12
「まあ、なんてことでしょう……。困りましたね……」
「これは、なかなかの不測の事態ですね。さて、どうしたものか」
「ま、やるだけやりきったし、よいのではないかー? 充分楽しんだのじゃし、私はこのまま隕石に押し潰されても、文句はないのじゃー」
「んにゃにゃ!? ティオはヤダにゃ! せっかく蘇ったのに、また死ぬなんてゴメンだにゃん!」
「な、何か……何か手は、ないのでしょうかぁぁぁ!? 私、何でもしますからぁぁ! どんな痛いことでも、どんな恥ずかしいことでも……でも、でも、死ぬのは嫌ですぅぅぅぅー!」
周囲に集まっていた娘たちも、アナの「悪いニュース」にそれぞれのリアクションをし始める。冷静に次の手段を考える娘。達観して諦めてる娘。取り乱してる娘。
私と言えば、そのどの気持ちもが混ざりあったような、混乱状態だった。残された時間はもうほとんどないのに、せっかく立てた計画が破綻してしまった。しかも、これからどうすればいいのかはまだ全然分からない。なんとかしなくちゃ……なんとかしなくちゃ……なんとかしなくちゃ……なんとか……。
新しい対策を考えつかなくちゃいけないのに、焦って頭が上手く回らない。それでも、絶対になんとかしなくちゃいけないんだ。そうしなくちゃ、このままじゃ私たちはみんな……。
って、そんなときに。
こんな最悪な状況が、更に悪化するなんて……。
「ああ、もう! だから言ったでしょうが! この『亜世界』はもう終わってるんですよ! 今さらあんたたちが足掻いたところで、全部無駄な抵抗なんですよ!」
突然、私の耳にそんな悪態が聞こえてきた。それを言ったのは……、
「てっ、てめえ……よくもぬけぬけと、戻ってきやがったんだゼっ!」
「今更、黒旗を上げて謝罪でもしにきたか……? それとも……」
「あ……」
ピナちゃんこと、小金井雛子ちゃんだった。
「ピナちゃんも、さっきの『亜世界』同士の結合のときに、ここに来てたんだね……」
彼女らしくもなく、ピナちゃんは見苦しく叫び散らしている。
「ああ、私はさっさと元の世界に帰るつもりだったんですよっ! こんなところ、戻ってくるつもりなかったんだっ! なのに、そこのバカ王子がグズグズしているから、機会を逃してしまって……しかもその上、この終わってる『亜世界』に、『人間男の亜世界』を吸収させるとかっ!? な、何考えてるんだよっ!? どうかしてるよ、あんたたちっ!」
素の性格が出てきているのか、彼女の口調は安定しない。あっけにとられて反応が遅れた私たちを通り過ぎて、そのまま素早くバカ王子につかみかかる。そして、隠し持っていたナイフを彼の首筋に突きつけた。
「そ、そんなに心中したいなら、勝手にあんたたちでやってればいいんですよっ! 私はそんなのちっとも興味ないんだっ! もう限界だよっ! 私だけでも、元の世界に戻してもらいますからねっ!? ほ、ほらっ! 早くっ! は、早くしろってっ!」
乱暴にバカ王子を脅している……ようにも見えるけど、ときどき上空の隕石を見上げては、そのたびに声を裏返らせているピナちゃん。よく見ると、ナイフを持つ手も震えている。彼女も、今の状況にはかなり焦っているようだ。
「わ、私を召喚したお前なら、戻すことだって出来るだろっ!? だ、だから、早くしろって! ほら、ほら、ほらっ!」
「ぴ、ピナちゃん、ちょっと落ち着いてよっ! きっと、大丈夫だから……!」
「な、何が大丈夫なんですかっ!? さ、さっきそこのエルフが言ってただろがっ!? このままだと、みんなこの『亜世界』と一緒に死んじまうってっ! わ、私は、そんなのゴメンなんですよっ!」
「やれやれ……」
突きつけているナイフがうっすらとバカ王子の首筋に食い込んで、血をにじませる。それでも彼は全然慌てずに、まるで他人事みたいな顔をしていた。
「ピナちゃん! 私たちが、これから何か方法を考えるからっ! だ、だから、そんなこと止めて……」
「う、うるさいんですよっ! お前らみたいなバカに、なんとか出来るわけないんですよっ! バカ! バカ! バーカっ!」
