第六話
「いやー気がついてよかったよ。僕ん家の前に倒れていたときは何事かと思ったけれど、何事もなさそうだね。本当にびっくりしたよー。朝に郵便物を見ようと思ったら扉の目の前に女の子が倒れてるんだもの。あ、そうそう朝ごはん、時間的には昼だけれどなにか食べるかい?」
「いや……とりあえずお水を……」
体が思うように動かなかったので、上体を起こしてもらい、冷たい水を飲ませてもらった。
起こすなりペラペラと話始めるものだから、勢いに負けてうまく返すことができなかったので、水を飲んで一呼吸つけようと誤魔化してみた。
朝ごはん(昼ごはん?)を勧められたけれど、さっきの一連を見ている限り、きっととんでもない味だし、想像を絶する創造を通り越して、オリジナリティ溢れる一品になっているであろうものに手を付ける度胸はなかった。
それに振る舞ってもらったもので気を失うほど、失礼なこともないだろう。
……こんなこと考えること自体失礼なんだけれど。
たった一杯の水だけれど、だいぶ楽にはなった。ふぅ、と一息ついたところで
「んで、君はどうしてあんなところで倒れていたのかな?ここいらじゃ見ないし、どこかのペット、とかそういうんじゃないよね」
木でできた座り心地の悪そうな椅子をベッドまで引っ張ってきて、反対に置いて、背もたれに腕を起き、にへらと笑いながら話始めた。
「ペットだなんて失礼な」
ブスっとして「私にはちゃんと名前があるんですから、あるん……です……から……?私の、名前?あれ……?」とだんだん小さくなっていく自分の声。ブスっとした顔もいつの間にか呆然としていた。
うまく思い出せない。目が覚めた時よりも、前の記憶が思い浮かばない。真っ暗闇の中に入ったように何も。まっくらのまま。
じっとりと冷や汗が出てきた。手汗も自分でわかるくらい出ている。
「え?……あれ?私って……」
ふぅ……ため息をついて俯いた翠色の顔と空色の眼は、ちっとも笑っていなかった。むしろ悲しそうな顔をしていた。
そして、ぼそりと小さく「また、か……」と聞こえた。