081 死体にさよなら
何故だ、と傭兵であるゼロニモ=ドミノは凄惨たる光景を見て呆然とした。
ゼロニモは青年期より傭兵として活動していた30年来のベテランだ。傭兵の中でも彼を知っている者は多く、身体中についている傷跡と厳つい顔を見て逃げ出す市民も少なくはない。
依頼されたらきっちりこなし、成果に見合った報酬をもらう。戦争にも出るし殺しもする、傭兵の鑑のような人物である。
他の者よりも経験を積んでいるが為に頼りにされるし荒くれ者供も彼の言うことならばと従う、一種のカリスマのようなものを持っていた。
彼が今回依頼を引き受けたのは人を仲介したものである。無闇に人前には出れない、ようは貴族か王族の上位階級の人物だ。その使用人が今回の勇者凱旋パレードの襲撃を依頼したのだ。どうやら他の傭兵にも声をかけていたらしく、どうヴェロニカ騎士団の包囲網を突破するか、襲撃の合図など作戦会議が行われて必然的にゼロニモが作戦指揮をとることとなったのだ。作戦に加わった傭兵達は皆一様に頭が周り実力がある者ばかりでゼロニモの作戦の意図を理解し協力してくれていた。
そのはずだった。
襲撃開始の合図は勇者に遠距離での魔法攻撃。それをゼロニモが行う予定だったのだ。
ゼロニモはまず民衆の中に紛れて勇者御一行の襲撃の機をうかがった。彼が目をつけたのは少女が乗っている魔物だ。あの魔物はRank A相当の普段は土の中に潜んでいる魔物でありオリデンラという。基本的に縄張りを荒らされたり攻撃されたりしなければ大人しい魔物だが一旦怒らせると暴走して手がつけられなくなる恐ろしい魔物でもある。
その魔物に攻撃したらどうなるのか?
もちろん町は破壊され討伐されるだろう。その魔物に乗っている少女にも責任が負わされるに違いない。そう思い、ゼロニモはオリデンラに魔法を撃とうとした。
ーーパァアン
「は?」
聞いたことのある破裂音。
音がした方に目を向ければ馬車の上に乗ってパフォーマンスをしていた少女と黒フードを被った人物の周りに濃い魔力の気配が充満していた。そこから始まった傭兵達による攻撃。
(違う!俺ではない!)
傭兵達は完全にゼロニモが魔法を撃ったと勘違いをしている。しかし戦闘が始まってしまったからにはどうしようもない。ゼロニモは傭兵達全員を把握しているわけではないし依頼が達成できればそれで良かった。少し出遅れて勇者御一行の1人に自慢の剣で斬りかかる。襲いかかった眼鏡をしている青年はどうやら剣士であったようで暫く対峙していたが依頼は勇者御一行への襲撃と場の混乱を招くことにあり適当に相手をしたら退散することが決まっていた。
気まぐれに勇者達を襲っていきそろそろ散開しようと周囲を見渡すと、黒フードの男が目に入った。
(あんなやついたか?)