……だめだ。
どれだけ言っても、今のピナちゃんじゃあ全然聞く耳を持ってくれそうもない。こうなったらもう、彼女の言う通りにするしかないのかもしれない。本当は、今はそんなことしてる場合じゃないのに……。少しでも早く、この状況を何とかする対策を考えなくちゃいけないのに……。
「さあ早く! 早く! 早く! 早くしろって、言ってんだろうが……!」
そしてまた、ピナちゃんは聞き分けのない叫び声を上げる。もう彼女は、本性を隠す努力を完全にやめたようだ。口が悪く、感情的で攻撃的な彼女。はじめに見たときに思った、大人びた才色兼備のイメージの彼女は、どこにもいない。
私にはもう、どんな言葉を言っても彼女とは分かり合えるような気がしていなかった。いっそ、全てを投げ出して叫びだしたい気分だ。……そんなとき。
思わぬところから、ピナちゃんに味方する声が聞こえてきた。
「……まあ確かに、彼女の言うことにも一理ありますね」
それは、ピナちゃんにナイフを突きつけられている本人の、金髪バカ王子だった。
「あ、あんたまで、何言ってんのよっ!?」
「え? だって、そうじゃないですか?」
行き場を失くしたイラつきを王子に向けてしまう私。でも、王子はいたって冷静のまま、応えた。
「こんな危機的状況なのに貴女たちときたら……『きっともうすぐ誰かが対策を思いつくから、待っていろ』なんて言ってるんでしょう? はっ。そんなの、全くもってバカげていますよ。迫りくるあの隕石には、もはや一刻の猶予もないのですよ? 悠長に待っていられるわけがないでしょう。他に少しでも自分が助かる可能性が高い方法があると分かっているのなら、そちらを選ぶのは当然のことでじゃないですか?
……例え、それでどんな犠牲を払うことになったとしてもね」
「そ、そんなこと……」
認めていいわけない!
……そう否定したかったのに、私は出来なかった。だって、現に今私たちは、刻一刻と迫ってくる隕石に対して何も対策を思いつけてないんだから。
もしもこのまま、私たちがいいアイデアを何も思いつくことが出来なかったとしたら……。今この『亜世界』にいる人たちは、1人残らず消滅してしまうことになる。そんなことになるくらいだったら、助けられる人だけでも、助けてしまった方がいいに決まってる。全員が消滅するよりは、せめてピナちゃんだけでも元の世界に戻してあげた方が……でも。
それじゃあ、みんなは……?
その方法で助けられるのは、こことは別の異世界からやってきた、ピナちゃんやアカネや私だけだ。
他のみんなには、戻るべき「元の世界」なんて存在しない。もう、この『亜世界』しかないんだ。
私のせいだ……。
私が、みんなを巻き込んでこの『亜世界』に連れてきてしまったから……。
安全だった『人間男の亜世界』を、『人間女の亜世界』に結合させてしまったから……。
エア様や妹ちゃんたち、アシュタリアやティオたちは、本当はここにはいなかったはずなのに……。私が、みんなをこの『亜世界』に連れてきてしまった。私のせいで……私がアカネを想う気持ちのせいで……私の想いのせいで、みんなを傷付けてしまうことになったんだ……。
そんなのって……。
「は、はは……ははは……。そ、そう……そうでしょう……? そうですよね……」
王子の言葉を受けて、ピナちゃんが笑っている。
「はは……はははははははは」
みんなが黙っている中で、彼女の笑い声だけが聞こえている。
「あははは……! や、やった……。これで私は、生き残れるんだっ! わ、私だけが……ははははは……」
彼女はもう、バカ王子に向けていたナイフを落としてしまっている。王子は首筋ににじんでいた血をふき取ると、落ち着いた様子で「ふう……」とため息を吐いた。
「この『亜世界』を救うとか、甘っちょろいこと言ってるお前らだけが死んで、私は、ちゃんと生き残れるんですっ! ざ、ざまあみろですよっ! あはは……あはははははははははははははははははっ!
