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Bye Bye, A-Worlds

「やりました……ね……」

「おー。どうやら、そのようじゃなー」

 エア様とアシュタリアが、2人並んで感慨深げに空を見上げている。


 さっきまで上空を覆っていた巨大な障害物がなくなって、今は、きれいな星空が広がっている。炎に包まれた隕石がなくなったからか、さっきまで昼間だったのが、突然夜に変わってしまったような感じがする。周囲のみんながあっけにとられて言葉を失っている中、2人の話が静かに響いていた。


「意外と、何でもなかったような気がするのー」

「そ、そうですか……? わたくしには、とてもショッキングでしたが……」

「そうかのー?

うーん……ま、そうじゃなー。やはり私も、少しは驚いたかもしれんなー」

「2人とも、お疲れ様!」

 感動を分かち合おうと、明るく2人に声をかける私。

 でも2人は、そんな私を一瞥してから、疲れたような表情で苦笑いを浮かべた。

「やはり、驚きですね……。まさかアリサ様が……あのような状況で、あんな場違いなことをおっしゃるとは……」

 え……?

「そうじゃなー。私も、空気が読めないやつはたくさん知っておるつもりじゃったがー……あーんなヒドいのは、初めてじゃったわー」

 ちょ、ちょっと、2人とも……?

「正直……わたくしはアリサ様のことを、少し幻滅いたしました……」

「確か、『少女たちの火遊び』……じゃったかー? ……気色悪いやつじゃのー」

 あ、あれ? あれ? あれ?

 さっきから2人が話してたのって、もしかして、私のことだったの? 私の恥ずかしい名前の魔法のこと、まだ引っ張るの……?

「え、エア様? アシュタリア? あ、あの……あのですね? えと……さっきのあれはですね……」

 弁解しようと、私は2人に手を伸ばす。でも2人は、そんな私に軽蔑の目を向けながら遠ざかってしまった。

 あー、もおーうっ! 

「何でこうなるのよっ!? 2人とも、誤解しないでってば! さっきのは、私が言いたくて言ったわけじゃないのっ! あのバカ王子が、『魔法の名前』を言った方が魔力が上がるとか言ったから、仕方なく……」

「え? こっちに振らないでくださいよ。僕まで、貴女みたいに恥ずかしい人間だと思われるじゃないですか」

「はああぁぁぁっ!?」

 てっめえーっ! 元々、全部お前のせいじゃねーかよぉーっ! お前があんなこと言ったせいで、こちとら、エア様に変なヤツ扱いされちゃってんだよっ! 責任とれよなぁぁー!

「な、ナナちゃん……ど、どうしちゃったの? その……さっきのって……どういう意味が……?」

 と思ったら、アカネまで、心配そうな顔で私を見てるしっ! 

「いやいやいやいや! アカネ、違うんだよ! さっきのは、全部忘れてくれていいからっ! 意味とかそういうのは、何もないんだからっ!」

「七嶋……アリサよ……。お前……何か悩みごとでも……あるのか?」

「アリサてめぇー! やっぱり俺らのこと、エロい目で見てやがったんだなっ!? 『火遊び』しちゃいたい……とか思ってやがったんだなっ!?」

「うふゅっ……うふゅふゅ……も、もしかして七嶋アリサさんって、私と同類なんですかぁぁ……? わざとあんな恥ずかしい事を言って、カ・イ・カ・ン……なんですかぁぁぁ!?」

「コルナちゃん、ビビちゃんっ! 勘違いしないでっ! さっきのは、ただの魔法の名前なの! 私が、そんな恥ずかしいことを叫ぶヤツなわけないでしょっ!?