独断で勇者の1人に攻撃した早まった傭兵。
しかしゼロニモには見覚えのない男だった。
自分が覚えていないだけなのか、それとも乱入者か。
しかし今はどのタイミングで散開の合図を出すか考えなければならない。合図は一発、空高く火魔法を撃つだけの至ってシンプルは方法である。いま相手にしている者を適当にあしらったら合図を送ろうと考えていた時だった。
「やっと出てきた」
その一言で全てが停止した。
いや、停止せざるを得なくなったというのが正確だ。他の傭兵もヴェロニカ騎士団も勇者御一行もそのたった一言で体が縛られたように動かなくなった。
どこからともなく長い黒髪ローブを着た、長い黒髪を一本のフィッシュボーンに結った少女がやってきて戦場をゆっくりと歩き、子供の死体の前で止まるとその体をなんの予備動作もなく蹴り上げる。幼い子供の体はその一撃で吹き飛びその場には子供の上半分の頭と血溜まりが残された。
「ほんっとムカつく」
バキバキバ
グチャリ
少女は子供の頭を執拗に踏みつけて蹂躙する。まさに死人を冒涜するような行為だった。
「俺達の娘から離れ」
一閃。
「あなたぁぁあ!!ぎゃ」
また一閃。
いつの間にか少女の手に握られていたレイピアから放たれた鋭い斬撃は風をも斬り裂き近くにいた市民であろう夫婦の体を綺麗に真っ二つにした。
可哀想に、その間にいる子供は恐怖で動けないらしい。生存は絶望的だった。
「あの人をっ」
グシャ
グシャ
「お兄ちゃんって呼んでいいのはっ」
グシャ
ブチュ
ブツ
「私だけなのにっ」
ブチ
ジャリジャリ
ゼロニモの耳に誰かが嘔吐する声が聞こえた。できれば自分もこの残虐な光景から目を離したいが今ここで逃走すればあの少女に殺されるであろう。ゼロニモは本能で動いたら死ぬと感じ取っていた。
「はぁ……少し熱くなっちゃったみたい。こいつ本当にあの人の邪魔ばっかしていい加減我慢の限界だったんだよね」
少女は恐怖で動けない子供に足を向けて死刑宣告をする。
「あぁ、あなたも同罪だから」
「誰かたす」
子供の最後の願いは聞き届けられることはなかった。ドサ、と音を立てて首なし死体が地面に倒れる。
少女は一息ついてレイピアを腰の鞘に収めるとそのまま大通りを進んでどこかに行こうとする。しかしそれを無謀にも止める者が一人。
「五十嵐さん!!」
少女はピタリと足を止めるてゆっくりと振り返る。ドミノの位置からは見えないがまだ若い青年の声から勇者御一行の誰かが彼女の名前を呼んだのだろう。その声に再び時が動き出す。傭兵達が隙をついて戦闘を再開し始めようとするがまるで静かにしろと言わんばかりに少女の剣戟が彼等を襲い、迂闊に動けない状況になった。
「杏㮈ちゃん……やっぱり杏㮈ちゃんだっ!!なんでいなくなったの?!どうしてこんなことしてるの?!」
今度は別の少女の声がした。
その声はあまりにも悲痛で聞いてる人まで苦しくなるような叫びだ。
「帰ってきてよ杏㮈ちゃん!!私ずっと心配してーー」
「危ない!!」
ゼロニモが瞬きをしていた一瞬で勇者達から話しかけられていた少女が消えて背後から金属同士がぶつかりあう音が聞こえ、そちらを見る。
今この場の全員の視線を集めているのは光の速さで元いた場所から移動した少女の剣を勇者御一行の1人であろう青年が受け止めている光景だ。青年の後ろには茶髪ボブの少女が怯えた表情で硬直している。
「一体なんのつもりだ……和田さんとは親友って聞いていたんだけど」
「…………チッ」
静かに言う青年に冷めた瞳を向けながら無言で見返しながら小さく舌打ちした少女。2人は正面から睨み合う。
「ウォオォオ!!」
卑怯にも少女の背後から攻撃しようとした傭兵がいたがその前にまた別の男が躍りでて傭兵を切り捨てる。
ゼロニモが襲撃の時に見た黒フードを被っている男だ。何か魔法でも使っているのか、どんなに動いても不自然な程に落ちないフードが逆に不思議でその人物の顔は一切見れないのが異質だ。
「……っ!!貴方が杏㮈ちゃんを洗脳でもしたんでしょう?!杏㮈ちゃんがあんな風に人を殺すはずがない!!全部貴方のせいだ!!」
新たな人物の登場に青年に庇われている少女は何を思ったのか黒フードの男に暴言を吐いた。背後にまるで自分に付き従っているかのような素振りを見せる男を彼女は彼女は一瞥し、青年の剣を弾いて男と共に後退する。
「杏㮈ちゃんは騙されてるんだよ!!目を覚まして!!」
「和田さん今はちょっと黙って」
「み、宮脇くん…」
