表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜医日記-Dragon Doctor's Diary-  作者: えりなけうす
-第二章 今日はどういった御用ですか?-
8/34

第七話

「あの、またっていうのは……」


ハッとして驚いたような顔をしていた。「しまった。聞こえてしまったか」と言いそうなそんな顔だった。

私はとても不安そうな顔をして目を見つめた。


「あ、あぁ、気にしないでくれ。それにしても僕はうかつだったよ。こんな目が覚めた直後のお嬢さんに、あれこれ聞くのはマナーが悪いというものだ。珍しいお客さんだったから、少し舞い上がってしまったのかもしれないね。申し訳ない。今は思い出せなくても、いずれゆっくり時間を取れば回復するだろうさ。どれ、薬でも持ってこよう」


ニカッと歯を見せて笑いながらそう言ってはいたけれど、どこかなにかを隠しているような、誤魔化しているような顔だった。

笑顔とは言えない笑顔。

私は、そうですね……と力なく返し、視線をベッドに下ろした。頭の中はまだぼんやりとしていた。


鍵をどこに置いたとか、照明を切ってきたかとか、日常的な事を忘れるならまだしも、名前や出身、年齢、誕生日、私自身の情報を、私自身が忘れるなんてことがあっていいことではない。いいことではないというか、ありえないことだと思う。


私はただ「私」として生きてきたのではなく、きっと何か名前があって、使いながら、何十回と誕生日を迎えて、今という私が存在している。つまりその一切を忘れるということは、それまでの私はいなかったこと、私ということを自覚する存在自体を、無くしてしまっていることになる。


友人でもいれば、過去のことを話してもらって、思い出すきっかけにできるのだけれど、話によると私はここらでは見ないらしいし、見たとしてもペットみたいな扱いらしいので、その可能性はとても低く、無いに等しいものだと感じた。


「まぁまぁ、そんな切羽詰った顔しなくても。記憶というものは大きな樹のようなものでさ。一部を揺らせば、勝手に周りが揺れて、木の実が落ちるなんてこともあるんだから。名前が思い出せなくても、他の事を思い出せば自然と出てくるでしょう。きっとね」


いつの間にか机がベッドの横にあって、鍋敷みたいなものが置いてあった。なんだろうと思っていると、ドンっと机に置かれたものを見てゾッとした。

「いやー薬を飲むなら空きっ腹じゃいけないからね。少しだけでも食べてから飲んでほしいな。いや、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。ほんの少し失敗してしまったけれどなんの問題もないさ」


大丈夫、大丈夫と言わんばかりの笑顔でさっきの鍋を勧めてきた。正直言うと忘れていた。それどころじゃなかったし、まさか食べるとも思っていなかった。

あれをほんの少しの失敗というなら、私の記憶をなくしたことは失敗というよりおっちょこちょいとして扱えるかもしれない。

ここで断るのは流石にできなさそうだったので食べる事にした。何を使えばこんな色を出せるのかが不思議でたまらなく、聞いてみようかとも思ったけれど、とんでもない材料が入っている事を暴露されるかもしれないのでやめておいた。


ちなみに味は匂いや見た目ほど不味くはなく、ゲテモノ系だと思えば食べられなくもなかった。慣れれば美味しいんだよ、と言うけれど、動けるようになったら、自分で無難なものを作って食べよう、と決心するのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