あと、アウーシャちゃん! 貴女と一緒にしないでっ!」

「ぷぷぷー。アリサったら、あんな変なこと叫んで……バカみたいだにゃん!」

「ティオ、あんたにだけは言われたくないんだよっ!」

 ……そんな感じで。

 結局私たちは、いつも通りのバカ騒ぎに戻ってしまうわけだ。静かだったはずの屋敷の屋上は、あっという間に騒がしくなってしまった。


「ああ、もう……」

 空からは、パラパラと小さな隕石のかけらが落ちてきたりしている。周囲には、ボロボロになってしまった建物や、傷を負って治療を受けている人がたくさんいる。

 この『亜世界』……いやこの世界には、まだまだ片付けなくちゃいけない課題が山積みだ。

 それでも。

 空に、綺麗な星空が広がっている。女の子たちが、下らないことで笑い合っている。そんなことだけで、私にはここが、さっきまでとはまるで別世界に思える。


 きっと、もう大丈夫だ。

 アカネが作ったこの世界は、もう誰にも壊せない。これからどんな事が起きても、この世界は残り続けるだろう。だってここはもう、誰か1人の物じゃないんだから。

 1人よがりで閉じた世界じゃなく。みんなの気持ちがつながった、曖昧で、あやふやで……だけど、ものすごく強い世界なんだから。




 一旦落ち着いた私たちは、これからのことについて話し合うために、お屋敷の中に戻ることにした。


 そのとき、突然アカネが私に向かって大きな声をあげた。

「な、ナナちゃんっ!? か、体が……ナナちゃんの、体がっ!」

「え?」

 視線を下に落として、私もその異変に気付く。

「え……? え!? な、なにこれっ!?」

 そのときの私の体は、あり得ないくらいに胸が真っ平らに……って、それは元からだった。

 そうじゃなくって……そのときの私は、全体的に色素が薄くなって存在感がなくなっていた。もっと端的かつ具体的に言うなら、向こう側の景色が見えるくらいに、体が半透明になってしまっていたんだ。

「か、体が、透けてるっ!? ゆ、幽霊!? 幽霊なのっ!? 私、死んじゃったのっ!?」

「あ、ああ……あああ……」

 よくよく見てみると、そんな風に半透明人間になっているのは、なにも私だけじゃなかった。私を指差していたアカネと……それから、ビビちゃんたちに取り囲まれていたピナちゃんも、同じように全身がうっすらと透けていた。

「ど、とういうこと……!? これって一体……!?」


「なるほど……」

 何かに気付いたらしい思わせ振りな態度で、バカ王子が呟く。焦りまくってる私は、とりあえず彼を問い詰める。

「ちょ、ちょっと、あんたっ!? これ、どういうことなのっ!」

「『神的概念』による、世界への調整行為(アジャストメント)…………まあ、ある種の自浄作用のようなものでしょうね……」

「いや、全然意味わかんないしっ! ちゃんと説明してよっ! うわわわっ! どんどん薄くなってくるんだけどぉーっ!」

 私たちの体の色は、話している間にも徐々に失われていく。しかもそれに伴って、体を構成する細胞の結びつきが次第に弱くなっていくような感覚になっていった。このままだと、氷が溶けて水になるみたいに、私が私の形を保っていられなくなりそうだ……。

 王子は、そんな私たちの状態を当然のことのように受け止めながら、落ち着いて説明を始めた。


「これは、貴女たちを召喚した私が言うのもおかしな話なのですが……。元々、貴女たち異世界人がこの世界にいるということは、とても不自然なことなのです。貴女たちは、本来ならここには存在することの出来ない、とてもイレギュラーな存在……一種の、不純物のようなものなのです。それでも、今まではここが『亜世界』だったから、普通に存在することが出来た。貴女たちが、『亜世界』よりも存在が確かな異世界人だったから、『亜世界』が貴女たちを排除する力を持たなかったのです」

 私たちは、『亜世界』よりも存在が確かな異世界人……。その話は、これまでにも何度も聞かされてきた。それに私の周りでも、今までそれを前提にしていろんな事が起こってきた。だから私も、それが当たり前に思ってしまってる部分もあって……。