叫ぶ少女を青年は窘めて剣を構えなおす。
「……」
それを向けている相手もまた襲いかかろうと一本踏み出したが、まるで何かに気づいたかのように一度だけ横を向き、レイピアを収めると今度は踵を返して走り出す。もちほん男も少女の後ろをついていった。
「待て!!」
青年がその後を追おうとするが傭兵の1人が切り掛かり遮られる。
今度こそ戦闘の再開だ。
ゼロニモも我に帰ると先程まで戦っていた勇者の1人を振り切り空に向かって火魔法を放つ。
撤退の合図だ。
次々と散開しだす傭兵達に勇者御一行とヴェロニカ騎士団は困惑する。ゼロニモの視界の端に何人か仲間が捕まっている様子が見えたが捕まったら捕まったで本人の力量がそれまでだったというだけだ。勇者御一行にあまり被害が見られない以上殺されはしないと思うが一生牢屋暮らしは確実だろう。ゼロニモも含め傭兵達は追っ手から必死に逃走する。集合場所は決めてあるので一旦逃げ切ってしまえばなんてことはない。
身体強化された体でゼロニモは集合場所である王都最北端の町パルエへと向かい一時的に借りたあばら屋根の家へと急いだ。依頼人からの報酬はそこでもらうことになっており勇者御一行の襲撃に成功したら追われることも分かっていたので到着次第ひとりひとり報酬を受け取ったらすぐ解散する手筈となっている。
2時間かけて目的地の家に到着したゼロニモは念の為追っ手が本当にいないか魔力探知で周囲を見渡し、誰もいないことを確認し終えて借り家に入る。そこにはゼロニモ達傭兵の依頼人の使用人である女性が部屋の真ん中で、テーブルの上に報酬であろういくつもの布袋を用意した状態で立っていた。他の傭兵達が既に到着して報酬を受け取っていったのかは分からないがゼロニモはそんな事は関係ない。報酬さえもらえたらそれで満足なのだ。
「報酬を受け取りに来た」
「ゼロニモ様ですね。今からご一緒に報酬の確認をいたします」
「出来るだけ早く済ませてくれよ」
そう言ってゼロニモは使用人の女性と金貨の枚数を確認する。
「しめて50金貨の受け渡しになります」
「確認した。それじゃあな」
ゼロニモは布袋を受け取りさっさと借り家から出て行こうとした。
「……なに?」
しかしドアを開けようとした時、いくらドアノブを回してもドアが開かない。
「なんだこれは?!貴様!!どういうつもりだ?!」
ゼロニモはすぐさま使用人の女性に原因があると判断して腰にさした剣を抜いた。
「 全ての始まりである風よ 深く呑み込む我らが祖よ 渡れ 渡れ 我が胸に 運べ 運べ 我が心臓に 無限の力を齎すは我」
既に詠唱を始めている使用人は両手を前に翳すと一つの魔法陣の構築が始まり歯車のように回りだす。ゼロニモは使用人が発した最初の一文で彼女がどのような魔法を発動しようとしているのかが分かり、襲いかかろうと走りだした。伊達に30年も傭兵をやっていない。国を渡り歩き様々な出来事を経験しこれまでにどんな困難も乗り越えてきた。沢山の魔法をこの目で見てきたしその特性も殆ど熟知していると言ってもいいくらいには酷い目にもあった。
だからゼロニモには分かる。
いま自分が殺そうとしている彼女が行使しようとしている魔法を。
あの魔法は特定の国の出身でなければ発動できないようになっている。他国の人も才能さえあれば行使できるとは思うがそれもほんの一握りのはずだ。
この世界には7年前魔族に滅ぼされたカイシューリ王国を除き、3つの王国がある。一つは海との共存を果たすスーキ王国。一つは神聖なる力で守られているというワーノイド王国。一つは圧倒的な軍事力を誇るホルストフ王国。それぞれの国にそれぞれの特徴とした魔法があるのだ。
様々な魔法がある中でも珍しい特殊条件下でしか発動されない魔法の内の一つでありスーキ王国特有の自然を礎とした源祖魔法。
''神聖なる力で守られている''という謳い文句通り数多の神と精霊が集い魔力に満ち溢れているワーノイド王国で、絶大な力を発する神代魔法。
ホルストフ王国は、魔力の質的には他国家より威力は劣るものの汎用性が高く、国家が独自に研究し発展させた、人間の人体に影響を及ぼす中枢魔法。
そのことから導き出されるのは彼女の詠唱からして間違いなく源祖魔法だ。
「我が宿命をこの掌に いざ彼方へと参らん」
完全に詠唱が終わるまでに殺してしまえばゼロニモの当然勝つ。単純に速さの勝負だ。
ゼロニモはなんの躊躇いもなく彼女に刀を振り下ろした。
(とった…っ!!)
