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それからしばらくすると、アシュタリアがのんきな調子で、
「さてさて、そろそろ『あの憎きデカイヤツ』をなんとかせんとじゃのー」
なんて言ってきた。
「ええ、そうですね……。さすがにこれ以上は、『あちら』も待っていただけなさそうですし……」
エア様も、隣に並んでそんなことを言う。
2人が見上げている空を確認するまでもなく。私にも、それは分かっていた。
「そろそろなんとかしなくちゃいけない」、「待ったなしなあいつ」っていうのは、空から大地に向かって着々と近づいてきている、あの巨大隕石のことだ。
「そうだね。そろそろ、でみ子ちゃんたちの救助活動も落ち着いてきたみたいだし……。作戦の第2段階に進んだ方がよさそうだね……」
もちろん、私たちはあの隕石についても、ちゃんと対策を考えて来ている。その対策が上手くいけば、今度こそ完全にアカネの『世界』を救うことが出来るはずだ。
ここで、私の考えた作戦の全貌を、もう一度はっきりとさせておこう。
まず、私たちはバカ王子に『人間男の亜世界』を放棄させて、アカネの作った『亜世界定義』の壁を突破して、『人間女の亜世界』に戻ってくる。そして、そこでみんなの力を総動員して、『世界破壊魔法』の前段で起こった地震で受けた被害を、復旧させるんだ。
ここまでが第1段階で、それについては、ここまで割りと思い通りに上手くいったと思う。で、次に第2段階なんだけど。この時点になると、残る驚異は落ちてくる隕石だけになるから、今度はその隕石をみんなの力で破壊する。
それは、比喩でもなんでもなく、文字通りの意味での破壊だ。
普通に考えたら、空から降ってくる隕石を地上の私たちの力で破壊なんて、出来そうもない気がするけど……。この『亜世界』なら……そして今の私たちなら、きっと不可能じゃない。
だって、この『亜世界』には魔力を一時的に他人に譲渡出来る『承認』のシステムがあって、それに参加できる沢山の人たちがいるんだから。(その中には、元々の『人間女の亜世界』の住人はもちろん、さっきこの『亜世界』にやってきた人たち、更には、アシュタリアが死霊術で蘇らせた無数のアンデットたちも含まれている)
『承認』で、そんな大量の人たちの魔力を1ヶ所に集めたとしたら……? その魔力の総量は、とんでもないことになる。私たちが1万とか2万とかで争ってたのなんてどうでもよくなるくらいに、すさまじい量の魔力が、1ヶ所に集まることになる。
その力ならきっと、巨大な隕石を破壊することだって出来るはずなんだ。
「準備出来ました。こちらはいつでも、『配信』開始できます」
気付くと、私たちの隣にはでみ子ちゃんたちが戻ってきていた。救助活動が軌道に乗ったから、そっちはモンスターや他の人たちに任せて、こちらに戻ってきてくれたらしい。
「どう? 大丈夫そう?」
「心配は不要です。『アーティスト』の声を全世界にリアルタイムに展開するための仕組みは、不備なく完成しています」
「さっすが、でみ子ちゃん!」
「いえ、事前にこの『亜世界』にやって来る前に貴女の持っていた『携帯電話』を解体して、『研究』しておいたから出来たことですよ」
「いやいやいや、それを言うだけじゃなく実際に出来ちゃうってのが、流石って話なんだけどさ……」
彼女と私が話しているのも、もちろん作戦の一部だ。
さっき言った作戦の第2段階を成功させるためには、この『亜世界』中の人たちに『承認』のネットワークに参加してもらって、しかもその上、自分の力を分けてもらうことを了解してもらわなくちゃいけない。『亜世界』中の人たち全員にこの話を伝えるってのはもちろんなんだけど、それ以上に、それを了解してもらうってのがかなり大変だ。
例えばティオみたいなマイペースな人なら、「そんなのめんどくさい」とか言って協力してくれないかもしれない。ビビちゃんとかコルナちゃんみたいな用心深くて慎重な人なら、初対面の私を警戒して、そもそも話を聞いてくれないかもしれない。そういう、この『亜世界』のいろんな考え方を持ってる人たちの気持ちを1つにして力を合わせるなんて、正直言って不可能だとさえ思う。
でも、今がこんな緊急事態で、この『亜世界』を救うためにはそれしか方法がないんだとしたら? いくら考え方の違うみんなだって、きっと力を貸してくれる。それぞれの事情はあるのかもしれないけど、世界のピンチより優先するなんてことないはずだしね。
だからあとは、「この『亜世界』がピンチ」で、「救うためにはこの方法しかない」ことを、みんなに正確に伝えればいいって話で。そのためには……、
「お姉ちゃ~ん、盛り上がってるぅ~!? ……うぅ~ん、まだまだイケるでしょ~? 次はもっとも~っと、アゲ↑アゲ↑にテンションMAXで、ハジケちゃってね~!
いっくよ~!?」
アキちゃんの職能を使えばいいんだ。
「Darling Darling
Temptation!?
貴女が ス・テ・キ・過ぎるから
Warning Warning
Revolution!!
私 ム・テ・キ・になれるんだよ
だって”お姉ちゃん”
それが最高のSolution!
