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and……Hello, Brand-New World!

 もう、何も見えない。誰の声も聞こえない。

 エア様も、アシュタリアも、妹ちゃんも、ティオも……そのほかのみんなも。私たちとは完全に隔絶されて、別の次元に消えてしまった。

 そして、真っ暗な沈黙の中で、私は揺られているような感覚に陥って……。


 いや……。

 沈黙じゃない……。


 何か、聞こえる。

 ドクン……ドクン……。

 誰かの鼓動が聞こえている……。


 これは、私の心臓の音……? そんな気もするけど、でも、それよりも少しだけ速いような……。すごく親近感があって、愛おしい。自分のものじゃないけど、自分のものと同じくらいにしっくりくる感じの音だ……。


 ナナ……ちゃん……。

 アカネ……?

 何も見えない、何も感じることのない暗闇の中で、アカネの声が聞こえている。それも、その声は自分の外側からじゃなく、自分の内側から……。


 ナナちゃん……。

 ほら、また……。


 その理由について、私には何となくわかり始めていた。

 一緒に元の世界に戻ろうとしている私とアカネが、水のように、気体のように溶けてしまっているんだ。混ざり合って、ごちゃまぜになって、2人が1つになっちゃっているんだ。だから今、アカネの鼓動や声が、私の中から聞こえてきているんだ。

 アカネの記憶や心の声が、私の中にも流れ出しているんだ。


 ナナちゃん……大丈夫だよ……。

 …………アカネ……ちゃん……。


 え?

 無意識のうちに、私は声を出していた。アカネの声に、答えていた。


 アカネちゃん……怖いよぅ。

 ナナちゃん……大丈夫、大丈夫だから……。


 力強く、頼りがいのある、彼女の言葉。

 それは、さっきの隕石に立ち向かうアカネと重なり……過去の記憶と重なる……。


 ああ、そっか……。

 そして私は、やっと全てを思い出した。自分が捻じ曲げてしまっていた記憶を、訂正した。

 そう、だったんだ……。

 はは……やっぱり私、大事なことに、遅れて気付くんだよね……。


 ナナちゃん。もう、泣かなくていいんだよ……。

 ナナちゃんのことは、私が守ってあげるから……。

 ありがとう……アカネちゃん。


 ああ……。

 私、そうだったんだ……。あのときのアカネが、すごくカッコよくて……憧れちゃって……それで、あのときから、本当はずっと……。

 

 その記憶に浸っているうちに、私の心の奥が、強く波打つのを感じた。

 沸騰するくらいに熱くなって、だけど何故か、すごく心地良くなっていくのを感じた。




   ※



「行ってきまーすっ!」

 マンションのドアを勢いよく開けて、外に飛び出す。その瞬間に、暖かい空気がふわっと体を包み込んで、今のうきうきとした気分を更に盛り上げる。

 うん。今日もいい日だ!

 ……なんて、この世界の「昨日」の天気なんかもうとっくに忘れちゃってるけど。ま、とりあえずそう言っとけば気分がいいし、別にいいっしょっ!

 朝からテンション高めの、スキップでもしたいような気分で、私は学校へ向かっていた。


 あれから。

 私は無事に、自分がもといた世界に戻って来ることが出来た。

 昨日までの、剣と魔法のファンタジー物語は終わって。今日からはこの普通の世界で、今まで通りの普通の生活が始まる…………って思ってたんだけど。


 でもそれは、ちょっと違ったみたい。

 だって、私が戻ってきたこの世界は、全然「普通の世界」じゃなくなってたんだもん。


 まるで、世界が丸ごと新しく生まれ変わったような? 聞きなれた言い方するなら、世界の全てがキラキラと輝いて見えるような?

