第五話
続けて私を紹介しようと思うのだけれど、先にも書いたように私はどうやって来たのか、どこから来たのか、そもそもこの世界樹に来るまでの全てが思い出せない。
名前も、出身も、年齢も、家族も、友人も、自分に関連すること、全てを思い出せないのです。
全て。全部。
そんな私の記憶が始まった時、私が覚えていると言えるのは、翠色の竜がこの部屋で忙しく動き回っていたところからです。
「えぇーっと、氷はもうすぐできるだろ?冷水はさっき換えたし、毛布もかけ直した、あとはー……あとはー……」
冷蔵庫だったり食器棚だったり、いろんな戸を開いては閉じたりしているものだから、ガチャンバタンガチャンバタンと騒々しかったのが私が持つ最初の記憶。
ここはどこだろうと薄目を開けて見えたのは、綺麗な空色の瞳とゴツゴツと硬そうな翠色の顔だった。グワングワンと頭の中が回っているような感覚から、全身がだるく、飛び起きて驚くというリアクションができず、パチパチと瞬きをしていた。
どうやら私の顔を覗き見ていたようで「お、気がついたかい」と、おデコに乗っている冷たいものを取り替えてくれた。
ちなみに絞ることをしないで、水分たっぷり含んだまま乗せられたので、顔がべちゃべちゃになったことも覚えている。
相変わらず騒々しい物音がするので、なにをしているのかと顔を横にして様子を見ると、火柱が立っていたり、端には黒い焦げたもの?が集められていたり、鍋に入っているものを一口食べてとても不味そうな顔をしたりしている様子を見ると、どうやらご飯でも作っているのだろう。
嗅いだこともない、嗅ぐこともないような異臭がするけれど。
べしゃ、と私に乗せてもらった水分の塊が床に落ちて犯人がこっちを振り向いた。きちんとエプロンをしていてお世辞にも似合っているとは言えない配色だった。食欲を削がれるようなものだった。
そういえばエプロンひとつを取っても料理の腕前が分かる、と信じてはいなかったけれど、なかなかなるほどそんな言い伝えは間違ってはいないみたいだ。