だから行こ~! 『 』の向こうへ~」
アキちゃんの『芸術家』の職能なら、自分が伝えたい気持ちを、過不足も誤解もなく完全な状態で他人に伝える事が出来る。だから、彼女が今のこの状況を歌にして、その歌を『亜世界』中に響かせることが出来れば、みんなに今の危機的状況がちゃんと伝わる。みんなが私の作戦に、協力してくれると思ったんだ。
さっきでみ子ちゃんと私が話していたのが正にそれで、実は彼女と宇宙飛行士ちゃんは、地震で壊れてしまった大地を直すときに、私の世界の携帯電話と同じような要領で、電波を飛ばすマイクや、それを中継する基地局なんかを作ってくれていたんだ。だから、今アキちゃんが歌っている歌は、この『亜世界』中にリアルタイムに同時配信されていているんだ。
そして、私たちの期待通り……、
「おおー。集まってきたようじゃぞー」
アキちゃんの歌に呼応するように、東西南北あらゆる方向から、私たちに向かって赤い光が集まってきていた。それら1つ1つが全て、この『亜世界』の誰かの『承認』……私たちの作戦に乗ってくれたという証だ。
それはまるで、テーマパークのイルミネーションの中心にいるみたいで、ちょっときれいだった。
「『アーティスト』には便宜上、『姉様に承認を集めろ』というメッセージを歌わせています。ですから、やがて姉様にこの『亜世界』の全ての魔力が集まることになるでしょう」
でみ子ちゃんにそう言われてよく見てみると、確かに集まって来ている赤い光は全て、エア様に向かって収束しているようだった。ということは、あの隕石を破壊する役目も、順当にいけばエア様がやることになるのだろう。まあ、この場合、それは誰でも構わないんだ。大事なのは、この『亜世界』のみんなの力が総結集されているってことなんだから。
……とはいえ、ただでさえ美しすぎて輝いて見えるエア様が赤い光に包まれている今の光景って、もはや神々しいと言っても言い過ぎじゃないくらいなんだけど……。
それから、しばらくして。
「そろそろ、よいのではないかー?」
「ええ、そうですね……」
アシュタリアの言う通り、そろそろ頃合いだろう。もう充分に赤い光が集りきっているってのもあるし、何よりタイミング的にも、そろそろ仕掛けないと本当に隕石が激突してしまう。
うなづいて、エア様が上空に向かって両手を構えた。
「では……いきますよ……」
するとエア様の両手に、ぐるぐると竜巻のような風が巻き起こる。それは、赤い光を巻き込んで、赤く輝く渦巻きとなる。
きっと、風の精霊を使った攻撃魔法のようなものだろう。私はエア様が誰かを攻撃しようとしたところを見たことはなかったけど、彼女もやろうと思えば、こういうことも出来るってことなんだ。それは、どんどんどんどん大きくなっていって、立っていられないほどのすさまじいエネルギーになっていた。
「くっ……」
エア様自身ですら、そのエネルギーをギリギリで制御しているような状態らしい。綺麗な顔を歪めて、ロングの金髪をバサバサと波打たせている。
「おお! おお! すごいのじゃー! こんな力、見たことないのじゃー!」
「ね、姉様……。出来るだけ、引き付けて下さい……。チャンスは、1度きり……やり直しは不可能です……。この1撃は、絶対に外す訳には……」
「わ、分かっていますよ……でも、でも……こ、これが……限界です…………もう、これ以上は、わたくしの方がもたなくて……」
そして、全ての準備が整ったらしく、エア様はついに、そのエネルギーを隕石に向けて放とうとした。
「……い、行きますっ!」
……はずだったんだけど。
「あー……ちょっとそれ、待ってもらっていいかな?」
突然、そんな気の抜けた横やりが入ってきた。
こんなときにそんなことを言ったのは、マイペースで空気の読めないティオ……じゃなくて。悪巧みばっかしてるバカ王子……でもなくて。
「はは……。どうやら僕は、みんなに悪いニュースを伝えなくちゃいけないみたいなんだよ……」
エア様の妹の、アナだ。
「ど、どうしたっていうの、アナ!?」
こんな時に悪いニュースなんて、ジョークだとしたら相当に笑えない。でも、アナはそんなことをする娘じゃないから、これって……。
周囲のみんなも、何が起こっているのか分からなくて、アナに注目する。エア様も、自分の両手に集めていた竜巻を解除していた。
そして彼女は、その「悪いニュース」を説明してくれた。
「実はさ……僕がさっきまで、自分の『分析家』の職能で、この『亜世界』の人たちのことを調べてたのは知ってるよね? この『亜世界』のどこに怪我人がいるかとかを調べるために、僕は風の精霊で『亜世界』中をスキャンしていた。……それ自体は、計画通り上手くいったんだよ」
そう。それは、私たちがこの『亜世界』に来る前にたてていた計画だったはずだ。
「でね。その仕事が終わって少し時間が出来たから、僕はそのあとに、あの隕石についてもスキャンしてみたのさ。
そうしたら、少し残念な事が分かってね……」
え……?
「この『亜世界』全体の生物の総数……つまり魔力の総量と、あの隕石が持っているエネルギー量を比べてみると……どうやら、『少し』足りないみたいなんだよ」
え、え、え……?
「えっと、つまりね……あの隕石の方が、僕ら全員の魔力を合わせたのよりも、エネルギーが『少し』大きいってことになるんだよね」
「そ、その『少し』って、どれくらい……?」
「ざっと……僕らの魔力総量の、2倍くらいかな」
「は、はぁー!? そ、それって全然『少し』じゃないから! めちゃくちゃ足りてないじゃん!
じゃ、じゃあ……さっきのエア様がそのまま攻撃してても、隕石は……」
「ほとんど、ダメージなかっただろうね」
「そ、そんなあ……」
「あはは、どうしようね……」
相変わらずクールに、乾いた笑いをこぼすアナ。でも、この状況って全然笑えないんだけど……。それこそ、「やっぱりジョークでした」なんて言ってくれないかと期待したけど……。
もちろんそんなわけはなかった。