 ……まあ、私もはっきりと分かってるわけじゃないから、具体的にどこが、って聞かれちゃうと困っちゃうんだけど……。とにかく、世界は前とは全然違う感じになっちゃってたんだ。

 楽しくて、気持ちよくて、とてつもなく素晴らしい世界になってたんだ。



「あ、トモちん、おっはよー。ミオミオも、オンちゃんも、みんなおはよーっ!」

 学校に到着してからも。

 呆れられちゃうくらいのMAXハイテンションで、出会うクラスメイトに挨拶をしながら廊下を駆け抜ける。そして、自分の教室に入って……。


「あ、アカネ……おっはよ」

「う、うん……」

 『管理者』じゃない、普通のJKのアカネに再会した。

「なんか、変な感じだよね……?」

「みんな、私たちがあんな世界に行ってたなんて、知らないんだよね……。もしかして、夢……だったりして……」

「ふふ、そうだよね。そうだったら、面白いよね…………でもさ、」

 ……もちろん、あれは夢なんかじゃない。

 あの世界での冒険は、ちゃんとあったことだ。私の記憶の中に、全部残ってることだ。


 だって、だって……。

 あの冒険があったからこそ。あの世界でいろんな人と出会って、いろんなことをしたからこそ、私は気づけたんだから。

 自分の、アカネへの気持ちに……。私が、アカネに『言うべきこと』に……。


「あ、アカネ……あのさ……」

 『それ』をいざ言おうと思うと、かなり緊張してしまう。言葉が詰まって、バカみたいに挙動不審になってしまう。

 だって私、こういうの初めてだし……。

 遊びで……っていうか、魔法の呪文として仕方なく言ったことはあるけど、今回の『これ』は、そういうのじゃない。私の心の底からの、本当の気持ちだ。だから、やっぱりちょっと恥ずかしいんだけど……。

 だけど私は、ちゃんと言わなくちゃいけない。

 長い冒険の旅から、やっと元の世界に戻ってこれたけど……今日からは……『これ』を言った瞬間からは……また、新しい冒険が始まるんだ。

 私の、新しい『世界』が始まるんだ。


「あのね……私、アカネに言わなくちゃいけないことがあってさ……。実は……私も……アカネのこと……」

「え……」

 アカネの頬が赤く染まる。その可愛らしい表情を見ていると、私の心臓の鼓動もどんどん速くなっていって……。

 

 キーンコーン、カーンコーン……。


 ってここで、始業のチャイムかよ! タイミング悪いなあ、もうっ!

 几帳面な担任の先生が時間ぴったりに教室に入ってきちゃったから、私の冒険は少しだけ延期しなくちゃいけなくなった。

「ご、ごめんアカネ! 続きは、休み時間に……ね」

 そう言ってアカネにウインクして見せてから、慌てて自分の席に戻る。


 っていうか、よく考えたらそもそも『これ』って、朝の教室で言えるようなことじゃなかったかな……。周りのみんなに丸聞こえだし、変な噂がたったら、アカネに迷惑がかかっちゃうよ。

 あーあ、私ってそういうところ、ガサツなんだよね。こんなんじゃダメダメだよ。アカネに嫌われないように、もっと気が利くいい女にならなくっちゃっ! とりあえず、次の休み時間はまず、アカネを静かなところに連れ出して……なんて。

 夢中で考え事に没頭していた私の耳に、そこで、うっすらと先生の声が飛び込んできた。

 え? 今、「転校生を紹介します」とか言ってなかった? しかも、外国からの帰国子女が2人? へー、珍しいなー。どんな人たちだろー……って……。



「みなさま、初めましてお目にかかります……。わたくしは、(たちばな)・エアルディートと申します……」

「私はアシュタリアじゃーっ! よろしく頼むぞよーっ!」


 …………は?


 ……はあ?


 はああああああぁぁぁぁぁぁっっ!?


