05
「ナナ……ちゃん……」
私が話しかけた瞬間に、アカネは顔をくしゃくしゃにして泣きだしてしまった。今はとても、まともに話なんて出来そうもない。
でも、どのみち今はもう、何かを話す必要なんてないだろう。さっきまでここでどんなことが起きていたのか、とか。彼女がなんでナイフを持っていたのか、とか。そんな事は、今更聞かなくてもいい。
とにかく今は、不安そうな顔で涙を流している私の友だちに、私が出来ることをするだけだ。
「ぴ、ピナちゃんが……。でも、それは……私のせいで……。全部……全部私が……。いつも……」
「アカネ」
彼女の体を、きつく抱き締める。
「もう、全部大丈夫だから。アカネは、何も心配しなくていいから」
そして、震えている彼女にそんな言葉をかけた。
すると冷凍庫から出したばかりの氷のような、ヒリヒリとして痛々しい彼女の不安な気持ちが、少しずつ溶けていくのが分かった。
「私が、ついてるから……」
そんなありきたりで深い意味のない言葉を、私はとにかく繰り返す。それは、今の私がアカネに出来る唯一のことだ。今の私には、それくらいしかしてあげられないんだから……。
それからしばらくすると、ようやく彼女も、少しは元気を取り戻してくれたようだ。
「ナナ、ちゃん……」
私に向けられた頬は紅潮して、目も少し赤くて、まだちょっと潤んでいる。
「ナナちゃん、私……」
「アカネ……」
私たちは見つめあう。
体を抱き締めているから、距離はすごく近い。お互いの鼓動を感じるくらいに。お互いの息がかかるくらいに。お互いの唇が、くっつきそうなくらいに……。
こんなときでも私が思ってしまうのは、彼女はすごくかわいらしいってことだ。いかにも女の子らしくって、ふわふわとして甘ったるい砂糖菓子みたい。見つめるだけで、胸がドキドキしてくる。
本当に、本当に、かわいらしい……。私なんかには、もったいないくらいに……。
「ねえ、アカネ……。私ね……」
気が付けば私は、彼女に自分の気持ちを伝えようとしていた。
あの日、アカネを傷つけてしまった私が、それを取り返すための言葉を……。
「本当は、あなたのこと……」
って、ときに……。
「へー、ここがミスコンの会場? 想像してたよりも、だいぶアヴァンギャルドな感じなんだねー?」
そんなのんきな言葉が、私たちの雰囲気を完璧にぶち壊してしまった。
「ステージを取り囲んでるこの火の海は、『文明の衰退』とか、『世界の終末』とかをイメージした舞台装置かな? うんうん、なかなか風刺が聞いてて、嫌いじゃない感じだよー」
「いやいやいや、何言ってるんすか……」
私はもう、とてもさっきの続きをする気にはなれない。アカネから体を離して、そんな空気を読まない言葉の主である、メルキアさんに言った。
「ピナちゃんが『世界破壊魔法』を使う事を、お得意の占いで予言してくれたのは、メルキアさんじゃないっすか……。今のこの惨状って、どう考えてもそれのせいっすよね……?」
「あー、そうなの? これって、『魔法』の効果? じゃあ今まさに、この『亜世界』が壊れてるってことなんだ? うわー、そりゃ大変だー」
「全然、大変そうじゃないし……」
にやにやと笑みを浮かべているメルキアさんに、完全に呆れきってしまう。この人、もはや自由人を通り越して、不思議ちゃんの域に到達してるよ。緊張感がなさすぎて、調子狂うっていうか……。
でもまあ、お陰で少しだけ気分が楽になった気がするから、そういう意味では良かったのかも。「私がするべきこと」も、少しだけ先伸ばし出来たし……。
気を取り直した私は、とりあえず、突然私が現れて唖然としていた幹部のみんなに、これまでの一部始終を軽く説明した。
幹部のみんなとしては、今、この『亜世界』がとんでもないことになっているのに、私がそれほど驚いていないことが、不思議みたいだった。でもそれは、さっき本人にも言った通り、メルキアさんの占いのおかげだったんだ。
詳しい説明は省くけど。私が日本語で書かれた契約書を見つけてピナちゃんの正体が判明したあと。メルキアさんはこれからこの『亜世界』でどんなことが起きるかを、占ってくれた。そのお陰で、ピナちゃんが『世界破壊魔法』を使ってしまうことや、アカネが傷付いてしまうことを知ることが出来て、私たちは『風の民』から借りた馬に乗って急いでここまでやって来た、というわけだ。
「メルキア、か……。相変わらずの、奔放ぶりだな……」
「く、くそっ、こいつ……。アリサに負けねえくらいの、エロい恰好してやがって……」
「そ、そ、そ、それって、下着ですかぁぁ? そ、それとも、下着みたいな外着ですかぁぁぁ? え、えへ……えへへ……。どっちにしても、す、す、す、すごく……恥ずかしそうな服装ですねぇぇぇ……いいなぁ」
2日ぶりに会った幹部のみんなは、こんな状況でも相変わらずみたいだ。私は少し安心した。だって、ここでもしもみんなまで落ち込んでしまっていたら、『管理者』のアカネはもっと責任を感じてしまって、大きなショックをうけていたと思うから。だから、どんなに緊急事態でもみんなにはいつも通りに明るくしていてほしかったんだ。(……ただ、踊り子の腰布みたいなメルキアさんのスカートに、よだれを垂らしながら手をかけているアウーシャちゃんだけは、もうちょっと自重してね?)
