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アレが見えるの  作者: 青木誠一
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その二 呪われた教室 1


 教室に入る僕を一目見るなり御影は、いつもの不安そうにこっちをうかがう顔が驚愕の表情に変わり、無駄に身を隠す仕草をみせた。

 いままでと違う。

 いや、これまでも彼女は僕を一瞥するだけで顔を背けたけど。

 今日は、なんだろう。引き方がちょっと違うんだ。昨日の一件があったせいかな。そう納得していつも通り、自分の席に着いた。

 あとで間違った推測だったのがわかる。


 昨日まで御影が僕を避けたのは、幽霊が集団でとり憑いていたから。

 今朝ああいう反応を示したのは、そのとり憑いた群れの中にあるものを認めたからだった。

 いままで見えなかった存在を。


 変な出来事が立て続けに、教室で起こった。

 突風がゴウーッと吹き込み、教卓の花瓶が落ちて割れた。お花の当番で物静かな須田が花瓶の破片を拾おうと窓際にお尻を向ける格好でかがみ込んだとき、突風の第二陣が襲いかかり、スカートが大きくめくれあがって花柄のパンティーが衆目の目にあらわとなった。

 仏頂面の安藤がブッと鼻血を吹いた。

 ちなみに、須田のパンツまる見えと安藤の鼻血に関連性はない。


 そのあとも異常が続いた。

 のろまの山崎が通路で転んだ。のっぽの大和田が出入口に頭をぶつけた。始業ベルで駆け込んできたあわて者の内村が机の角で股間を打った。

(ちなみに内村はここじゃない、隣りのクラスの奴だ。よく教室を間違える)


 やれやれ、朝からドジばかりしやがって。みんな、まだ眠いんだなと思いながら、僕の頭の中は苦手な古典の授業で指名されたらどうするかでいっぱいだった。

 異常事象とは思いもしなかったし、他人の不幸が頻発しようと知ったことか。


 だが災厄が本格的になったのは、授業が始まってからだ。


 一時間目。

 古文の馬場が、例のもったいぶった態度で教壇に上ろうとして足を取られ、ものの見事に転倒する。

 打ち所が悪かったようでしばらく起き上がれずにいたが、やっと立ち直ってか細い声での最初の言葉は、「御免なさい。先生、授業が出来ません」。

 よろよろと出ていくさまが哀れだった。

 自習になった。


 二時間目。

 物理のアボガドロ、いや鹿内があの陰険な顔で、じろーーっとみんなを見渡したあと眼鏡をかけようとして災難に遭った。どういう手元の狂いだろう、眼鏡のテンプルの部分で耳の付け根をゾリッとやってしまったのだ! いつもの仕草なのに。なぜ、今日にかぎって?

 ものすごい血が噴出し、鹿内は顔とシャツを血だらけにして逃げるように教室を出ていった。

 どんなアボガドロの嫌いな者でも同情をさそう場面だった。

 自習になった。


 三時間目。

 今度は何が起こるかと、みんな待ち構えるようになった。

 しかも、あの若い美貌の才媛、町田こまき先生の世界史だ。

 だが。

 来るはずの町田は来なくて、担任の野田が入ってくる。

「えへへへ」

 この先生を語るには三語あれば足りるようだ。

 小柄で小太り、いつもにこやか。


「みなさん。馬場先生と鹿内先生がご不幸に見舞われ、町田先生は職員を代表してお見舞いに行くため授業には出られなくなりました(ほんとうは町田の奴、怖がって来なかったらしい)。どうなるか心配でしょう?」

 ああ、心配だよ。だからさっさと今日の授業は打ち切って帰らせてくれ。みんな、内心ではそう思っていたに違いない。美人の町田の授業が中止ではなんの楽しみもない。

「でも大丈夫。授業はちゃんとやりますからね、えへへへ。代わりにわたしの倫理社会の特別講義となります」


 そのとき、ぜんぜん大丈夫じゃないことが起こった。

 野田の背後の黒板がはずれたのだ。それだけなら不幸ではない。せいぜい取り付け工事の手抜きぶりが責められるだけだ。

 はずれ方に問題があった。黒板は上だけはずれ、下は固定されていたため、お辞儀をする格好で野田の背後から襲いかかった、つまり野田の後頭部を直撃したのである。

 ただ頭にぶつかっただけならたかが黒板だ、「痛いですよね、えへへへ」で済んだかもしれない。だがさすが黒板だ。野田は倒れた黒板に押される格好でそのまま前のめりとなり、教卓を押し倒す格好で教壇から崩れ落ちてしまったのだ。

