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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter03. In the arithmetic of Absolute World, 1 + 1 = everything, and ...
19/110

01

「ん…。まぶしぃ…」

 顔を太陽の光に照らされて、私は目を覚ました。

 もう朝だ。いつも通りの、爽やかで静かな朝。


 温室の中にいるみたいに蒸し暑くてジメジメする高温多湿の気候は、実は日が出ているときだけだ。夜になるとこの『亜世界』は一転して気温ががくんと下がって、肌寒いくらいになる。昼間の気候が私の世界で言うところの梅雨とか初夏くらいだとしたなら、夜は木の葉とか植物がすっかり枯れてしまった晩秋くらいのイメージ。どっちも屋外で行動するのがだんだん億劫になってくるような時期。

 そうゆう意味で昼と夜の中間の朝は、この『亜世界』で一番過ごしやすい時間帯と言えそうだった。


 今朝もいつもとおなじように、柔らかいハンモックのベッドで目を覚ました私。そして今日も目の前には、頭から猫耳の生えた美少女の顔があって…。

「むにゃむにゃ…うにゃあ…」

 彼女はまだ、ぐっすりと眠りについているらしい。

「ホント、可愛いよなぁ……」

 彼女の顔を見ていたら、無意識のうちにしみじみ呟いてしまっていることに気付いて、ちょっと頬が赤くなる。だって、改めて間近で見たティオの顔って、本当に本当に、信じられないくらいに可愛いんだもん…。


 おもむろに手を伸ばして、眠っている彼女の頬っぺたを人差し指でつついてみる。

 ぷにっ。

 傷1つないスベスベで瑞々しい彼女の肌が、私の指の形に合わせて沈む。そしてそれから、押したのよりもずっと強い反動でその肌が私の指を押し返してきた。すっごい弾力。まるで、もちもちの大福みたいだ。

 その感触がちょっと快感で、癖になっちゃいそうで…。私は調子に乗って、今度は人差し指と親指で、軽く彼女の両方の頬っぺたを挟んでみた。

 んふっ…。頬っぺたに押されて圧迫されたティオの口がちょっと「ひょっとこ」みたいに見えて、私は思わず吹き出してしまう。でも、そんなおかしな顔になっても、彼女の可愛らしさはまだまだ全然消えていない。てゆうか、今の状態でも私なんかよりもずっと可愛いかったりして…?むむぅ、だったらぁ…。

 むきになった私は、このしょうもないイタズラをもうちょっと続行することにする。

 一旦彼女の顔から指を全部離してから、今度は両手を使ってティオの両目の目尻を下げる。と同時に、唇の両端は上に引っ張って、鋭い八重歯とピンクの歯茎が見えちゃうくらいに唇をめくり上げちゃう。そしてそして極め付けに…その状態から空いた指を使って彼女の鼻を押し上げて、豚っ鼻にしてやるんだっ。

 こ、これはこれは…。うぷ…うぷぷぷ……。

 想像以上に、な、なかなか面白い顔になっちゃったぞ…ぷぷぷ…。

 元が可愛らし過ぎるせいか、今の変顔とのギャップはかなりのものだ。爆笑1歩手前の私は、ティオを起こさないように、口を押さえて笑いを必死にこらえなければならないくらいだった。


 って……。

 あれ?もしかして今の私って、見る人が見たら、割と勘違いされちゃいそうな状況になっちゃってたりする?「あーあ、こいつとうとう真性の百合に目覚めちゃったかー」とか、そんな風に思われてたりする?

 いやいやいや…。

 た、確かに昨夜は私、ティオと1つのハンモックで眠ってたよ?この前までは散々拒否ってたくせに、いつの間にか、割りと普通の気分で体くっつけ合っちゃったりしてるよ?