「わー、そんなに褒められたら照れちゃうなー。そう言うあなたたちだって、中々見た目とキャラが個性的で、おもしろいよー?」
と思ったらメルキアさんの方も、相変わらずっぷりでは負けてない。何故かスク水みたいな恰好をしているアウーシャちゃんのことをツンツン指で突っついたりして、余裕な感じでふざけている。さすが、自由人の集まりである『風の民』の代表者だけはあるよ。……っていうか、今の会話って褒め言葉だったの? ま、まあいいや。
とにかく今は、みんなが持ちこたえてくれているうちに、この『亜世界』がおかれている状況をなんとかすることだ。
だって、私は……。いや、私とアカネは、今この『亜世界』がおかれている危機を、救うことが出来るんだから。私はここに、その『能力』を使うためにやって来たんだから。
そのためには、私はアカネと……。
「なっ!? なんだありゃ!?」
そのとき、突然ビビちゃんが、上空を指差して叫んだ。他の娘たちも空を見上げて、次々に声をあげる。
「あわわわあぁぁぁ……」
「くっ……。なんということだ……。これが……あの『魔法』の、仕上げか……」
「え……?」
私も空に目を向けて、彼女たちと同じ物を見る。そして、この『亜世界』が置かれている危機的状況が、更に一層悪くなってしまったことを理解して、軽く絶望しそうになった。
「そ、そんなことって……」
私たちが見上げた先にあったのは、満天の星空……ではなく、空を覆いつくすほどの巨大な黒い塊だ。まるで壁かと錯覚するくらいのとてつもなく大きな岩が、炎に包まれながらこっちに向かってきていたんだ。
「ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁぁぁーっ! で、で、でっかいですぅぅぅぅぅ! でっか過ぎますぅぅぅぅ!」
「さっきまでの地響きは……あくまでも前座……。ヒビが入って脆くなったところに、トドメをさすのが……真の『世界破壊魔法』ということか……」
「こ、これって隕石……だよね?」
つまり、これがピナちゃんの唱えた『世界破壊魔法』の本当の力だったんだ。『世界破壊魔法』は、巨大な隕石を降らせて、地上の全てを破壊する魔法だったんだ。
「あちゃー。これはちょっと、笑えないかもねー……あははー」
さすがのメルキアさんも、ここまでは予想できていなかったらしく、これまでいつも飄々としていた彼女の表情に、そこで初めて少し陰りが見えた。(それでもまだ作り笑顔でも浮かべていられる辺りは、やっぱりさすが、としか言いようがないけど)
「あわわわぁぁぁ……大きくて、固くて、黒くて……あ、あ、あんなの、絶対死んじゃいますぅぅぅぅ……」
「これは、いよいよ……覚悟した方がよいのかもしれないな……」
「お、おめえら、何言ってんだゼ!? まだだゼ! まだ、ぜってぇ、何とかなる。何とかしてやる! アカネも、この国のヤツも、俺の国のヤツラも……誰も、死なせたりしねぇゼ!」
「な、ナナちゃん……」
私を見つめるアカネの顔。
「ど、どうしよう? このままじゃ、この世界の……みんなが……」
やっと元気を少し取り戻したはずの彼女が、またショックに打ちひしがれてしまう。壊れていく『亜世界』に引きずられるように、彼女自身までバラバラになってしまいそうなる。
でも、まだ大丈夫だ……。
きっと……。いや……絶対に、大丈夫なんだ。だってまだ、希望は残っているんだから。大地が崩れていても、大きな隕石が落ちてきても……アカネがいれば、この状況はなんとかなる。私たちは、助かるんだ!
