段々と低くなっていって…。
「ちょ…え?ちょっと…」
5mくらいまで浮上した羽トカゲちゃんは、そこでちょっと静止したかと思ったら…。
「ギギィィーッ!」
突然、私めがけて滑空してきた!?ちょ、ちょっと、嘘でしょっ!?初対面から有無を言わさず攻撃って、どんだけ野蛮なのよっ!慌てすぎた私は、濡れた泥まみれの地面に足をとられて、その場に転んでしまった。
ドガッ!バッターンッ!
直後、私のすぐ後ろにあった木が、派手な音と一緒に倒れる。地面に座り込んでいた私は…無傷だ。
どうやら、羽トカゲちゃんの繰り出した滑空体当たりは、私がコケたせいで的を外したらしい。た、助かった…。
と思ったのもつかの間、倒れた木の上にいた羽トカゲちゃんはパタパタと羽を動かして、もう一度滑空体当たりのモーションに入った。
ど、どうしよう…?さっきはなんとか助かったけど、あれ、完全にマグレだよね…?次こそは、きっと的を外したりしないで、私に向かって一直線に体当たりしてくるよね?もしあんなのに直撃しちゃったら…。
羽トカゲちゃんの体当たりによってボロボロになった木の残骸を見る。これが、ちょっと未来の私の姿だ…。
なんとかしなきゃ…なんとか…。
さっきみたくタイミングを見計らって体当たりをよける?
ムリムリムリっ!もう完全に足がすくんじゃって、動かそうにも動かないんだもん!よけるなんて出来るわけないしっ!
じゃあ反対に、こっちから羽トカゲちゃんを攻撃……いや、それもムリでしょっ!?あんな、見たことないようなキモい生き物、素手で触るのなんかありえないっつーのっ!
そ、それなら遠くから魔法で…?そ、そっか!?それだっ!じゃあ私のとっておきの魔法で、羽トカゲちゃんに反撃を……って!
そんなもん使えるかよっ!アニメとかゲームじゃないんだから、強く念じたら手のひらから火の球が出るとか、そんなのあるわけな…。
ボッ!
嘘…。出た…。
やけくそになって前に突き出した私の手のひらから、ドッヂボールくらいの大きさの火の球が現れて、結構なスピードで羽トカゲちゃん目掛けて飛んでいった。
すっげー私…。今、魔法使っちゃったよ…。
でも、その私の出した魔法を確認した羽トカゲちゃんは、特に焦る様子もなく、ひらりとそれをかわしてしまう。火の球はそのまままっすぐどこかに飛んでいってしまって、彼女は完全に無傷だ。
「ギ、ギギギィ…」
あ、やっばぁ…。
その魔法のおかげで、彼女の滑空攻撃のモーションを一旦は止めることが出来たわけなんだけど、それって結局、その場しのぎでしかなかった。ってゆうか、下手に私が抵抗しちゃったもんで、羽トカゲちゃんを余計に怒らせちゃった?今の彼女はさっきよりもすっごい怖い感じの顔になって、私のことをギンギンに睨みつけていた。
へ、へー…。トカゲって、こんなに表情豊かに出来るんだねー…。
「ん…?」
羽トカゲちゃんが突然、こっちに向かって大口を開ける。
え、何?何?とか思ってたら…その口の真ん中辺りに線香花火みたいな小さな火花が燃え始めて…その火がどんどんどんどん大きくなっていって、最終的には、ドッヂボールくらいの火の球になって…。
「そ、それって、もしかして…」
あーはいはいはい、知ってる知ってるー。いいよねー、それー。最近流行ってるよねー?私もよく使ってるんだー。あれでしょー?あのー…火の球の魔法ってやつでー…。
十分に大きくなった火の球が、勢いよく私目掛けて飛んでくるっ!?
ちょっ!?今度は羽トカゲちゃんが、私に向かって火の球の魔法を使ってきたってことっ!?
よ、よしっ!じゃ、じゃあ今度は私が、その火の球をひらりと華麗にかわして…って、いやいやいや!ムリムリムリムリっ!
炎はすっごい勢いで私の顔目掛けて飛んできていて、とても私には対処出来ないっ!ちょ、ちょっとこれ、ど、どうしたら…や、ヤバイって…このままだと…このままだと…ほんとに、ヤバ…ヤバくって……あ、当たっちゃうぅーっ!
直撃の瞬間を直視することができなくて、私は思わず目を瞑ってしまっていた。
だけど、あれ?
それからいつまでたっても、私の体が火の球に包まれて燃えちゃうような感覚にはならない。こんがりお肉の焼けるいい匂いもしてこない。ん?何でだ?
恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは真っ赤な火の球……じゃなくって、白と黒と茶色の、モフモフした毛の塊だった。
「あ…」
そのモフモフは手のひらだ。
その手のひらを辿っていくと、それは更にモフモフした体と繋がっていて…その体の上には、可愛らしい猫耳頭が乗っかっていて…。
つまり、さっきの羽トカゲちゃんの火の球攻撃は、いつの間にか私の隣にいたそのモフモフの『女の子』が受け止めてくれたってことで…。
「あ、あの…貴女は…」
「んー…」
その『女の子』は、呆れるような表情で私を見る。
いや、体のいたるところをモフモフの三色の毛で包まれていて、頭の上で大きな三角の耳をぴくぴく動かしているような生き物に、『女の子』っていう言葉を使うのは間違ってるのかもしれないんだけど…。
「うにゃー…」
ため息をつくみたいな、がっかりしたような声を出す。
「こーんな低レベルのドラゴンも一人で倒せにゃいなんて…。お前、想像以上のザコなんだにゃー?」
は、はは…。
レベル?ドラゴン?全く、何をゲームみたいなことを言っちゃってるんですか、この子は…。
なあんて…。そんな風に一蹴するには、これまでの光景はちょっと非常識が過ぎた。だって私さっき、自分で火の球の魔法とか使っちゃってたわけだし…。狼男の猫版みたいな、三毛猫みたいな耳としっぽをはやした全身モフモフの猫娘が、確かにここにいるわけだし…。
「お前、感謝しろにゃ!このティオナナちゃんが守ってあげにゃかったら、さっき死んでたんだからにゃっ?」
「は、はあ…。そりゃ、どうも…」
うーん、なんだろう…。
たった今私、命を救われたってことらしいんだけど…。全然そんな気がしないっていうか…。テンションについていけないっていうか…。
だって私、ほんの数時間前までは、普通の日本の高校に通う、普通のJKだったハズなんだよ…?それがいつの間にやらこんなテレビゲームみたいな世界でドラゴンに襲われてて、そこを猫娘のティオナナちゃんに助けてもらってるっていう…。
どうしてこんなことになっちゃったの?これ一体、何の冗談ですか?って感じで…。
まあでも、ここまで来たからには、やるしかないけどさ…。ええ、やりますよ。やればいいんでしょ?
だって私、この『亜世界』の、救世主なんだもんね…?