「6つに分かれた『亜世界』は、既に全てが融合して、1つになっています。そして、先程まで直面していた世界崩壊の危機も、無事に回避されました。

それによってこの『世界』は、今や、正式な1つの世界に昇格したのです。もはや、存在が不確かで未定義部分がある『亜世界』ではなくなったのです。すなわち、『存在の確かさ』を理由にしてここに滞在していた貴女たちにとっては、後ろ盾がなくなってしまったことになる。貴女たちは存在を保証するものをなくして、この世界の反発力に耐えられなくなってきているのです……」

「そ、それじゃあ……」

「現在の貴女たちは、この世界の自然な力によって、元の世界に戻されようとしているのです」

 元の世界に……戻る……? こ、こんな、突然に……?

 そ、そんな、まっさかー!? ど、どうせバカ王子のことだから、またそういう適当なこと言って、私を騙そうとしてるんでしょ……?

 現実逃避するように、私は頭の中で即座に王子の言葉を否定していた。いくらなんでも、こんな急に世界に戻されるはずがない。王子はきっと、何か勘違いをしてるんだろうって……。

 でも彼は、そんな私の強がりを無視して静かに続けた。

「恐らく、貴女たちにかかる世界の反発力は、積算された滞在時間に比例します。つまり、異世界から召喚されたのが早ければ早いほど、大きくなります。だから……」


 ……ふわっ。


「あ……」

 王子の言葉に反応して、私が視線を向けるのとほとんど同じくらいで……ピナちゃんの体が、空気に溶けるようにして消えてしまった。この世界から、完全に消失してしまった。

「げっ!?」

「こ、これは……」

「き、き、き、消えちゃいましたぁぁー!?」

 彼女を取り囲んでいたビビちゃんたちも、突然のことに驚いている。王子は相変わらず落ち着いて、さっきまでピナちゃんがいたはずの空白部分に向かって呟いた。

「これで、貴女との約束は果たせましたね……」

 

「そ、それじゃあ……私たちは、本当に……?」

 その光景を目の当たりにしてしまったあとじゃあ、もう否定しようにも出来ない。王子の言葉は、紛れもない本当なんだ……。

「はい。今の彼女と同じように、貴女たちももうすぐ、強制的に元の世界に戻されるでしょう。……まあ、心配はいりませんよ。この世界の『神的概念』が、異世界人の貴女たちを傷付けるような事は考えられません。イレギュラーとはいえ、貴女たちはこの世界にとってのお客様(ゲスト)なのです。きっと、眠りにつくように安らかに、元の世界に戻れるはずですよ」

「そ、そっか……」


 これから私たちは、元の世界に戻れるんだ……。

 それは、ある意味では当たり前のことなのかもしれない。


 いつかは自分が元の世界にもどらなくちゃいけないってことは、私だってちゃんと分かってた。元の世界には、私の家族や友だちがいるし。私たちは元々ここの世界の住人じゃないんだから、いつまでもここに居座ることは出来ない。

 でも……。

 いろんな『亜世界』に行って、たくさんの人たちと出会ううちに、私はだんだん楽しくなってきちゃって。いつの間にか、その事について考えないようになっていたんだ。

 いつかは帰る。でも、それはきっと今じゃない。そのうち、適当なタイミングで帰れればいいや。そんな風に、考えることを後回しにしてきちゃったんだ。

 それが、いきなりこんな、心の準備も何も出来てない状態で、戻らなくちゃいけなくなるなんて……。


「で、でもまあ? そんなに大したことないよねっ!?」

 ショックな気持ちを隠そうと、私は無駄に高いテンションを取り繕ってしまった。

「だ、だって、戻ってこようと思えば、これからいつだって戻ってこれるんだもんね!? 最初にやって来た時みたいに、また、王子に召喚してもらえばいいんだもんっ!