 でもさあ、だからってそれですぐに私のこと百合とか言われても、それってすっごい心外って言うかぁ…。今のこの状況だって、そんな変な意味じゃなくって、ちゃんとした理由があるわけでさぁ…。

 た、例えば、この『亜世界』って夜の間は結構気温が下がるって、さっき言ったじゃん?なのに、ここにはちゃんとしたベッドも布団もなくって、せいぜい植物の葉っぱくらいしかないんだよ?11月と同じくらいの寒空の下で、防寒対策が葉っぱだけなんて、無茶過ぎるにもほどがあるし。そうなると、仲間同士で体を寄せ合って体温が逃げないようにするっていうのは、エネルギー効率的に考えてとても理に適ってることなんだよねっ?

 あ、あと、2人が一緒のハンモックに眠るってことにすれば、いつもは2人分作ってるハンモックも1つでいいわけだから、無駄が少ないってゆうか、労力が抑えられてエコっていう考え方もできるじゃんっ!

 そ、そもそもよく考えたらさ、友達同士で一緒のベッドで眠るってこと自体、そんなにおかしなことじゃないんだよねっ!?だって他にもやってる子だっているって言うし、それくらいのことでいちいち過剰に反応する必要なんか、どこにもないわけだよっ。

 うんうん。むしろ、ティオがただの友達だからこそ変に意識したりしないで一緒のベッドで眠ることが出来てるわけで、逆に今の状況って、私が間違いなく「ノーマル」だっていう確固たる証明にもなったりなんかしちゃったりするわけで…。


 ……はあ。

 誰にも何も言われてないのに、なんで私、1人でこんなに必死こいて言い訳しちゃってるんだろう?さっきは「普通の気分」とか言ったけど、ホントは全然そんなことなかったのかも…。

 理屈では分かっていても、なかなか感情はいうことを聞いてくれなくて、私は何だか変な気分になってきてしまっていた。下心なんかあるわけないんだけど、どこか後ろめたいような気持ちがわき出してきて、その後すぐにハンモックからはい出た。



 それから30分くらいすると眠っていたティオもようやく起きてきて、私たちは、朝ごはんタイムを迎えた。


「うにゃ、うにゃ…モグモグ……」

「もう、ケガはすっかり大丈夫そうだね?」

 いつも通り、朝からドラゴンの生肉なんてヘビーなものをむさぼり食べているティオ。2日前は動くことさえ出来なかったなんて、その様子からはとても思えない。

「モグモグ…モグモグモグ……ごっくん!」ヘビが卵飲み込むみたいに、食べていたお肉を無理やり飲み込む。「うにゃん!もう完っ全に、全快だにゃっ!ティオは、またいつでも戦えるにゃんよっ!」

「ふふ…一昨日も昨日も、ティオってばずっと寝てただけなのにね?寝るだけでケガが治っちゃうなんて…ホント、この『亜世界』ってどこまでゲームっぽいんだろ」

 ちょっと呆れてしまう私。

 でも、実際のところこんなのにもちょっと慣れてきてる。


 2日前にサラニアちゃんに攻撃されたときは、ティオは本当に目も当てられないほどにボロボロだった。外傷はもちろん、全身の骨も骨折してたみたいで、私じゃあどう考えても手におえるわけないくらいに、瀕死の重体だった。でも、サラニアちゃんが立ち去ったあと、私が何も出来ずにオロオロしたり途方に暮れたりして無駄に時間を過ごしていると、なんと彼女のケガがどんどん勝手に治っていってしまったんだ。

 どうやら、「時間が経てばケガが治る」っていうのも、レベルとかステータスと同じようにこの『亜世界』のルールの1つってことらしい。ホント、宿屋で寝たらHPが全快するRPGのゲームみたいだよね。

 一応、昨日の時点ではまだ完治したってわけじゃなさそうだったから、私は大事をとって、今日までは休もうってティオに言った。でも彼女の方は、「もう元気だからさっさと出発したいにゃ!」なんて言ってて、目を離したらすぐにでもサラニアちゃんに再戦を挑みにいっちゃいそうで。だからしょうがなく、私は昨日一緒のハンモックで寝ながら、彼女を見張っていたっていうわけなんだ。