「お久振りでございます、アリサ様……。わたくし、来てしまいました……うふふ」

「会いに来てやったぞ、ナナシマアリサよーっ! にひひひーっ!」

 教室に入ってきた転校生は、金髪巨乳のお姉さんと、青い肌の幼女。2人とも全然高校生に見えないから、着ている学校の制服が、ほとんどコスプレ衣装になっちゃってて……って、そんなことはどうでもよくってっ!

「な、なんで2人がこの世界にいるのよっ!? あの世界はもう、『2度と他の世界と繋がらない』んでしょっ!? だから誰も、行き来出来なくなっちゃったはずでしょーがっ!?」

「うふふ……それが、そうでもなかったようです……。実は、あの世界にはまだ、未定義部分があったのです……」

「にひひ! 実は『私たちの祖先はもともとこの世界からやってきた人間だった』のじゃーっ! そういう設定だったと、『定義』したのじゃーっ! じゃから『亜世界』の反発力によって、私たちはあるべき場所……すなわちこの世界に『戻ってこれた』のじゃー!」

「ええええぇぇぇ……? な、何じゃそりゃあぁぁぁ……」

 呆れかえってしまう私。

 先生やクラスメイトも、意味の分からないことを言っている転校生たちに対して、あっけにとられている。でもそれも、

「もしかしたら、ご迷惑だったでしょうか……? 申し訳ありませんでした……。ですがわたくし……どうしても、アリサ様にしていただいたキスが、恋しくなってしまって……」

「私も、ナナシマアリサに無理矢理奪われた唇が、忘れられんかったのじゃーっ!」

 なんて2人が言うものだから、その途端に、悲鳴と騒ぎ声に包まれたパニック状態になっちゃって……。


「ねえ、ナナちゃん……」

 あ……。

「さっき言ってた『私に言いたいこと』って、これのこと……?」

 冷めた視線で、私を見ているアカネ。口元が、怒りでひくひくと痙攣している。

「ち、違っ、違うからっ! 私だって、2人がこの世界に来てるなんて知らなくって……」

「アリサ様……どうかわたくしに、もう1度あのときのキスを……」

「ナナシマアリサよー。今度はもっと乱暴で、激しいヤツを頼むぞよーっ!」

「ナーナーちゃあーん……」

「は、はは……ははは……」

 3人の女の子たちに詰め寄られる私。

 教室内は、みんながそんな私をはやし立てて、完全に学級崩壊しちゃってる。


「ああ、もう……何でこうなるのよーーっ!」


 ……そんなわけで、私の新しい『世界』の冒険は、これからも相当の波乱万丈みたいだ。


これで、この物語は終わりです。

読んでいいただいて、ありがとうございました。

約2年くらいだらだらと続けてしまいましたが、概ね、最初に想定していた通りの終わらせ方が出来ました。それもこれも、読んでいただけた方のおかげです。


ただ、1点だけ謝罪させていただけるとしたなら……

タイトルが「百合する~」なのに、全然百合しなくて、すいませんでした。

(いや、違うんす……最初はもっと、ちゃんと百合百合するつもりだったんす……。タイトルに「百合」って付けて、意識して百合話を書くように自分を追い込んだつもりだったんですが……ストーリーを展開させるので精一杯で、それどころじゃなくなってて……)

とにかく、完全なタイトル詐欺になってしまっていたことを、ここに謝罪しておきます。


最後にそのお詫びというか、ここまで読んでいいただけた方へのサービス(になるか分かりませんが……)として、ちょっとだけおまけを続けます。

まあ、映画でスタッフロールのあとにちょっとだけ続く短いシーンのようなものだと思って下さい。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 私が目を開けたとき、そこに広がっていたのは、真っ白な壁……じゃなく。

 暗くて狭い、洞窟のような部屋の中だった。


「え? あ、あれ……?」

 どこ? ここ?

 確か昨日は……例の2人が学校にやってきて、そのせいでアカネもなんか機嫌悪くなっちゃって……。とにかくすごく疲れた1日だったけど……でも、一応ちゃんと家に帰ってきて、ベッドで眠りについたはずだよね?

