10
場所は変わって、『人間女の亜世界』。
空には、今も刻々と近づいてきている巨大隕石が見える。この『亜世界』では、まだアリサたちが追放されてからそれほど時間はたってないらしい。
それが、異なる『亜世界』では時間の流れ方が異なるからなのか。それとも、人が死の間際に見るパノラマ視現象のように、この『亜世界』自体が自らの滅亡を理解し、時をゆるやかにしているせいなのか。それは定かではない。
三ノ輪アカネは、『管理者』の屋敷の屋上に立ち尽くしていた。
彼女から少し離れた位置には、ビビ、コルナ、アウーシャの3幹部もいる。本当ならば彼女たちは、こんな危険な場所から連れ出すために、アカネに駆け寄りたいはずだ。だが、アカネの発する負の雰囲気に圧倒されてしまい、3人ともそれが出来ずにいたのだった。
ごめん、なさい……。
アカネは心の中でつぶやく。
それは、自分のせいでこの『亜世界』が滅びてしまうことへの偽りのない気持ちであり、それによって命を落としてしまうであろう、この『亜世界』の全ての人々への心からの謝罪だ。
全てが自分の罪であることを認め、その罰として、この『亜世界』とともに自分が消滅することを受け入れる。そんな、少女1人で抱えるにはあまりにも大きすぎる罪悪感を胸に抱きながら、アカネは立ち尽くしていたのだ。
無言のアカネと、そんな彼女を前にして何も出来ない3幹部。4人がいる屋敷の屋上は、今は完全に静止しきっている。
刻一刻と迫る滅亡の時を前にして、彼女たちだけが既に終わりを迎えてしまったようだった。
……ゅぅううぅ…………。
その時。
「……え」
止まった時間が、突然動き始めた。
「うそ……そんな……」
「それ」を目にしたアカネは、何度も首を振る。
目の前の事態が、信じられなかったから。
そのとき起きたことを、理性で認めることが出来なかったから。
あるいは、「それ」を目にした自分の胸が熱くなっていることを、認めたくなかったから……。
「ど、どうして……?」
ヒュウウウゥゥゥゥー……。
金髪のエルフたち……青い肌の悪魔……猫の毛皮をかぶった少女たち……それに、他にもたくさんのモンスターや人間。アカネの見上げた空には、数えきれないほどの無数の人影が落下してきていた。
そして、そんな大量の人影の先陣を切って、真っすぐにアカネに向かっていたのが…………、
「アーーーーカーーーネーーーっ!」
この『亜世界』を追放されたはずの、七嶋アリサだった。
「な、ナナちゃ……!?」
「会いたかったよ、アカネーーーっ!」
アリサは体当たりするかのように、空中から直接アカネに抱きつく。
「もう、離さないっ! 絶対に! 私、アカネを離さないからっ!」
「ど、どうして!? ナナちゃんが……どうして、ここにいるのっ!?」
「アカネっ! アカネっ! アカネっ!」
自分の体にしがみつくアリサに、アカネは戸惑いを隠せない。
だ、だって、こんなのおかしいよ……。
私は、ナナちゃんを……拒絶したはずで……。
「もう、アカネを1人になんてさせないからっ! ずっとずっと、そばにいるからっ! だって私は、私は……私は貴女のことを……!」
「おーおー。早速見せつけてくれるのー?」
「あ、あの……アリサ様……? そういったことは、できれば……全てが終わってから……」
「……あー……」
※
アカネと再会出来たことが嬉しすぎて、ついつい人目を忘れて彼女に抱きついてしまった私。アシュタリアとエア様に声をかけられて、ようやく我に返ることが出来た。
そ、そうだよね……。今は、そういう場合じゃないもんね? う、うん、アカネとの話は全部が終わってからにしよ……。
「てっめえ、アリサっ! ど、どうしてまだ、ここに居やがるんだゼっ!?」
「ナナシマ……アリサ……だと? まさか、『管理者』の『亜世界定義』を覆して、戻ってきたというのか……? それに、この者たちは……?」
「はぅぅぅ……そ、空から美少女がこんなにたくさんんん……よ、よりどりみどりですぅぅぅ」
幹部のみんなが、私とアカネのところに駆け寄ってくる。どうやら、私がこの『亜世界』を追放されたことは、彼女たちにも伝わっているらしい。