てか、どうせだったら、今度呼ぶときはこっちの都合も考えてよねっ!? 学校帰りに突然……とか、それ、ただの誘拐だからっ! 私すっごい驚いたんだからねっ!? だから今度はちゃんと、週末とかに予定決めて……」

 そ、そうだよ。どうせ、これで一生のお別れって訳じゃないんだし。また、いつでも会えるんだから、別にショックを受ける必要なんかないんだよね? だから、またいつもみたいにバカ騒ぎでもしながら、さっさと帰っちゃえばよくって……。

 でも……。

「七嶋さん……」

 そんな私にまるで死刑宣告でも告げるように、王子は重々しく首を振った。

「それは、出来ませんよ……」

「え……」

 彼は、視線をチラッとアカネに移してから、すぐにまた私の方に戻して、説明を続けた。

「さっき言ったように……6つの『亜世界』が融合し、ここは今や、完成された1つの世界になりました。それはつまり、ここが『亜世界』での出来事をリセットして1から創造された世界ではなく、6つの『亜世界』が未定義部分を補い合うことで体裁を保っている世界だということです。……4つの『亜世界』を吸収した『人間男の亜世界』を、『人間女の亜世界』が吸収することによって、生まれた世界だということです。

だから当然、『人間女の亜世界』の影響をもっとも強く受けている……」

「…………」

 要領を得ない王子のそんな説明にも、私はもう、口を挟むことが出来なかった。もしかしたら私は、既に彼が何を言おうとしているのか、分かってしまっていたのかもしれない。

「『人間女の亜世界』がベースになっているこの世界では、『人間女の亜世界で定義された内容』は、そのまま残っているのです。つまり貴女たちは…………『もう2度と、この世界に訪れることはできない』のです」

「そ、そんな……」

 その言葉を聞いた瞬間、私の目の前が真っ暗になったような気がした。


 『人間女の亜世界』で定義された『亜世界定義』。その内容は……『この世界は、もう2度と他の世界と繋がらない』……『もう2度と、この世界に別の世界の人間が訪れることはできない』。

 それが残ってるってことは……私たちがここで元の世界に戻ったら、私たちはもう2度と、この世界に戻ってくることが出来ないってことだ。私たちはもう2度と……この世界のみんなに会えないってことだ。


「『貴女たちが異世界人である』という事実は、ここが1つの世界になる前から決まっていた、完全なる確定事項です。だから、その後に『人間女の亜世界』で決められた『定義』よりも、貴女たちを元の世界に帰す力の方が遥かに強い。しかし、貴女たちが1度でも元の世界に戻ってしまえば……今度はその『異世界人である』という事実によって、貴女たちはこの世界から反発されることになるのです。この世界に戻ることを拒絶されるのです。

……もちろん、『この世界が他の世界と繋がらない』以上、僕たちが貴女の世界に行くことも、不可能です」

「な、なんとか……なんとか出来ないのっ!?」必要以上に大きな叫び声をあげてしまう私。「ここでみんなとお別れなんて……そ、そんなの嫌だよっ! ……そ、そうだっ!」

 それから、勢いよくアカネに掴みかかる。

「またアカネに、何か都合のいい『定義』をしてもらえばいいんだよっ!」

「……」

 でも、アカネは私には答えずに、後ろめたそうな顔でうつむいている。

「だってアカネは、『管理者』だもんっ! だから、さっき隕石をぶっ壊したみたいにさっ! 『1度この世界に来た人は、何度でも戻ってこれる』とか……そ、それか! 『あの定義、やっぱ無し!』、とかさっ! ね、そうでしょっ!?」