「あ、アカネ……ちょっと、来て!」
「それ」をするために適切な場所に移動するために、私はアカネの手を引いて、ステージを出て行くことにした。
「お、おいっ! アリサっ!」
「あ、あ、あのぉぉ……ど、どこへぇぇぇ?」
「む……? 何事、だ……?」
3人の幹部の娘たちが、そんな私を引き留めようする。でも、私たちは止まるわけにはいかない。
今はとにかく時間がないんだ。私がこれから何をしようとしているのかを、彼女たちに納得してもらえるまでちゃんと説明している時間なんて、ない。
「ごめん! 今は説明出来ない! でも絶対に、みんなを助けるからっ! 私に、考えがあるんだっ! だから、」私は、想いを込めて叫んだ。「今は……とにかく私を信じて!」
「……」
3人は、少しだけ沈黙して、お互いに顔を見合わせる。それから……、
「よいだろう……七嶋アリサよ……。お前ならば、きっとこの状況を何とかしてくれる……。そんな気が、する……」
「ふん……ちっとしゃくだけどよ。おめえが『考えがある』っつうなら、悪いようにはなんねーんだろ? だったら、アカネとこの『亜世界』はおめえに任せたゼ、アリサ!」
「……全部が終わったら、ま、また2人で、脚の舐めっこしましょうねぇぇぇ? えへ、えへへ……」
「み、みんな……」
3人ともそんなことを言って、私たちを先に行かせてくれたんだ。(もちろん、アウーシャちゃんの言ってる「舐めっこ」なんて事実は存在しないから、ただの彼女の妄言だけど……)
みんなが私たちのことを信じてくれた。
そんな単純なことが、私にはすごくうれしくて、そのときちょっと目が潤んでしまいそうだった。でも、とにかく今はその厚意を無駄にしないために、一刻も早く先を目指すことにした。
「あ、ありがとう、みんな! 絶対、絶対、大丈夫だからっ! 私たちが、何とかするからっ!」
そして私は、燃え上がるステージをあとにして、『管理者』のお屋敷の中に入った。
初めてやってきた時は、凄く立派で豪華に見えたお屋敷は、最初の地震のせいであらかた崩壊して、見る影もなくなっていた。
高そうな絵画や彫刻もそのほとんどが床に落ちて、バラバラに砕け散っている。柱や床自体にもかなりヒビが入って、足場はグラグラして安定しなくて、まるで、遊園地のアトラクションのようだ。もちろん、だからと言って本当のアトラクションのように、安全性を保障してあったりはしないけど。
そんな、残酷で過酷な道のりを、私はアカネの手を引いて進んでいった。
ピナちゃんが使ってしまった『世界破壊魔法』の威力は、もはや疑いようがない。きっとこの『亜世界』は、あと数十分くらいであの隕石に激突されて、崩壊してしまうだろう。それを防ぐ方法は……多分、ない。
でも、それを防ぐことは出来なくても、この『亜世界』のみんなを助けることなら、まだ出来るんだ。アカネと私が、力を合わせれば。
「な、ナナちゃん……?」
「大丈夫だから。全部、上手くいくから……」
不安そうな声のアカネにも、私の意志は揺るがない。
とにかく私は、お屋敷の上へ上へと目指していた。今の私たちが、この『亜世界』のみんなを救うために。
もっと正確には、『亜世界を救う行為に必要な物』を、手に入れるために。
お屋敷の中の人たちは、もともとほとんどがミスコンのステージにいたお陰で、既に全員避難が終わっていたみたいだ。私たちは、そこに着くまでに誰にも出会うことはなかった。そして私たちはついに目指す場所……つまり、このお屋敷の屋上まで到着した。
屋上では、周囲に遮るものが何もなくなったせいで、さっきよりも空を覆う隕石の姿が良く見える。その大きさは、明らかにさっきよりも大きくなっているようだ。下を覗くと、地上には今もどんどん炎が拡散していて、その中で逃げ遅れた人たちや、そんな人たちを懸命に救助している幹部の娘たちの姿が見える。メルキアさんばりに空気を読まずに言うなら、まさに、世界の終末って感じの光景。もちろん、こんな状況で今にも崩れそうなお屋敷の屋上に、私たち以外の人はいない。