「な、ナナちゃんが……な、なんで……ここに……? だ、だって、ナナちゃんは……私が……」
でも、そのあとの事情は当然知らない訳だから、アカネたちはワケわからなくて混乱しているようだ。
もう2度と、この亜世界は他の世界と繋がらない。
もう2度と、この亜世界に別の世界の住人が訪れることはできない。
ちょっと前に、アカネにそういう『亜世界定義』をされてしまった以上、私たちはこの『人間女の亜世界』に来ることなんて出来ない。私がここにこれるはずがない。アカネたちはきっと、そう思っているんだろう。でも……。
でもね。それって結局、アカネの『世界』の話でしょ? 今の私の『世界』だと、そうとも限らないんだよね。
だって私、もう、みんなと繋がっちゃってるんだもん。凝り固まった昔の自分の『世界』にこだわるのをやめて、みんなの『世界』と繋がって、みんなと一緒にアカネを助ける方法を、見つけちゃったんだもん。
だから、今の私のものさしは、アカネの『世界』のものさしとは違うんだ! アカネの『世界』では出来ないことだって、私なら……っていうか私たちなら、出来ちゃうんだからっ!
「というわけで、そんなアカネちゃんに紹介したい人がいまーす!」
さっき一緒に空から落ちてきた人たちのうち、私が名前を知ってる主要な人たちは、私と同じように『管理者』のお屋敷の屋上に着地したみたいだ。私はそんな中から、特定の「ある人物」をアカネに指し示した。
「私が今、どうしてこの『亜世界』にいられるのか? どうやって、追放されたはずのこの『亜世界』に戻ってこれたのか? それは……何を隠そう『彼』のお陰なのでしたー!」
無駄にテンションが高い私に反比例するように、「彼」はめんどくさそうに金髪の頭を振る。
「やれやれ……」
……っんだよ、ノリわりーな。もっと愛想よくしろよな。せっかく私が盛り上げてんだからよー。だからあんたは、いつまでたっても「バカ王子」なんだよ。
「な、ナナちゃん……この人は……?」
態度の悪い「彼」につられて、私のテンションもダダ下がる。キョトンとしているアカネに、適当な感じで「彼」を紹介した。
「あ、こいつ? こいつはね、『人間男の亜世界』の『管理者』。アカネにとっては、会うの初めてだよね? つまり、そもそも私が『亜世界』を渡り歩く羽目になった、全ての諸悪の元凶の、ムカつく男だよ。名前は……あれ、なんだっけ? いつもバカ王子バカ王子呼んでるから、本当の名前忘れちった。確か……バカシニア王子だっけ? まあ、どっちにしろバカ王子って呼べばいいよ、こんなやつ」
「貴女は、つくづく無礼な人ですね……」
辟易した様子の王子。
「え……?」
アカネの方では、相変わらず頭の疑問符が消えてないみたいだ。私は説明を続ける。
「えっと、つまりね? 私は今まで、このバカ王子に利用されて、『モンスター女』とか『妖精女』の『亜世界』に行かされて、『その亜世界を人間男の亜世界』に結合させられてたんだけどさ。今回は、私の方がこいつを利用してやったってわけ。つまり、『今までやってたのとは逆』のことをやって、この『人間女の亜世界』に戻ってこれたんだよ!」
「逆……って、結合の逆?」
「いやいや、違う違う。そうじゃなくって、『亜世界』同士の結合は結合に違いないんだけどさ、その『主語』が逆なんだよ。
……つまり、『人間男の亜世界』が他の『亜世界』を結合するんじゃなくって。この『人間女の亜世界』が、『人間男の亜世界』を結合するようにしたんだよ!」
これが、私がさっき思い付いたこと。アカネを助けるための、私が出来る、たったひとつの考えだ。
もう2度と、この亜世界に別の世界の住人が訪れることはできない。
それは、アカネが定義した、私たちを拒絶するためのこの『亜世界』に張られた壁だ。そして『人間女の亜世界』とは別の世界の住人である私たちは、その壁に阻まれて、アカネを助けに来ることが出来なくなってしまった…………でも。
だったらそれって、『人間女の亜世界の住人』なら、行き来は自由ってことじゃないの?