「……ナナちゃん」

「あ、アカネ、ほ、ほらっ! 早く『定義』しちゃってよっ! そうじゃないと、どんどん体が消えていってるからさ……は、早くしないと……」

「ナナちゃん……ごめんね……」

「え? な、何言ってるの、アカネ……? なんで謝ってるの……? い、意味わかんないってば……。はは……ははは……」

 どうして、アカネは謝ったんだろう。どうして、何も『定義』してくれないんだろう。

 その答えを、私は既に気付いていた。

 だって、だって……ここはもう、『亜世界』じゃないんだから……。


「アリサ様……」

 エア様が、静かに私の肩に手を置いて、言う。

「『亜世界』でなくなったこの世界には……もう、『管理者』は存在しませんよ……?」

「そ、そんな……。うそ……でしょ……」

「嘘ではないのじゃー……」

 いつもよりも落ち着いた声で、アシュタリアも付け足す。

「未定義な『亜世界』を管理するのが、『管理者』の役目じゃ。ならば、この世界がもはや『亜世界』でなくなったのならば、『管理者』は不要じゃろー? 元『管理者』のその娘が、ナナシマアリサと同じように『亜世界』の反発力を受けているのが、その何よりの証拠じゃー」

「…………ごめんね、ナナちゃん」

 また私に謝るアカネ。

 当事者の彼女には、自分がもう『管理者』でなくなっていることが、いち早く分かっていたんだろう。

「そ、それじゃあ、本当に……? 私たちはもう、『2度と戻ってこれない』の……?」

「ご、ごめんね……ナナちゃん……。私が、あんな『定義』したから……。私のせいで、みんなと……」

 彼女の瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。

「そんな……そんな……」

 もちろん私は、彼女のことを恨んでなんかいない。だって、アカネが「2度と戻ってこれない」って『定義』をした原因は、そもそも私が彼女を傷付けたからだ。だから、こうなったのは全部私のせいで、アカネは何も悪くなんかない。これは、私の自業自得なんだ。でも……でも……。

「やっぱり私……悪い『管理者』だったね……? ナナちゃんを傷付けて……みんなを悲しませてしまって……」

「あ、アカネ……」

 そしてまた、謝るアカネ。彼女が悪いわけじゃないことは、完全に分かっている……はずなのに。

 みんなに会えなくなるっていうことが悲しすぎて、私はまともに言葉を話すことが出来なくなっていた。自分のことで精一杯で、彼女を励ますことが出来なくなっていた。

「『管理者』が私じゃなかったら……よかったのにね……」

「そ、そんなこと……あ、あの……」


 そのとき、

「あまり不用意なことを、言わないで下さいね」

 私の代わりに落ち込むアカネに声をかけたのは、でみ子ちゃんだった。

「自分のしたことを反省し、改善点を探しているのならば結構ですが……そうではなく、そんな風にただただ過去の自分を責め続けるのは、不当というものです。

だって、どんな不甲斐のない過去も、不手際な過ちも、全ては現在のこの世界を作っている要素の一部です。それをなかったことにするなんて、不可能なのですから」

「で、でも……私が『管理者』なんかやったから、ナナちゃんは悲しい思いをして……。だからみんなだって、きっと私のことを……!」

「ったく! 人間ってのは、どいつもこいつもめんどくせーですわねっ!」

 次にアカネにそう言ったのは、さっき歌っていたときのアイドル衣装のままの、アキちゃんだ。

「私たちは、とっくにあんたの世界の住人なんですわよっ!? あんたの世界を、『選んでる』んですわよっ!? だからあんたがそうやって自分を否定してたら、一緒に私たちのことも否定してるってことになるんですわっ! さっさと気付きなさいよっ!」

「え……?」

「はは……やっぱり、気付いてくれてなかったんだね……」

 それから、そこにアナも加わる。

「今の僕たちは、偶然この世界にいるんじゃない。アリサちゃんに言われたから、嫌々やってきたわけでもない。自分の意志で、自分で考えて、この世界にきてるんだよ? アリサちゃんから聞いたこの世界が素晴らしいと思えたから……。アカネちゃんが作ったこの世界に、守る価値があると思えたから、ここにやってきたんだよ? だから……。