さ、さあ! は、早く帰してくださいよっ! 私を、元の世界にぃーっ!」
「ええ、そうですね……」
「あっははははははははは……」
バカ王子はゆっくりと屋敷の屋上を歩いていく。興奮気味のピナちゃんは、彼がどこに向かっているのかを見ていない。
そして王子は、1人の「女の子」の前で立ち止まった。
「それでは、『現時点で最も助かる可能性が高い方法』を、実行することにしましょうか。……ねえ?」
「え……?」
「そ、そうですよっ! さっさと、魔法陣でも何でもつくって、私を元の世界に戻すんですよぉーっ! ほ、ほら、早く早く早く早く早くぅーっ!」
「……『早く』、だそうですよ? さ、お願いしますね?」
「あ、あの……えとぉ……」
王子が促している意味が分からずに、「その女の子」は戸惑っている。っていうか、王子以外の全員にとって、彼のその行動は完全に意味不明だった。
話の流れ的に、王子はこれから、ピナちゃんを元の世界に帰そうとしているはず……。だから、知り合いの魔法使いとか、誰かそれっぽい人にお願いするってのなら、分かるんだけど……。
でも王子は、あくまでも当然のことのように「彼女」に話しかけていた。
「あまりゆっくりしているわけにもいかないのは、流石に分かっているでしょう? もはやこの状況を何とか出来るのは、貴女だけなのです。しかし逆に言えば、貴女ならきっと助けることが出来るはず。だから、さっさとお願いしますよ?」
「わ、私……が?」
「は、はあーっ!? ちょっ、お前っ!」
そこでやっとピナちゃんも、王子が誰と話しているのかに気づいたらしい。さっきよりも一層慌てて、王子に詰め寄った。
「な、何やってんですよっ! 今は、『そんなやつ』どうだっていいでしょーがっ! そ、それより、早く私を元の世界に戻せって話を……!」
「……え? ええ。僕は、さっきからそのつもりですよ?」
相変わらず、落ち着いた様子の王子。ピナちゃんの焦りは、更に加速する。
「い、意味わかんないこと言ってんじゃねーよっ! そ、そんならどうして、『そんなやつ』と話してんですよっ!? そ、そんな、役立たずの、終わってるやつと話してる暇があったら、さっさと私を元の世界に送る魔法を使えって……」
「いやいや」
王子は、ピナちゃんに対してわざとらしくゆっくりと首を振る。
「貴女たちは知らないかもしれませんが……召喚の魔法も、転送の魔法も、言うほどそんなに簡単なものではないのですよ? それらは入念な下準備と、相当量の魔力を用意して、初めて成立する高等魔法なのです。だから、今から準備を始めたとしても、とても隕石の襲撃には間に合わないでしょう。貴女を元の世界に送り戻せる確率は、きわめて低いというわけです」
「そ、そんな……それじゃあ……私は……」
落ち込むピナちゃんに、王子は自信たっぷりに宣言する。
「だからさっきも言ったように、僕たちはもっと『可能性の高い方法』を取るべきだ。……それが、彼女というわけです。
彼女ならば、きっと他のどんな方法よりも確実に、この状況を何とか出来る。しかも貴女1人なんて言わず、僕たち全員を助ける事だって出来るはずです。だって彼女は……この『亜世界』の『管理者』なんですからね?」
悪だくみするときと同じような顔で、にっこりとアカネに微笑む王子。ピナちゃんも、私も、他のみんなも、その言葉の真意を少しでも読み取ろうと、アカネに視線を向けた。
「わ、私が……? で、でも……そんなの、私には、とても……」
突然みんなの注目を集めたアカネは、謙遜からか、王子の言葉を否定しようとする。でもそれよりも早く、もっと厳しい言葉で、ピナちゃんが彼女を否定していた。
「あったり前ですよっ! そんなの無理にきまってますよっ! 無理無理無理無理っ! そんな、完全に終わっちゃってる勘違い女が、この状況を何とか出来るわけないんですよっ! だ、だいたい、そいつのせいで今、こんなことになってるんだっ! そいつさえいなければ、私はとっくに元の世界に戻れてるんだっ! なのに、なんで今更そいつなんかに……!」
「ちょ、ちょっとピナちゃんっ! そ、それにバカ王子もっ! アカネに、変なこと言わないでよっ!」
アカネを守る友達として、私は言いたい放題の彼女とバカ王子に釘をさす。それから、ひどいことを言われて傷ついているだろうアカネに、フォローを入れた。
「あ、アカネ! 気にしちゃだめだよっ!? アカネは、私たちがちゃんと守るからっ! これから、私たちがちゃんと、アカネと、アカネの『世界』を守るための方法を考えるから! だ、だから……」
でも、そんな私の言葉も遮って、王子が言う。
「本当にいいんですか、それで?」
「え……」
「言いたいやつには、勝手に何でも言わせておけばいい。他人の考えなんて、今は関係ない。
しかし、この『亜世界』の『管理者』は、貴女でしょう? だったら、自分の管理する『世界』くらい、自分の力で守るべきではないのですか?」
それは、静かだけど力のこもった言葉だった。