周囲には終末の景色。その中でアカネと私の2人だけが、手を繋いで、お屋敷の屋上に立っている。つまりそこには、『今の私たちに必要な物』が、全部揃っていたんだ。
今の私たちに必要な物……それは、『ムード』だ。
なんて言っちゃうと、私がとうとう頭がおかしくなったのかと思われてしまいそうだけど……。でも、これは本気なんだ。今の私たちに必要なのは唯一つ、『いい感じのムード』だったんだ。
だって、『亜世界結合の契約代行者』である私は、これからこの『亜世界』の『管理者』であるアカネと、『契約』を交わすんだから。
『亜世界の結合』というのは、実際には1つの『亜世界』が『人間男の亜世界』に吸収されるということだってことを、私は知っている。それは、『モンスター女の亜世界』を私の能力で『結合』したとき、あの金髪バカ王子が自慢気に教えてくれたから。
でも、実はその能力はもっと別の言葉で表現することも出来て……実はあれは、「1つの『亜世界』を消滅させて、そこに住んでいた生き物たちを、『人間男の亜世界』に召喚する」、という契約でもあるんだ。
だから、『モンスター女の亜世界』と結合したとき、アシュタリアやモンスターだけが『人間男の亜世界』にやって来て、レベルのルールはなくなっていた。『妖精女の亜世界』と結合したとき、エア様たちだけがやって来て、『亜世界樹』はなかったんだ。
つまり、ここで私が能力を発動して、『人間女の亜世界』が『人間男の亜世界』に吸収されると……『人間女の亜世界』に住んでいる人間だけが『人間男の亜世界』に連れていかれて、それ以外の物をこの『亜世界』に置いていくことが出来る。『世界破壊魔法』の効果だけをこの『亜世界』に残して、ここに住んでいる人たちを、『人間男の亜世界』に退避することが出来るんだ。みんなを、一気に助ける事が出来るんだ。
だから、今の私たちには、ムードが必要だったんだ。他に誰も邪魔が入らない場所で、アカネが私を拒絶しないで、「その気」になってくれる状況が、どうしても必要だったんだ。
だって、だって……。
「キスをすると『亜世界』を結合出来る」っていう私の能力のことは、まだアカネには言ってなかったから……。
「ナナちゃん……? ど、どうしたの……? どうして、こんなところに……」
迫りくる隕石と地上の幹部の娘たちを、心配そうに交互に見ているアカネ。優しくて責任感のある彼女は、困っているみんなを放り出して逃げ出したような今の状況は、我慢ならないだろう。
でも、私はそんな彼女にあえて詳しい説明はせずに、話を進めてしまう。
「どうしてって、それはさ……。私、アカネにちゃんと言っておきたいことがあったからだよ」
「で、でも、今は……そんなことをしている、場合じゃあ……」
「ねえ……アカネ。この『亜世界』に来る前にアカネが私に言ってくれたこと、覚えてる?」
「え……」
「覚えてる……よね。忘れるわけ、ないよね。私があのとき、アカネをすごく傷つけちゃったんだから……」
「ち、違うよっ!」
突然の私の話の展開に心の準備が出来てなかったらしく、アカネは大声をあげてしまう。でもそれから、すぐに気持ちを落ち着かせて補足した。
「……い、言ったでしょ? あれは、ナナちゃんのせいじゃないって。あれは、全部、私が悪かったんだって。ナナちゃんのことを好きになっちゃった私が、全部……。だから、今だって……」
放っておくと、アカネは1人でどんどん落ち込んでいってしまう。私は、そんな彼女を見ているのが耐えられない。
「ううん、悪いのは私だよ。アカネの気持ちを、分かってあげられなかった私。初めて出会ったときからあの日まで、私は、アカネのことをただの友達としてしか見てあげられなかった。でもアカネは、中学生のころからずっと私のことを……」
「……う、うん」
気まずそうに顔を俯かせる。少し、彼女を追い詰めるような言い方になってしまったみたいだ。