アリサちゃんやアカネちゃんに会えなくなるのは、確かにすごく寂しいけれど……この世界を守るために、受け入れる覚悟はもう出来てるんだよ……」

「みんな……」

 エルフのみんなが、アカネの世界を認めてくれている。アカネを認めてくれている。それは、私にとってもすごく嬉しいことだと思えた。

 ……そっか……そう、だよね。


 この世界は、アカネが『管理者』だったから、今の形があるんだ。アカネが私を『追放』してくれたから、みんなを連れて戻ってくることが出来た。姿も考え方も全然違うみんなの気持ちを1つにして、平和に過ごすことのできる世界を作ることが出来たんだ。今までの全部が、今のこの世界を作ってるんだ。

 だったら私も、この世界を認めてあげなくちゃ……だよね。


「ま……しょうがない……よね」

 まだ、みんなに会えなくなることへの悲しい気持ちは、全然消えてない。というか、その気持ちはきっとこれからも、一生消えることはないと思う。

 だけど私は、もう悲しむのをやめにした。

 ジタバタと、無駄な抵抗をするのをやめにした。


「な、ナナちゃん……?」 

「アカネ……私はもう、観念したよ」

 私たちの色は、既にかなり透明に近くなっている。体自体の繋がりもかなり薄くなっていて、もはや個体っていうより、ほとんど液体、あるいは気体に近いような状態になっている。存在が、かなり『不確か』になっている。

 きっと、強制的に元の世界に戻らされる瞬間も相当近い。私たちに残された時間は、ほとんどなくなっているんだろう。

 だったら今やるべきことは、焦ってギャーギャーと騒ぐことじゃない。今まで出会ってきた大好きなみんなに、きちんとお別れの挨拶をすることだ。

 アカネの作った世界と、そこを選んでくれたみんなに笑顔を見せながら、自分の世界に帰ることだ。

 それが、この世界を信じること。そして、アカネとみんなを信じることなんだ。

 だから……。


「みんなっ!」

 さっきまでのが嘘みたいに、私は思いっきり明るい口調で言った。

「こんな急になっちゃったけど……しかも、どれだけ時間が残ってるのか分かんないから、中途半端になっちゃうかもだけど……」

 その場にいるみんなを、ぐるっと見渡す。

 その誰もが、突然の私の呼びかけに驚いたり呆れたりしている。でも、もうそんなのも気にしない。

「みんなと出会えて……みんなと話して……自分の知らない、いろんな考えを知ることが出来て……すっごく楽しかったよっ! 私、みんなのこと絶対に忘れないっ! っていうか、忘れたくても忘れらんないよっ! だから、みんなも私のこと……私と、大親友のアカネのこと……絶対に忘れないでねっ!? 私たち、離れ離れになっちゃうけど……もう2度と、この世界には戻ってこれないかもしれないけど……でも、ずっとずっと、私たち友達だからねっ!」


 その言葉を言い終わったのと同時に、私たちの体の『曖昧さ』が、臨界値を超えた気がした。体が完全に、気体になってしまった気がした。もう、この世界の誰かに触れたり、この世界の物を動かせるような気がしない。TV電話越しに話しているみたいに、私たちとみんなの間に、見えない壁が出来てしまったような感覚になった。

 その壁の向こうから、ノイズ混じりのみんなの声が聞こえてきている。


「アリサ様……そして、アカネ様……。わたくしも、お2人とお会いできたことは決して忘れません……。これが、もはや仕方ないことなのは、分かっているつもりですが……。今更わたくしごときの力では、どうすることも出来ないことは……理解している……はずなのですが……。お2人とお別れしなければいけないことが……とてもとても、悲しいです……」

 エア様……。

 貴女は、私がどんな状態になっても絶対に見捨てないでいてくれた、誰よりも優しい人……。貴女のおかげで、思い通りにいかなくなったときに自己嫌悪して逃げずにいられました。ダメダメな自分でも、嫌いにならずに済みました。それに貴女は、アカネのことも、心の底から励ましてくれて……。本当に、ありがとうございました。


「なーんじゃー、せっかく面白くなってきたと思ったのに、おぬしたちがいなくなってしまうのでは、興ざめじゃのー。……でもまあ、しょうがあるまい! 2人とも、元の世界でも元気でやるのじゃぞー?」