 なのに今のここは、明らかに自分の部屋じゃない。

 っていうかこの感じは、私の元の世界ですらない気が……。


「ああ、やっとお目覚めですか……」

 現状を把握しきれていないうちに、そんな言葉が聞こえてくる。聞きなれたその声の方を見ると、そこにいたのはやっぱり……、

「あ、あんた……」

 金髪バカ王子だった。


「どうして……? え? え? こ、ここって、だって……あ、あれ?」

 当然、次に私の頭には、「どうして私が、またこの『世界』に戻ってこれたの?」っていう疑問が浮かんでくる。だって私は異世界人で、『他の世界と2度と繋がれない』この世界には、もう戻ってくることは出来ないはずで……。

 そんな風に困惑している私に、ひどく疲れたような表情の王子が言う。

「やられましたよ……。完全にハメられたのです……」

「え……?」

「僕たちは6つの『亜世界』を1つにし、1つの完全な世界を手に入れた……はずだった。しかし、そうではなかった……。

そもそも、前提が間違っていたのです。今まで僕たちがいたのは、『亜世界』ではなく……『亜世界』の偽物だったのです」

「いや……そんなこと急に言われても、意味わかんないから……」

「僕たちがいたのは、1つの世界が分裂して出来た『亜世界』……を、さらに分割した『偽物の世界』……いわば、『偽世界(ぎせかい)』とでも呼ぶべきものだった。つまり、本当の『亜世界』はまだ別にあるのです」

 は?

 『亜世界』が、『偽世界』……? な、何言ってんの? っていうか、このタイミングで新しいワードを出すんじゃないよ……。

「僕たちは『亜世界』に偽装された6つの『偽世界』で、無駄な陣地争いをさせられていた、というわけです。貴女たちが『世界破壊魔法』を防いでくれていなければ、僕たちはあのまま、神の怒りを買った『世界崩壊の原因の種族』という汚名を着せられ、消滅していたことでしょう。それが、本当の『亜世界』の中のどれかである、『真犯人』の『亜世界』の思惑だったのです……」

「し、『真犯人』って……」


 そこで王子は私に背中を見せて、ボロボロの壁に向かって何かの魔法を使い始めた。

「お、おい! まだ私が何も理解出来てないのに、話を勝手に進めるんじゃあ……」

「僕たちは、その『真犯人』の『亜世界』によって、『世界崩壊の原因』の濡れ衣を着せられていた。本当に世界を破壊した種族は、僕たち『人間男』なんかではなく……その、『真犯人』だったわけです。

そして今、そのことに気付いた僕たちは、『真犯人』によって攻撃されている。僕たちがいるこの『世界』は、このままではもうすぐ滅びます。決めたはずの『定義』も、1度は守ったはずの大地も、『真犯人』の攻撃によって、ほとんど崩壊してしまった。今ではもう、平和で平穏な世界など、どこにもなくなってしまった。

だから僕たちは、その『真犯人』の『亜世界』を見つけなくてはいけない……やつらの攻撃を、止めなくてはいけないのですよ……」

「ちょ、ちょっと、だから勝手に……って、え?」

 やがて王子が魔法を使っていた壁に、映画のような、ぼんやりとした白黒映像が映り始めた。

「既にいくつかの『亜世界』には、僕たちの同志を派遣していますよ。例えば……」


 その壁に映写された映像には、私が見慣れた人物たちの姿があった。



   ※



「やはり、納得がいきません! どうしてわたくしが、貴女と一緒に行動しなければならないのでしょうか!?」

「にひひひ」

 長身で金髪のエルフと、青い肌の子供のような背丈の少女が、2人並んで歩いている。それは、エアルディートとアシュタリアだった。

「どうせ誰かと一緒になるのなら、アリサ様か妹たちの誰かならば良かったですのに! それを、貴女のような無礼で、猥雑な方と一緒だなんて!