 まあ、顔のキズの治り具合を確かめているうちになんか変な気持ちになってきて、さっきみたいなことになっちゃったのは想定外だったけど………って、その話は置いといて。


「よく寝てよく肉を食べれば、あんなケガにゃんて、すぅーぐによくなっちゃうんだにゃん!」

「はいはい…」

 すっかり元気になっている彼女の姿を見ているだけで、私の心はなんだか嬉しくなってくる。でも、そんなこと知られるのはなんか恥ずかしくって、わざとちょっと不機嫌そうに言った。

「で、でもさぁ、あんな無茶はもうこれっきりにしてよねぇ!?この前のティオ、もう少しでサラニアちゃんに殺されちゃうところだったんだよぉ?」

「んにゃ?」

 夢中でお肉を食べ続けていた手を止めて(あくまで「手」だけ。「口」の方はがぜん咀嚼を続けたまま)、ティオは首をかしげる。

「モグモグ…にゃにを…モグ…言ってるんだにゃ?モグモグモグ……。あのときは…モグ…サが、ティオにモグ…ってくれなかったから、サラなんかに、モグ…られただけで……モグモグモグモグモグモグ…」

「ごめん。モグモグ過ぎて何言ってるか全然分かんない。ちゃんと、食べてるもの飲み込んでから喋ってくれる?」

「モグ…ったにゃ。…モグモグモグモグ……ごっくん!」

 全く、わんぱくなんだから…。

 それから、口に入れていたものをちゃんと飲み込んだティオは、改めて私の言葉に応える………前に、持っていたお肉の塊にもう1口噛みついた。

 ま、マイペース……。

 まあ、これがいつも通りの彼女って言えば、その通りなんだけどね。結局、さっきと同じような感じで口に物を入れながら、お行儀悪く彼女は言った。

「だから…、モグモグモグ…サが、あのモグモグ…魔法をかけてくれなかったから、ティオはサラにモグモグ…にされちゃったんだにゃ。モグモグモグモグ…サがちゃんと魔法をモグ…ってくれれば、ティオはレベルがモグモグ…して、今ごろサラのことをモグ…っていて…」

 は、はは……。

 モグモグが、いい感じに残酷な言葉を隠してくれているおかげで、彼女の台詞は若干マイルドになっている。何故かもれなく私の名前も隠されてるのが、放送禁止用語みたいになっててちょっとムカつくけど…。でも、そんなんでも聞いてるうちに、彼女の言いたいことは何となく分かってきた。

 まあ要するに、サラニアちゃんが言った通り、ティオは本当に掛け算が苦手なんだなあ、ってことだ。

「…あのねえティオ?あんたが気付いてないみたいだから教えてあげるけど、一昨日会ったときのサラニアちゃんは、もうとっくにレベル70だったんだよ?だから、例え私があのときティオにレベルアップの魔法を使ってたとしても、どっちにしろサラニアちゃんには勝てなかったの」

「モグ?モグモグモグ……?」

「だーかーらー…。今のティオって、レベル42でしょ?それを1.5倍しても、レベルは63にしかならないじゃん?そんで63は、70よりも低いでしょ?」

「モグ…?モグモグ…モグぅ…」

 おい。いい加減モグモグで返事すんのやめろや。

「ごっくん…」

 私の心の中の脅しが伝わったのか、ティオはようやくまた咀嚼していたものを飲み込んだ。そして今度こそ、何も口に含まない状態になった。

「そっかにゃん…。確かに、モグサの言う通りかもしれないにゃん…」

 いや、「モグサ」は素で言ってたんかい……。

「サラは、あの魔法の効果を知ったあとも、全然ビビッてなかったにゃ…。それってつまり、魔法を使っても自分は危険じゃないって、知ってたからだにゃ…」

「うん。サラニアちゃんは、その前にティオを抱きかかえたりしてたしね…。ティオのステータスを確認して、自分のレベルとティオのレベルが1.5倍以上の差があることを知ってたんだろうね…」

