第十三話
その崩れ始めた日、彼は出かけて行かなかった日だった。
私と彼がこんな昼間から、同じ部屋にいるのはなんだか違和感があるようで、なんだか落ち着かなかった。気のせいか、彼もそわそわしているというか、落ち着きがなく、しょっちゅう脚を組み替えたり、部屋へ行ったりと、ウロウロと動いていた。
朝に、どこも行かないんですか?と聞くと、今日はいいんだ。と答えた。その時は珍しいと言ったけれど、よくよく考えれば、一週間出かけっぱなしだったのだから、たった一日部屋にいることもあるだろうと思った。
その日は二人で、ただひたすら本を読む一日だった。
彼は夕方になった頃に「少し出てくる」と外に出たけれど、すぐに帰ってきて、そのまま部屋に入っていった。
その日も私が晩ごはんを作っていた。
彼は帰ってきてからずっと、部屋に閉じこもっている。いつもなら片付けと言って閉じこもるけれど、今日はなにも貰ってきてなかったし、強いて言うなら手紙らしきものを持って帰ってきたくらいだから、片付けるものなんてないと思うのだけれど。
「ご飯できましたよー」
と料理を机に並べながら呼んでみる。が反応がない。最近なら、すぐに顔を出してくれるのだけれど、今日はうんともすんとも言わない。なにかあったらノックしてくれ、と言われていたので、席を立って向かおうとした時、ガチャとドアが開いた。やっぱり物音を聴いているのかもしれない。
出てきた顔は苦虫をかみつぶしたような表情をしていて、いつものニコニコ顔の面影はなかった。私はそんな顔を見たことがなかった。
「あの……どうか、したんですか?」
「あぁ、なんでもないんだ。なんでも。遅れてすまないね」
「いえ、ついさっきなので、大丈夫ですよ」
そうか、と言って笑う顔はとても作ったような、無機質なもので、笑っているどころではない、という感じが伝わってきた。いつかこんな笑顔を見たかも知れなかったが、思い出せなかった。
私は食べ終わった後にでも、なにかあったのか聞くべきだったのだけれど、その日は珍しく彼から話を振ってきたので、なかなか切り出す事ができなかった。いや、これは狙っていたんだろうな、と後になって気付くことになるのだけれど。
この時どんなに無理矢理でもよかったから、なにかあったのか、どうしたのか、居候の身分なんて関係なく、聞き出すべきだった。そうすれば、まだ時間はあっただろうし、どうにかすることができたかも、しれない。かも、でもいい。ほんの少しでも、あの時に彼を引き止めることが出来たのなら。