 ……ちょ、ちょっとっ! 先ほどから、何をそんなに笑っていらっしゃるのですかっ!?」

「いやいや……この『亜世界』にやってきてから、おぬしもだんだん本性を見せるようになってきたようじゃなー、と思ってのー」

「ま、まあっ、何をおっしゃっているのですかっ!? わ、わたくしは、いつも通りもっと淑やかに、大人しくしておきたいのです! それを、貴女が何度も何度も、破廉恥で無礼なことをおっしゃるから、仕方なく……」

「なんじゃとー? 私はただ、おぬしのそのバカでかい胸について、正直に思っていることを言っただけじゃぞー? きっとナナシマアリサだって、その巨乳に……」

「だ、だからっ! それが破廉恥で無礼だと言っているのですっ! わたくしのことはともかく、アリサ様を悪く言うこと、許しませんからねっ!?」

「にひひひ……。ま、その話は、後でナナシマアリサ本人に聞いてみればよいのじゃー。今はともかく、私らの仕事をすることが優先じゃろー?」

「……全くっ!」

 先ほどから、言い争いが絶えない2人。どうやらあまり、相性が良いとは言えないようだ。

 放っておけば際限なくセクハラをしようとするアシュタリアに、辟易した様子のエアルディートが釘を刺しておこうとしたとき。

「と、とにかく、わたくしはさっさとこんな仕事を終わらせて、さっさとみなさまの平穏を取り戻して……」


 2人の「上空」に、1人の少女が現れた。


「ハロハロー、お2人さーん! 見たことない顔ねー? どっから来たーん?」

「ほう……」

「まあ……」

 背中から生えた大きな純白の翼を羽ばたかせて、周囲を飛び回る彼女。2人はそんな光景を目にして、思ったことを口にした。

「有翼人……私らの仲間かのー?」

「美しい翼です……。まるで、白鳥のようですね……」

 しかし彼女は頬を膨らせて、その感想への不服さをアピールした。

「えーっ!? あーしのこと、モンスターとか鳥と一緒にしちゃうとか、マヂあり得なーいっ! あーし、そーゆーのと全然違うんですケドー!?」

「ま、まあ!? ご気分を悪くされてしまったのでしたら、申し訳ありませんでしたっ! ですが、わたくしたちはこの『亜世界』のことも、貴女のことも、何も知らないもので……」

「ふんっ。そんなに言うのなら、おぬしは何者なんじゃー? 自分で名乗ればよいじゃろー」

「え、あーし? あーしが何者かって聞いてるー? この羽とか、この可愛らしいルックスとか見ても、正体が何だか分かんないって言っちゃってるー?」

 くるくると周りをまわっていた彼女は、やがてその動きを緩めていく。アシュタリアとエアルディートは、その一連の動きを警戒するように目で追う。

「なんだあーしは? なんだあーしは? ってかー?」

 やがて彼女は、2人の目の前の空中でようやく静止すると、ふわっと雪が降るように優雅な動きで大地へと着陸した。そして……、

「そーですっ! あーしが、天使(エンジェル)ちゃんでぇーす! だってここ、『天使(エンジェル)の亜世界』だもーんっ!」

 と言って、膨らませた両頬を人差し指で押して、可愛らしくポーズを決めた。

「は、はあ……」

「のじゃー……」

 そんな彼女に呆れた様子の2人は、唖然としてその場を動くことが出来ずにいたのだった。


「きゃはははーっ! あーしちゃん、マヂ天使! なんつてーっ! ウケるーっ!」




   ※



「こ、これって……『亜世界』の映像……?」

 唖然としている私を気にせずに、王子はまた別の魔法を使う。

 すると映像が切り替わって、壁にまた別の『亜世界』の様子が映し出された。それは……。



   ※




「う、うう……」

 三ノ輪アカネが目を覚ましたのは、周囲に何もない、とてつもなく開けた空間だった。見渡す限り広がっているのは、コンクリートのような無機質な地面のみ。人影や動物はおろか、建物も木や植物も何もない。そこは、あまりにも寂しい雰囲気のする『亜世界』だった。