「うう……。それじゃあティオは…まだ当分は、サラを殺すことが出来ないってことなんだにゃ…」

 そのときの彼女は、明らかに落胆しているみたいだった。

「そ、そういうことに…なるね」

 私はそれに、何でもない風に応える。でも心の中では、とても切ない気持ちだった。


 ティオはやっぱり、妹のサラニアちゃんのことをまだ諦めてないんだ。彼女の心は、いまだにサラニアちゃんに復讐するという呪いに囚われたままなんだ。

 でも…。

「だ、だからさっ!今慌ててサラニアちゃんを追いかけたって、結局この前とおんなじことになるだけなんだよ」

 だからこそ私は、彼女を導いてあげなければいけない。彼女たち姉妹が争わなくてもいいように、ティオを助けてあげなくちゃいけないんだ。

「今のティオに必要なのは、何よりもまずレベル上げだよっ!レベルを十分に上げてサラニアちゃんに勝てるようになってから、改めてあの娘を追いかければいいじゃない?だってそうしないと、お母さんたちの復讐することなんて、出来ないんだからねっ?ね、ティオ?貴女もそう思うでしょ?」

「うにゃうぅ…。しょうがにゃいにゃん……」

 渋々って感じだけど、ティオも私の言葉を賛同してくれた。

「私たちの次の目標は、『サラニアちゃん以外の高レベルモンスターの気配』だよっ!そういうのをどんどん倒していけば、きっとティオのレベルも上がって、サラニアちゃんに勝てるようになるはずだからさっ!」

「了解…だにゃん」


 うん。これで、いいんだ…。

 これでしばらくの間は、ティオはサラニアちゃんを追いかけるのをやめてくれる。2人の姉妹が、殺し合うことがなくなる。これが、私の思った通りの展開だ。

 私はまさか、ティオにレベルを上げてサラニアちゃんを倒して欲しいなんて、思っていなかった。さっきの私の台詞の本当の目的は、ティオとサラニアちゃんを遠ざけること。こうやって、ティオにはレベル上げをするって言ってサラニアちゃんから遠ざけつつ、『サラニアちゃん以外の高レベルモンスターの気配』を探す手伝いをさせる。

 その中には、もちろん普通の高レベルモンスターもたくさんいるだろうけど、もしかしたら、この『亜世界』の『管理者』も、いるかもしれない…。ティオのレベルの1.5倍が、サラニアちゃんのレベル70を超えてしまう前に、何とかしてそいつを見つけることが出来れば…。私の最後の魔法…『亜世界』同士の契約でこの『亜世界』を他の『亜世界』と結合してしまって、ティオとサラニアちゃんを助けることが出来るハズなんだ。

 『管理者』がそう簡単に見つかるのか、とか…。何とか出会えたとして、レベル100の『管理者』に『私の魔法』が通じるのか、とか…正直、不安要素はいっぱいあるけど……。

 でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。2人を助けるために私が出来ることは、今はこれしかないんだから…!


「ま、何でもいーにゃん!」スイッチを入れるみたいに、テンションをパッと切り替えたティオ。「そうと決まれば、さっさと先に行くにゃん!この辺で、ティオが感じる中で1番レベルの高いヤツの気配はー……」

「え?ごはんはもう食べ終わったの?ちょ、ちょっと待って…」

 彼女は前みたいに鼻をヒクヒクさせて、『高レベルのモンスター』を探し始めたかと思ったら…。

「あっちだにゃっ!」

 突然遠くを指さして、ものすごいスピードで走り出す。そして入り組んだ木々の間をかき分けて、みるみるうちに先に行ってしまった。

 もちろん、彼女よりもレベルが低い私じゃあそれに追いつけるわけがない。

「ティオ、待ってってばっ!勝手に先に行かないでよっ!」

「やーだにゃーんっ!」

 放っておいたらすぐに見えなくなってしまいそうなティオを、私も死に物狂いで追いかける。

「こぉーらぁーっ!まーてぇーっ!」


 来たばかりのときはどこに行っても泥まみれだった地面は、気がつけば乾燥した部分がだいぶ多くなってきていた。周囲を囲う木々も、高さが数+mもあるような巨大なものは減ってきて、背が低くて幹の細い種類が目につくようになっていた。


 そのときの私たちから少し離れたところ。

 松の木に似た針葉樹の陰に隠れて、じっと動かずに私たちを見ている「彼女」のことを、私はもちろん、ティオもまだ気付いてはいなかった。

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