 アシュタリア……。

 あんたとこうやって普通に話しているのは、やっぱりまだちょっと、複雑な気分がするよ。1度はティオたちを殺ちゃったあんたのこと、絶対に許さないって思ってたから。

 でも、今ならちょっとだけ、あんたの気持ちも分かるような気がする……。きっとあんたは、誰よりも頑固で、自分を持っていて、それと同時に、誰よりも頭が柔軟なんだろうね。だから、自分の納得できないことは絶対にしないけど、反対に自分がいいと思ったことについては、下手にプライドに固執したりしないで、すぐに取り入れることが出来るんだ。

 それはある意味、とても公平(フェア)な考え方だと、私は思うよ……。

 あんたがアカネを助けることに協力してくれたこと、結構嬉しかったよ。ありがとうね…………って、う、うそ……? あんた今、泣いてるの……? いつも余裕ぶってへらへら笑ってるくせに、目からは涙がこぼれてるとか…………もう、ずるいなあ……。


「ばっかじゃねーんですのっ! あんたたちがどこに行こうか、私たちには知ったことじゃねーですのよっ! だ、だから、今だって別に…………ああ、もうっ! 行くならさっさと行きなさいよっ! き、気まずいんですわよっ!」

「アリサちゃん、アカネちゃん。かわいい君たちともう会えないなんて、残念だよ。……本当にね」

「お姉の友達は、あたちの友達なのぉーっ! だからあたち、あんたたちのこと絶対絶対忘れたりしないなのぉーっ! バイバイなのぉーっ!」

「ふ……不覚でしたね。私たちにとって、姉様以外に大事に思えるものが出来てしまうなんて……。

可能ならば、貴女たちともっといろいろなことを話しておきたかったのですが…………いや、不粋な不満を口にするのは、やめにしましょう。今はただ、こんなときの不朽の常套句で、私たちの気持ちを伝えることにします。

アリサさん、アカネさん、いままでありがとう……さようなら」

 妹ちゃんたち……。

 本当に本当に、貴女たちは心の底からエア様のことが大好きだったよね……。そんなみんなを見ていると、全然関係ないのに、私まですっごく楽しい気持ちになってたよ……。大好きって気持ちがどれだけ強い力を持っているのかってことを、みんなから教えてもらっちゃったよ……。ありがとうね……。


「んにゃ? にゃんかアリサ、色味が薄味になって、雰囲気変わったにゃ? イメチェンしたのかにゃ?」

 で、相変わらずマイペースのこいつは、何も理解してないんだもんなあ……。

 こんなティオがお姉ちゃんだなんて、サラニアちゃんは、大変だよね……。

「正直言うと私は……ずっと姉さんと一緒にいた貴女のことを……ちょっと嫉妬してた……ニャ。だけど……これでお別れだと思うと……やっぱり、ちょっと悲しい……ニャ」

「にゃにゃにゃ? お別れ? アリサ、どっか行っちゃうのかにゃん? 旅行でも行くのかにゃ?」

「姉さん……違う……ニャ」

「にゃーん。アリサがいないと、ティオはつまんないにゃん! ずっとここで待ってるから、なるべく早く帰ってこいにゃ?」

 ああもう……あんたは、最後の最後まで、バカなんだから……。

 でも、そのバカさがあったから……その純粋さがあったからこそ、私はきっと、これまでやってこれたんだと思うよ……。

 何も知らない『モンスターの亜世界』に送り込まれたとき、無邪気なあんたがいてくれたことが、どれだけ心の支えになったか……。それに、そんなあんたにまた再会出来たことも、本当に本当に、嬉しかったよ……。

 これからも、サラニアちゃんと仲良くやりなよね……。


「七嶋アリサ……そして、三ノ輪アカネよ……最後になってしまったが、礼を言わせて欲しい……。ワシら『黒狼』は、何かと誤解されやすいのだが、お前たちは初対面のときから、ワシのことを理解しようとしてくれた……。外見や他人の評価に惑わされず……ワシの中身を見ようとしてくれた……。それは、本当に嬉しいことだった……。ありがとう……。

お前たちのような面黒(おもくろ)い…………いや、面白い人間と出会えたことを……ワシは、何よりも誇りに思っているぞ……」

 コルナちゃん……。

「さ、最後だから言うけどよ……。

あ、アカネ! 俺はずっと……お前のことがっ……! あー、ちっきしょーっ! な、何でもねーゼっ! 忘れろっ!