「ど、どうしよう……?」

 周囲に何もないということは、どちらに向かったらよいか分からないということ。どちらに行っても、しばらくは何もないことが確定しているということだ。

 アカネはそんな大地に1人立ち尽くして、茫然としていた。そんなとき……。


「……こんニちワ」

 独特なアクセントの声が、アカネのすぐ後ろから聞こえてきた。彼女は慌てて振り返る。

 すると、いつの間にかそこには、グレーのショートカットの少年……いや、少女だろうか……。あまりに無個性で中性的な、性別という概念を超越しているようにさえ見える、「それ」がいた。

「あなタの名前を、教えテ下サい……」

「え……? あ、はい。え、えと……私は、三ノ輪、アカネです」

「……了解しまシた」

 彼(あるいは彼女)は、何の合図なのか、アカネの言葉を聞いて瞳の黒目を一回転させる。そして、改まって頭を下げて言った。

「初めまシて、三ノ輪アカネさん」

「は、はいっ……」

 相手に合わせて、アカネも頭を下げようとしたとき……。今度は別の方向から、また声が聞こえてきた。

「初めまシて、三ノ輪アカネさん」

 アカネがまたそちらの方を見ると……そこにも、先ほどと同じ顔の彼(あるいは彼女)がいる。しかも、2人は声もまったく同じだ。

「え……双子……?」

 しかしまた……、

「初めまシて、三ノ輪アカネさん」

「初めまシて、三ノ輪アカネさん」

「初めまシて、三ノ輪アカネさん」

「え……え……あ、あの……」

 またその後ろから、更に右、それから左からも、同じ声が聞こえてきた。やはりそこにいるのも、全て同じ顔だ……。

「あ、あの……これって……」

 混乱しているアカネに対して、その5人の……いや、6人……違う、7人、8人……それ以上だ。

 アカネの周囲に音もさせずに続々と現れた「それ」らが、口々に言った。


「私は、コの『亜世界』の『管理者』デす」

「今は私が、コの『亜世界』の『管理者』デす」

「たった今、私がコの『亜世界』の『管理者』になりまシた」

「今は私です」

「私が……」「私が……」「私が……」「私が……」


「あ、あの……」

 そしてひとしきり自己紹介を終えた「それ」たちは、最後に声をそろえて、言った。

「ようコそ、三ノ輪アカネさん……『人造人間(アンドロイド)の亜世界』へ……」




   ※




「ちょ、ちょっとあんたっ! アカネを、エア様やアシュタリアを、どうするつもりなのよっ!?」

 不気味な映像を見せられて、バカ王子に掴みかかる私。

 でも彼は、そんな私にも全く驚いていない。

「今の僕たちは、手段など選んではいられないのです。出来ることは、全てやらなくてはいけないのです。僕たちに濡れ衣を着せた、『真犯人』を暴くために……!」

 それから王子は壁の映像を消して、私に向き直る。そして、徐々に感情を高ぶらせていった。

「さあ、七嶋さんっ! 貴女も早く、新しい『亜世界』へと旅立ってくださいっ! 1度は僕たちの『亜世界』を守る事の出来た貴女なら、きっとそれが出来るはずですよっ!? さあっ! さあっ! さあっ!」

「……っつーの……」

「え? どうしましたか!? この世界を救う自覚に、目覚めましたかっ!?」


 私に詰め寄る王子に、今言えることは、1つだけだ。

 だから私は、お腹の底から声を出して、その言葉を叫んでいた。

「こういうの、もういいっつーのーーーーっ!」

 その大声は、暗い小部屋の中を飛び出して、滅びゆく『亜世界』中に響き渡った。


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