 つまるところ、生徒の前でお辞儀をしたまま逆すべりに落下して床に頭を強打するざまをさらした。

 脳震盪を起こし、ひくひく痙攣していた。


 騒ぎになった。近隣のクラスからも、ものすごい音に驚いた先生や生徒が駆けつけてきた。

 他の先生らに助け起こされた野田は、介助され頭をさすりながら教室を出ていった。

「えへ……えへへへ……」

 深刻な頭の様子ではないようだが、大事をとって車で病院に運ばれるという。


 僕らは、壊れた黒板とともにそのまま残された。

 自習をするしかなかった。


 そして四時間目。

 始業時間をずいぶん過ぎても誰も来ない。さては教師たち恐れをなして近寄らずにいるのではと憶測するうち、ようやくミスター=ロウが来た。

 ロウはカナダ人で、この高校に招かれて英語を教えている。

 あとでわかったが、あのクラスに入ると理由はわからないが教師は災難に遇うから今日は行くなと言われたのを、不幸な偶然にすぎない、そんなものはオカルトだと、職員のみんなが止めるのを振り切って出てきたらしい。


「コニチワ」

 ロウは、日本人向けにつくった笑顔で挨拶した。西洋人はこうすれば受けると思ってるようだ。

「皆サン、先生タチニ次々ト不運ガ起キタノデ、サゾヤ不安ナ気持チデイルコトデショウ」

 うわ、いかん。外人らしさを出そうと台詞をカタカナにしたら読み苦しさMAX。面倒だから普通の日本語で記す。

「でも挫けてはいけません」


 いや、挫けてなんかない。思ったほどじゃない。むしろ面白がっていた。

 特別の心配性ならともかく、僕らのほとんどは周囲で異常なことがやたら起きるのに興奮を味わってる。とにかく表向きはそう見えたはずだ。

 でもこれをマスコミが取り上げると、一部の心配性にだけ焦点が合わさり、恐ろしい出来事の頻発でみんな脅えてるかのように報道されてしまう。

 今回、思い知ったことだ。


 ところでミスタ=ロウがそれから何をしたかといえば、まず窓際の生徒たちに指示を出した。

「窓を開けて、すべて窓を大きく開けてください」


 そういえば、教室は野外の酸素と光の粒子から密閉されていた。朝から風が強く花瓶が割れて鼻血を出した者がいたので、窓が締めっきりになってたんだ。

 言われたとおり、生徒たちが次々と窓を開け放った。

 果たしてカーテンが一斉に吹き上げられ大きくはためく視覚効果とともに、強い風がドワーーーッと吹き込んでくる。そして新鮮な空気でみんなを満たした。


「グッド!」

 それからミスタ=ロウは腰に手を当て、檄を飛ばす仕草を取った。みんなで気勢を上げ、教室に垂れ込めた悪い運気を吹き飛ばそうというわけだ。


 ミスタ=ロウは拳を振り上げ、叫んだ。

「悪魔なんかいない!」

 みんな、面白がってミスタ=ロウに続き、唱和する。

「悪魔なんかいない!!」


 さらにミスタ=ロウが、叫ぶ。

「幽霊なんかいない!」

 唱和が続き、教室中がどよめいた。

「幽霊なんかいない!!」


 ロウが、声を張り上げる。

「呪いなんか嘘だ!」

 どよめきが轟きわたった。

「呪いなんか嘘だ!!」


「Never give up!」

「ネバー・ギバップ!!」


 檄を飛ばし終えるとロウは、息を切らしながら晴れやかな顔でみんなに同意を求めた。

「さあ、これで清々したでしょう?」

 実際、気分転換になった。みんなは賛同のまなざしをロウに注いだ。

「馬場さん、鹿内さん、野田さんが怪我したのは偶然です。恐れてはいけません。勇気をもって試練に立ち向かい、そして打ち克つのです」

 月並みだがロウが言うと実感のある励ましの言葉を聞きながら、この先生は頼れる兄貴分のようだと感じるようになった。頬を火照らせ崇拝に近い目で見つめる子もいた。次はどんなパフォーマンスをやって盛り立ててくれるか、誰もが期待していた。


「それじゃ、みなさんは自習をしていてください。サヨナラ」

 ミスター=ロウは教室を出て行った。もう戻らなかった。



( 続く )

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