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アカシニアの新世界帝国建国記

 10mはあろうかという、高いアーチ状の天井。床は白と灰色、2色の石のタイルを使ったチェック模様になっている。建物奥の壁にある、美しいステンドグラスの窓。太くて長い柱に揺れる、無数のロウソクの火。そしてそれら各所に施された、主張を抑えた繊細な装飾。

 神々しく厳かな雰囲気のその建物は、その『亜世界』の神をまつった聖堂だった。


「…これより、偉大なる神の依り代となる者を決めるための、選任の儀を執り行う…」

 ステンドグラスを背にして、縦長の帽子をかぶった白い法衣の聖職者が宣言する。その言葉を合図に、部屋の左右の壁に沿って並んでいた黒いローブの男たちが、一斉に席から立ち上がる。その誰もが、視線は白い服の男の方を向いている。どうやらその男が、この場を取り仕切る立場のようだ。

 彼が何かを呟きはじめる。

「…世界の始まりは光…偉大なる神の作りし、原初の炎…」

 すると、彼の目の前にあった木製の箱から煙が上がり、それはやがて青い炎となった。

「…愚かなる我らの行く道を、正しき炎で導きたまえ……」

 炎は一瞬にして燃え上がったかと思えばあっという間に鎮火し、四角い箱はたちまち真っ白な炭のようになってしまった。男は古びた大きな杖を手に取り、箱の燃えかすを軽く叩く。するとその箱は砂のようにサラサラと床に崩れ落ちた。

 その白いススの中には、少しも燃えた様子のない10枚程度の小さな紙片があった。

「……決まりましたな」

 白服の男がそれらを拾い上げて、天にかざす。そしてまた、2言、3言呟いた。

 するとその紙片が、まるで命を持った蝶のように羽ばたき始め、並んでいた黒いローブの男たちの方へと飛んでいった。

「……新たな、教皇の名は…」

 紙の蝶は、2匹が左側の壁沿いにいた白髪の老人の元へ。そして残りの10枚近くが、その向かい側の席にいた金髪の青年のところまで飛んでいき、やがて彼の肩に止まった。

 周囲から「おお…」という、驚きと称賛の入り混じるざわめきが漏れる。

「…アカシニア・シュル・ロワール!」

 金髪の青年、アカシニアの名が叫ばれると同時に、彼の肩に止まっていた蝶たちが花びらが散るようにさく裂し、一瞬にして青年は白い紙吹雪に包まれた。

 やがてそれも収まると、周りと同じように黒いローブを着ていたはずの彼が、いつのまにか白地に金色の装飾が施された派手な法服姿になっていた。別の男の方に飛んでいった2匹は、ただの紙切れに戻っている。

 アカシニアは驚いた様子で左右をキョロキョロと見渡していたが、やがて深呼吸をして多少落ち着きを取り戻し、ゆっくりと前に歩み出でる。そして聖堂の中央までやって来て頭を下げると、先ほどの白衣の男から赤い宝石のついた冠をかぶらされた。

「あ、ありがとうございます…」

 

 聖堂に備え付けられた鐘楼の鐘がけたたましく鳴り響き、聖歌隊による祝福の歌が始まった。



   ※



「新教皇、ご就任おめでとうございます…」

「はあ…」

 儀式を終え、聖堂から直結しているアカシア城の自室に戻る途中、アカシニアの隣に先ほどの儀式の参加者らしき黒いローブを着た初老の男がやって来て、頭を下げた。アカシニアはめんどくさそうにそれに応える。

「ふん、下らないですね。どうせ教皇や神なんてのは『亜世界』や『管理者』の存在を外部から隠匿するための詭弁に過ぎないのに…。未だにこんなものを有り難がっているのは、教会の一部の年寄りどもと、何も知らない愚民くらいなものでしょう?」

「貴方はまた、そんなことをおっしゃられて…」

「神の奇跡という名目で、教会が今まで『管理者』の力を好き放題に行使してきたことは、もはや周知の事実です。ただでさえ我が国は、学術でも産業でも隣国のアーク・エルから大きく遅れをとっているというのに…。その上、新しい『管理者』を決めるのに未だにあんなバカみたいな儀式をしているなんて知られれば、いい笑いの種じゃないですか!」