アカネの『亜世界定義』は、確かに、『別の世界の住人』が『人間女の亜世界』を行き来することを禁止した。けど、『人間女の亜世界の住人が、人間女の亜世界に行くこと』については、何も触れてないじゃん。だからそれってつまり、『私たちが人間女の亜世界の住人になる』ことが出来れば、アカネのもとに行くことは可能ってことなんだ。
バカ王子の策略で、ここを除いた他の4つの『亜世界』は、既に『人間男の亜世界』に吸収されてしまっている。当然、そこに暮らしていた人たちも、故郷の『亜世界』がなくなって、強制的に『人間男の亜世界の住人』になってしまっている。
ってことは、それとおんなじように、今『人間男の亜世界』が『人間女の亜世界』に吸収されると、その瞬間に全ての生物は『人間女の亜世界』の住人になれるってことだよね? そして、アシュタリアやエア様たちがバカ王子の城に連れてこられたみたいに、生き物は自動的に『吸収した側の亜世界』に送られる……。
私たちは壁なんか関係なく、アカネのもとに行くことが出来るってことなんだ。
「はっ……」
バカ王子が呆れた感じで鼻を鳴らす。
「全く、貴女はどうかしてますよ。まさか、自分の友達1人を助けるためだけに、『人間男の亜世界を放棄して、人間女の亜世界に吸収されろ』だなんて……。そんなこと、この僕に向かってよくも言えましたね? そんな愚かなアイデア、たとえ考えついたとしても実現しようなんて思いませんよ! 普通じゃないですよ! 本当に、馬鹿げてる!」
「へへへー。あんたに言われると、誉め言葉に聞こえちゃうー」
「……全く!」
……まあ、そのためにはどうしても、『人間男の亜世界』の『管理者』のバカ王子の協力が、必要不可欠だった訳で。当然、ずる賢くて悪巧みしかしないようなこいつが、そう簡単に協力してくれるはずはないから、そこは少し心配だったんだけど……。実際、最初に私がお願いしたときはこいつ、全然聞く耳持ってくれなかったんだけど……。
何故かその後で、アシュタリアがこいつと2人きりで話したら、突然手の平返したように協力してくれるって言いやがったんだ。(え、もしかしてこいつ、ロリコン?)