……でも、そんな顔でも彼女はやっぱりすごく可愛らしい。私は少し顔を緩ませてしまう。
「ごめんね……」
不思議と、無意識にそんな言葉を呟いてしまってから、話に戻る。
「あのときの私……全然予想もしてなかったら驚いちゃって……。だから、ちゃんとアカネの気持ちに応えることが出来なくて……」
「……」
「本当に……あのときは、驚きの方が大きくってさ……でも、この『亜世界』に来て……いろいろと考える時間が出来て……それで、私、気付いたんだ」
それは、私がずっとアカネに伝えたかった言葉だ。
アカネを傷つけた私が、伝えなければいけなかった言葉……。あのときの私が、アカネに伝えるべきだった言葉……。
「アカネが私のこと、好きって言ってくれて……私、本当は、うれしかったんだよ……。本当に、本当に、すごくうれしくって……」
「ち、違う……」
アカネの瞳から、ぼとぼとと涙が落ちる。
「違う、よぉ……。私は……あのとき『間違った』んだよ……? 『普通』の娘なら、絶対にしないようなことをして、ナナちゃんに嫌な思いをさせて……。だから、ここのみんなも傷つけて……」
「嫌な思いなんて、してないよ」
私は泣いているアカネの頭を、両手で抱きしめる。
「そ、そんなの、嘘だよ……。『間違った』私は……『間違った世界』しかつくれなくて……。だから、この『世界』も、私のせいで……壊れるしかなくて……」
その言葉は、以前私に「『間違った人でも幸せになれる世界』を作りたい」と言っていた、以前のアカネと同一人物とは思えない。私がやってくる前に、ピナちゃんと何かあったのかもしれない。彼女の世界を否定されるような、何かが。
「違うよ」
でも、何があったのだとしても関係ない。
今の私が出来ることは、胸の中で泣いているアカネに、『伝えるべき言葉』を伝えるだけだ。
「アカネの世界は、間違ってなんかいない。この世界は、みんなが幸せになれる、最高の世界でしょ? だからこの世界も、こんなすごい世界を考えたアカネも、間違っているわけがないんだよ」
これは、私の『真実』の想いだ。
これ以上、アカネを傷つけたくないという、私の『真実』の想いなんだ。
「アカネは、すごいよ。こんな世界を作ることが出来て、それで、みんなを幸せにして……。
ううん。それだけじゃない。アカネはこの『亜世界』にくるまえから、ずっとずっと、すごかったんだよ? アカネは知らないかもしれないけど、私、アカネのことをずっと尊敬してたんだよ?」
「そ、そんなの……」
「だからさ……そんなアカネに好きって言ってもらえて、私、本当に、嬉しかったよ。……幸せ、だったよ」
「え……」
目に涙を貯めたまま、アカネは驚いた表情で私を見上げる。
その顔も、やっぱりとても可愛らしい。
そんな可愛らしい娘に好きって言ってもらえた私は、やっぱり、すごく幸せなんだ。そうに、決まってるんだ……。
「アカネ……ごめんね……」
私はまた、そんな不要な言葉を言ってしまう。
「ちゃんと自分の気持ちを伝えられなくて……アカネの気持ちに応えられなくて、ごめんね? アカネに好きって言ってもらえたこと、すごくうれしかったよ……。だから、私も……あなたのことを……」
「な、ナナちゃん……」
アカネのうるんだ瞳が、次第に大きくなっていく。私の次の言葉を、期待している表情になる。
「アカネ……」
私は、自分が抱きしめている可愛らしい女の子の顔を、しっかりと見つめる。
紅潮したきめの細かい頬を、期待を込めて私を見つめているつぶらな瞳を、ぷりぷりとして柔らかそうな唇を、見つめる。
そして、その全てに対して私が言うべき言葉を言った。
「私も……アカネのこと好きだよ……」
そして、自分の唇を彼女の唇に近づけた。
そうだ、これでいい。
これが、今の私がすべきことだ。
これで、私が傷つけたアカネは、救われる。崩壊していくこの『亜世界』の人たちも、救われる。
全てがうまくいく。だから、これでいいんだ。
そして私たちは、キスをした。