「貴女の『世界』を、一番理解してあげられるのは貴女ですよ? だから、その『世界』を誰よりも確かに守ることが出来るのも、他の誰でもない、貴女です。……貴女には、その『力』があるんだ」
自分がこれまでやってきたことに対しての、プライドのような。バカ王子らしからぬ、重みのある言葉だった。
「わ、私は……『管理者』で……。だ、だから……」
思いつめたような表情になるアカネ。その間も、ピナちゃんは騒がしく彼女を非難し続けている。私も、気休め程度の励ましの言葉をかけている。
でも、その声たちはもう彼女には届いていないみたいだ。王子の言葉通り、今の彼女にはもう、他人の言葉は関係なくなっているのかもしれない。
はじめは不安そうに見えていたアカネの瞳が、次第に、力強く輝き始める。弱気で、守ってあげたくなる女の子だった彼女が、だんだん頼もしく見えてくる。
それから彼女は、しっかりした態度で、こう言った。
「……やります」
「え……?」
「ふっ」
「私は、この『亜世界』を……『亜世界』のみんなを、守りたい……です。だ、だから、私……やりたいです!」
……驚いた。
それが、正直な私の感想だった。
あの、アカネが……さっきはピナちゃんに避難されて泣いていた彼女が……こんなに強く主張するなんて。アカネの中に、こんな一面があったなんて……。
「は、はあーっ!? な、な、な、何言ってんだよ、お前っ! お前なんかに、何か出来るわけねーだろっ!? 隕石だぞっ!? 『世界破壊魔法』だぞっ!? 冗談とか言ってる場合じゃねーんですよっ! は、早くしないと……」
「あ、アカネ……? 貴女が、そんなに責任感じる必要なんてないんだよ? アカネは、被害者なんだから……私たちに任せてくれれば……」
不本意ながら、気付けば私はピナちゃんと同じようなことを言おうとしてしまっていた。でも、
「私……やりたいのっ! 私の『世界』にいるみんなが危険になっているんだから……私だって、それを助けたいのっ!」
そんな私に、アカネは反論した。
いや……それは反論と呼ぶにはあまりにも論理が欠如した言葉だ。
でも、だからこそそれが、彼女の心の底からの真実の言葉だってことが、私には伝わってきた。私にとってそんなアカネは、すごく新鮮で、すごく力強くて……そして、かっこよかった。
もう、泣いている弱いアカネはどこにもいない。自暴自棄になってもいない。
彼女はただ、真剣な表情で深く考え事をしているだけだ。『管理者』としての責任感をもって、この『亜世界』を守る方法を。
そして、
「皆さん……それに、ナナちゃん……」
……ついには、それを思いついてしまったようだ。
少しの沈黙の後、強い意志を込めた表情で彼女は宣言する。
「みんなみたいに、上手く出来るかは分からないけど……。こんなの、また、私が間違えているだけなのかもしれないけど…………でも……でも……でも…………どうか私に、力を貸してくださいっ!」
三ノ輪アカネが、『管理者』としての責任感に目覚めていたころ。
彼女から少し離れたところに移動したアカシニアとアシュタリアが、2人だけで話しをしていた。
「おぬしは……『励まし』くらい、もっと普通に出来んのかのー?」
「……さあ? なんのことだかわかりませんね」
痛いところをつかれたように、アカシニアは気まずそうに顔を背ける。
「にひひひ……ほんに、面白いやつじゃのー。おぬしを生かしておいて、正解じゃったわー」
アシュタリアはそんな彼を横目で見ながら、微笑む。アカシニアは彼女の目を見ずに、ぶつぶつと言い訳じみた言葉を呟く。
「さ、さっきも言った通り、僕はただ、自分の利益のためにはあの『管理者』の力を借りるのが一番近道だと思っただけですから……。それであの『管理者』の娘がどう思ったかまでは、知りませんよ」
「そーかのー、そーかのー……」
「そ、そんなことより! ……例の件は、お願いしますよ?」
「のじゃー? 例の件じゃとー?」
「とぼけない下さい! それがなかったら、僕は貴女たちに協力なんてしていないんですからねっ!」
「んー? ……おお、そうか! あれじゃな? 私がアウグストちゃんと作り上げた、『新しい力』の件じゃなー? 分かっておる、分かっておる。全部が終わったら、ちゃんとおぬしにその技術を教えてやるぞよー」
「全く……よろしくお願いしますよ、本当に……」
呆れたような顔を作るアカシニア。
しかしすぐに、真剣な表情になって独りごちる。
「あの『力』には、まだまだ発展の余地がある。モンスターだけじゃなく……失った人物を、完全に復活させることだって、出来るはずなんだ……」
「にひひひ……。そのためには、この『亜世界』は好都合という訳じゃな? この、『死霊術が未発達で、未定義部分の残された世界』が……」
「そうです……。『人間男の亜世界』では不可能だったことでも、ルールが異なるこの『亜世界』なら、可能かもしれない……いや、必ず出来るんです!
……待っていてくださいよ。僕はここで、必ず、『貴方』を取り戻して見せますから……」
そう呟くアカシニアの瞳には、今までの彼では考えられないほどの、強い決意の炎が燃えていた。