……ま、まあ、それはともかく。
そんなこんなで、晴れて私たちは今、この『人間女の亜世界』に来ることが出来たわけで……。
「そ、そんなの……ダメだよっ!」
やっとこの状況を理解してくれたらしいアカネが、悲鳴をあげるように言う。
「だ、だってこの『亜世界』は……もうすぐ終わっちゃうんだよっ!? 私のせいで、この『亜世界』は完全に破壊されて……無くなっちゃって……。今ここにいるみんなも、すぐに……」
「アカネ」
これからこの『亜世界』で起きることが悲劇だと、アカネは確信しているらしい。そんな彼女の言葉を、私は静かに遮った。
「そんなことが、本当に起こると思う?」
「……え」
「だって、見てよ」
そう言って、私が指し示した先には……、
「それでは始めましょうか。私たちにはあまり時間が残されていません。当初の手筈通り、効率よくやっていきましょう。
まず、『アナリスト』は風の精霊を飛ばして、この『亜世界』全体をスキャンして下さい。被害を最小限に抑えるには、この『亜世界』中のどこに負傷者がいるのか、どこで大きな混乱が起きているのかを、一刻も早く知る必要があります」
「うん、了解。というか、実はもうとっくにやってるけどね」
「場所が分かったなら、とっとと私らモンスターに教えるのじゃー! ドラゴンやらゴーストやらの機動力でもって、どんな場所でも瞬く間に救援にいってやるぞよー」
「はい、お願いします。
では次に、『アーキテクト』。貴女は、この近くにある出来るだけ大きな木を探して、それを拡声器として『建築』して下さい。そして、なるべく広範囲にいる者たちに届くように『アーティスト』の歌を歌ってあげて、彼女らが今感じているであろう不安や恐怖を取り去って……」
「みんなー、おっ待たせーっ! 寂しい思いさせて、ごめんねぇー! でもでも、これからあたしが、とびっきりらぶりぃ☆でキュンキュン♥️な新曲、聞かせてあげちゃうからねーっ!? いっくよーっ!」
「……ふむ。こちらも、既に行動は開始しているようですね。よろしい。それでは……」
「あははー。なんだかすごいね、貴女たちー? なんか手伝える事が有ったら言ってねー? こんな緊急事態だし、各地に散らばってるうちの『風の民』のみんなも、声かければ協力すると思うよー?」
「状況が……黒熱してきたな……。ワシら黒狼たちも、貴様らに加勢しよう……」
「はい、ありがとうございます。それでは、今から私と『アストロノート』が、地震によって崩壊した大地を『錬金術』で直して回りますので、貴女たちは動ける者たちの避難と、負傷者の手当てをお願いします。
ある程度救助活動が軌道にのって来たら、モンスターたちの手を借りて随時救助区域を拡大していきます」
「なのー!」「了解した……」「はいよーん」
「こ、これって……」
私の示す先にいたのは、エルフとモンスター、それに人間たちが、お互いに協力しあっている姿だった。
頭のいいでみ子ちゃんが指示役になって、それぞれの長所を活かした適材適所で、この『亜世界』を守るためにみんなが1つになっていたんだ。
「こ、こんなにたくさんの人が……」
「驚いた? でもね、アカネ。まだまだこれだけじゃないよ。ほら、あっちだって……」
そう言って、私は今度は別の方を指差す。すると、その先にも……、
「にゃにゃにゃにゃ!? にゃんだか、すっごく美味しそうなヤツがいるにゃん! ティオ、掴まえてオヤツにしちゃうにゃん!」
「待って姉さん……挟み撃ちにしましょう……。私が前から行って引き付けるから……姉さんは、その隙に後ろからそいつを仕留めて……ニャ」
「おいおいおい! なんだなんだ、この野蛮なニャンコどもわっ!? いきなり空から降ってきたと思ったら、アル君を食おーとしてんじゃねーゼッ!」
……?
あ、あれ? ちょっと、間違えたかな?