「まったく…」

 通りすぎる他の人間の目がある手前、露骨に表情を崩したりはしないが、アカシニアの心はそうとう荒れているようだ。隣の男はアカシニアとは親と子ほども年が離れていそうだが、彼のそんな態度には慣れているらしい。いさめるように言う。

「そう毛嫌いなされますな。古きものには古きものの良さというものがあるものです。長く伝えられてきたからには、それなりに理由も…」

「ふんっ」アカシニアは鼻で笑う。「極論を言えば、『管理者は選挙で選ばなければならない』という、この『亜世界』の固有ルールさえ守れば、その方法自体は何でもいいはずなのです。何百年も前から繰り返されてきたあんな古くさい儀式を、この僕のときにまで採用する必要なんてなかったんです!」

「……わたくしどもとしましては、王子の晴れ姿を見せて頂けただけでも、先ほどの戴冠式には意味があったように思いますよ?」

 男の言葉に、アカシニアはまるで子供が駄々をこねるようにぷいっと顔を背ける。そしてちらりと自分の着ている白い法衣を見ながら、うんざりとした顔を作った。

「……よくお似合いですよ、王子?」

「こんな格好が似合っても、全っ然嬉しくないです…っていうかだいたい、僕はもう王子ではないんですけど…?」

「あ、ああ、そうでございましたね…。失礼いたしました、アカシニア新教皇様……いや、アカシニア皇帝陛下…」

「……ふむ、いいですね。その呼び名はとてもしっくり来る」

 そこで彼は、少し機嫌を直したようだ。

 隣の男は、何かを心配するように眉間にシワを寄せている。

「これは、貴方と付き合いの長い爺やの、ただの戯言なのですが……」

「何ですか?」

「今のアカシニア様は、いささかことを急ぎすぎているように思えるのです……」

「はあ、またお説教ですか?あなたの小言は、いい加減聞きあきましたよ」

「し、しかし…」

 聞く耳を持たないアカシニア。だが、男は食い下がる。

「今の貴方は、皇帝と教皇を兼任し、更にこの『亜世界』の『管理者』にもなってしまわれた…。あまりに多くの権力が貴方に集まりすぎていて、そのことを、あまりよく思っていない者たちが、何かを企てているという話が耳に入ってきております…。貴方のお父上と前任の教皇が、同時期に同じような事故にみまわれて急逝なさったことも、あらぬ噂の種になっているようですし……」

「言いたいやつには、言わせておけばよいです!」

「ですが、このままではいずれ民は……」

「うるさいうるさいうるさいっ!だから老人のお説教は、もう結構だと言っているでしょう!」

 しかし、アカシニアには男の言葉はまるで届かなかった。

 彼は、周囲の警備兵が見ていることも気にせずに叫び散らす。

「この国は……いや!この世界は今、変わろうとしているのですっ!全ての『亜世界』が1つになり、新しい時代が来ようとしている!そして僕は、その新世界でも『管理者』として君臨するんだっ!この『亜世界』の細かいことなんて、いちいち気にしていられないのですよ!ついてこれない者たちのことなど、放っておけばいいのです!」

「し、しかしまだ、『モンスター女の亜世界(アシュバルト)』の『結合』がうまく行くかどうかさえ、分からないというのに……」

「黙れと言っているのです!さもないと、『管理者』の力を行使して、貴方を血族ごと根絶やしにしますよっ!」

「……」

 そう言って、男を睨み付けていたアカシニア。男はもう何も言うことが出来なかった。


「ふんっ!この前の女がダメなら、また別のやつを召喚して送りつければよいでしょう!代わりはいくらでもいるのですからっ!」

 そしてアカシニアはその男をおいて、さっさとその場を立ち去って行ってしまった。

「アカシニア様………」

 男は、アカシニアの後ろ姿を悲しそうに眺めていた。

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