それから……おい、アリサてめぇっ! アカネのこと、もう2度と泣かすんじゃねーゼっ!? もしもまた、そんなことしやがった日には……世界のルールなんかぶっ壊して、てめえのこと、ぶん殴りに行ってやるからなっ!? 俺には、どこにいたってアカネの声が聞こえてるんだからなっ!?」

 ビビちゃん……。

「七嶋アリサさん、そしてアカネ様。貴女たちのこと……貴女たちがこの世界にしてくれたこと……。私も、絶対に忘れませんから……」

 それから…………え? 誰?

「……な、なぁーんてぇ……うひゅ、うひゅひゅ……。び、びっくりしましたぁぁぁ? ギャップ萌えしちゃいましたぁぁ? だ、抱かれてもいいとか、思っちゃったりしてぇぇぇぇ!?」

 あ、ああ……なんだ、メス豚ちゃんか……。

「ひ、ひぃぃぃーっ! す、すいませんでしたぁぁぁ! 調子に乗ったあたしを、どうぞ殴ってくださぁぁぁいっ! 罵ってくださぁぁいっ! さ、最後なんだから、今日は特別なサービスしてくださぁぁいっ!」

 いやいやいや……。いつもは普通のサービスしてあげてるみたいな口振りはやめてよ……。

 ま、まあ……それはともかくとして。


 私の方こそ、3人には感謝しなくちゃだよね。ずっとアカネのそばにいて、アカネの味方をしてくれて、ありがとうね……。

 3人とも、もともと全然別の団体に所属してたのに、それを飛び越えて、アカネのために協力してくれた……。本当なら対立してもおかしくなかったのに、手を組んでアカネの危機を救おうとしてくれた……。

 それって、それだけアカネのことを守りたいって思ってくれてたってことでしょ? アカネのことを、気に入ってくれたってことでしょ? それが分かったから、私も、みんなのことを信頼できたんだよ。

 みんなが本当にアカネのことを大事に想ってくれてたってこと。アカネを守るために、一生懸命になってくれたこと。本当に、感謝してるよ……。



 私たちの体は、本当にもう消滅する寸前まで来ていた。ちょっとでも動けば、それで勝手に体が空気に溶けてしまうことが、感覚で分かっているくらいだった。


 ほとんど消えかかってる私に、最後にメルキアさんが、いつも通りの軽い調子で話しかけてきた。

「えっと、異世界人さんさー。私が言ったこと、まだ覚えてるー?

『伝えるべき言葉を、伝えるべき相手に、ただ伝える』……貴女それ、まだやってないでしょー? もー、困るなー。それじゃ、私の占いが外れたみたくなっちゃうよー」

 え……。

「ま、焦ることはないからさ。向こうの世界に戻って落ち着いてからでも、そのことについて1回考えてみてよ? 騙されたと思ってさー」

 そう言ってメルキアさんは、私とアカネにウインクした。


 あ、あのそれって……も、もしかして!

 その意味をもっと詳しく知りたくて、彼女に詰め寄りたかったけど……それは叶わなかった。


 とぷん。


 そんな音が本当にしたのかどうかは、定かじゃないけど。

 まるで、地面が突然水に変わって、その中におちていくみたいに。あるいは、自分たちの体が水に変わって、地面に溶けていくみたいに。

 とうとう私たちの存在は、その世界から完全に消えてなくなってしまった。


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