気を取り直して、私はまた別の方向を指差す。すると、そちらではちゃんと…………、
「はぁはぁはぁ……え、エルフのみなさんは、ど、ど、ど、どういう関係なんですかぁぁ……? 『お姉ちゃん』とか呼ばせるなんて、な、なかなか……高度なプレイをされてるんですねぇぇ……はぁはぁ」
「プレイ? それは、一体どういう意味でしょうか? わたくしと妹たちの関係は、ただの姉妹ですよ? 姉妹なのですから、妹たちがわたくしの事を姉と呼ぶのは当然で……」
「げびゅうぅぅぅ!? つ、つ、つ、つまりそれって、『お姉さまと妹』ってことですかぁぁぁぁ!? 清く正しい乙女の花園に咲く、禁断の蕾プレイですかぁぁ!? 背徳的で、退廃的で、あ、あ、あ、憧れますぅぅ……」
「まあ……? つまり貴女は一人っ子で、姉妹の関係に憧れがあるのですね? でしたら、わたくしの事を本当の姉だと思って下さっても結構ですよ」
「ぎゃひぃぃぃー! わ、私みたいなゴミムシが、あ、あ、あ、貴女のような女神を、お姉さま呼ばわりなんてぇぇ……お、お、恐れ多いですぅぅぅー! バチが当たりまするですぅぅぅぅー! …………で、でも、折角だから……1度だけ……」
「ええ、どうぞ」
「…………お、おね、おね……お、お姉さま……?」
「はい?」
「お、お姉さま……あの、私……」
「どうしたの、アウーシャちゃん?」
「お、お、お姉さまぁぁ……私もう、我慢出来ないですぅぅぅー!」
「……もう、仕方ないわね。こっちにいらっしゃい?」
「はうぅぅ……はうぅぅぅぅ……だ、ダメですぅ、そ、そんなに優しくされたら、私……私……興奮して、は、鼻血が……鼻血が…………どびゅうぅぅぅぅ!」
「ま、まあ!? 突然、こんなに血だらけになって、ど、どうされたのですか!? 大丈夫ですか!?」
「えへ、えへ……えへへへぇ……」
……。
何してんだ、こいつら……。
結局、最初のでみ子ちゃんたち以外は見なかったことにして、私はアカネとの話に戻った。
「え、えと……つまりね? みんな、アカネの事を助けるために、一生懸命頑張ってくれてるんだよ。だから、この『亜世界』は……アカネの『世界』は、絶対に壊れないよ」
「で、でも、でも……」
「まだ信じられない? もう、アカネは疑り深いなあー。
でもね、これはもう、決まりきってるんだよ。今の状況がどれだけすごいピンチで、『世界破壊魔法』がどれだけ強力でも。絶対に、この『世界』は壊れない、壊させない。
だって、だって……それぞれすごい個性的で、すごい能力を持っていて……とにかく全部がすごいみんなが、命をかけて頑張ってるんだよ? そんなことになるはずがないじゃん! みんなの力を合わせてるんだから、『世界の破壊』くらい、防げなきゃウソだよ!」
「……!」
それは、私の心の底から出た正真正銘真実の言葉だった。
それがアカネにも伝わったのか、彼女はそこで、大きく目を見開いて私を見た。
「アカネ……」
「ど、どうして……? どうしてみんな……私なんかの、ために……。私なんかの、『亜世界』の、ために……そこまでして……」
それでも、アカネの猜疑心を完全に取り払うことは出来なかったらしい。きっと、私がこれまで彼女にしてきたことが、彼女をそれだけ疑り深く、臆病にさせてしまったんだ。私は少しだけ、そんな自分の罪に心が傷んだ。
……でも。
「それはね……」
でもだからこそ、私は彼女に言わなければならない。
今の私は、そのためにここにいるんだから。
「みんながこの『アカネの世界』を守ろうとしているのは……」
自分のせいで落ち込んでしまっているアカネを笑顔にするために、私はここに戻って来たんだから。
「それは……ここが、みんなの『世界』だからだよ」
「え……?」
「確かにアカネは、この『人間女の亜世界』の『管理者』で、この『亜世界』のルールを決める力を持っている。だから、ある意味じゃあ、この『亜世界』で1番偉いのは、アカネなのかもしれないよ?
……でも、ここはアカネだけの『世界』じゃあないでしょ?」
私は、周囲のみんなをぐるっと見渡す。
「ここには、ビビちゃんもコルナちゃんも、アウーシャちゃんもいる。メルキアさんも『風の民』の人たちもいるし……。
それに、今ではアシュタリアたちモンスターも、エア様たちエルフも、バカ王子みたいな男の人だっているんだよ?
たくさんの人がいれば、それだけ『世界』に新しいルールが生まれるし、複雑になる。だから、もう既に、アカネの『世界』はアカネだけのものじゃないんだよ」
ちょっと恥ずかしくなって、目を反らしながら続ける。
「……もちろん、ここには私だっているよ? だから、アカネの『世界』に私の居場所だって、あると思ってる……」
「な、ナナちゃん……」
「わ、私たちは、いろんなところが違うよね? けど……でも、だからこそ繋がれる。違うからこそ、他人の『世界』に自分と同じところを見つけたり、自分の『世界』に他人の場所が出来たりするのが、楽しいんじゃない?
だからみんなも、アカネの『世界』を他人事だなんて思えないんだよ。アカネの『世界』のいいところをもっともっといっぱい知りたいから……アカネの『世界』と繋がりたいから……。
だから、自分の『世界』と同じくらいに、アカネの『世界』を守りたいんだよ!」
「そ、そんな……そんなの……!」
アカネの手が、力なく私を突き放す。
それはもはや、私というより自分自身を突き放しているようにも見えた。
「う、嘘だよっ! 私なんか……私の『世界』なんか、無くなった方が良いに決まってるよ! だって、だって……!」
ふわっ……。
あくまで自暴自棄を貫こうとしたアカネを、優しく金色の髪が包み込んだ。
「え……」
その温もりを何度も味わっている私でさえ、いまだに心を鷲掴みにされちゃうんだ。「彼女」に抱き締められるのが初めてのアカネには、きっとそうとうの衝撃だったろう。
「そんなに……ご自分を卑下されないでください……。貴女は、ご自分が考えているよりもずっと、素晴らしい方なのですから……」
「……!?」
エア様に背中から抱き締められたアカネは、絶句している。
「アリサ様から聞きました……。
貴女は、この『亜世界』の『管理者』として、ここに住む人々のことを誰よりも考えて下さっていたということを……」
優しくて、温かいエア様の言葉。それはまるでピンク色のオーラを帯びているかのように、アカネを包み込んでいった。
「もしも、『管理者』として『亜世界』のルールを自由に決めることが出来るようになったならば……普通は誰でも、『自分好みの世界』を造ることを考えます。自分にとって居心地がよく、自分にとって正しい『世界』を造ろうとします。妹たちの気持ちを無視して、自分のことだけを考えた『世界』を造った、かつての私のように……。
しかし貴女は、そうではなかった。
貴女が作ったルールは、貴女の『世界』に住む他人のことを第一に考えたものでしたね? つまり貴女は、自分の喜びや安心よりも、自分以外の人間のことを考えて下さっていたのです。
それは、誰にでも出来るものではありませんよ……」
「そ、そんな……私は、そんなこと……」
謙遜しようとするけれど、それは紛れもない事実だ。
だってエア様が今言ったことは、私がこのアカネの『亜世界』に来て思ったことと、全く同じだから。
「確かにこの『亜世界』は、なかなか面白いぞよー?」
いつのまにか近くに来ていたアシュタリアも、話に入ってくる。
「かつての私の『亜世界』に似てるような気もするが、それよりも、ずっとルールが緩いのじゃ。
緩いからこそ、『モンスター女の亜世界』にあったような残酷なまでの厳しさがないし、『強さ』の概念も多元的かつ流動的となり、勝者と敗者のように単純に他人を切り捨てなくてよくなる。つまり、他人を殺さずともよくなるのじゃ。
その仕組みは、私が見てもなかなか良くできておると思うぞよー!」
「……う、うう……」
いや、お前は何様だよ……って感じだけど。
でも、初対面のアシュタリアのそんな言葉でさえも、アカネにとっては力になっているのかもしれない。
生気を失っていた彼女の表情が、次第に元気になっているように見えた。
周囲を見渡せば。
アキちゃんの歌をBGMに、いろんな姿かたちのモンスターたちが、壊れた瓦礫を片付けたり、崩れそうな建物を支えたりしている。かと思えば、コルナちゃんの仲間もアウーシャちゃんの仲間もメルキアさんの仲間も、一緒になってみんなで協力して、負傷した人を治療していたりもしている。みんなの力で、アカネの『世界』が少しずつだけど……でも確かに救われていたんだ。