ーーガンッ
が、その刃は彼女に触れる寸前で目には見えない何かに拒まれた。
ここでゼロニモは彼女が事前に防御魔法を纏っていたことに気づいたがもう遅い。
「贖いを示し世に還れ 絶流」
目と鼻の先で魔法を発動されてはゼロニモに回避の余地はなかった。
詠唱が終わり魔法陣から螺旋状の槍が生み出されてゼロニモの腕と喉を深く切り裂いた。
少し冷や汗をかいた女性と血溜まりに沈む男性。
ゼロニモはまだ辛うじて生きてはいたがそれも時間の問題だ。
少し青褪めた顔で彼女は急ぎながら家を出て魔法で火をつけ、その場から逃げるようにして去っていった。
数分後には激しく燃え上がり10分もすれば元々ぼろ家だった家は跡形もなく火に包まれ崩壊した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……いつの間に終わったんだ」
心を落ち着かせたアオイは広場を覗いたのは傭兵達が撤退した直後だった。
これなら安心して宿に帰れると思い物陰から出て早々に立ち去ろうと思ったがアオイはここでようやくミーナのことを思い出す。
「そういえばミーナはどこいったんだ」
広場や大通りには血がついていたりするが意外と襲撃による被害は少なかったようで広場や大通りには既に市民がオドオドとした様子で襲撃による片付けをしていた。どうやら死人も出ていたようで、死体は横一列に並べられて布で隠されていた。
アオイはとりあえずミーナを探すが見つからない。もしかしたらレグルス一家のところにいるのではないかと思い彼等の露店を見にいったがここにも誰もいない。誰かに聞こうにもレグルス一家の構えている両隣の露店には既に誰もいなくて聞くに聞けない状況だ。しかし彼等の露店が綺麗なまま残っているので、もしかしたら先に宿に帰ったのではないかとアオイは思った。ミーナももしかしたら一緒に行ったかもしれない。何故露店をそのままにしていったのかは分からないが勇者御一行が襲撃されたことで店をそのまま放って逃げ出した市民も少なくない。宿にいなかったらまたここに探しに来ればいい、とアオイは軽い気持ちで宿に向かった。
宿のドアを開けた先は血の海が広がっていた。いつも来ている常連客の屍が彼方此方に散らばっている。
その中に立っているのは元凶であろう2人の男女。
長い髪を一本のフィッシュボーンにしている少女と青い髪をオールバックにした灰色の瞳の青年。それに少女の方はアオイも知っている人だ。
2人並んだ姿がアオイの記憶の誰かととダブる。
本来は攻撃しなければならない状況の筈なのにアオイは何故かこの2人を傷つけようとは思わなかった。逆にどこか懐かしさを感じて傷つけたくないと思った。何故そう思ったのかはアオイにも分からない。
2人はジッとアオイを見つめて何かを待っている。
(殺さなきゃ)
そう思い刀に手をかけるが、何かがそれを拒絶する。アオイの中の本能がこの2人に刀を向けることを拒絶しているのだ。理性と本能が葛藤して刀を抜こうとしたり手を離したりと随分間抜けな行動をしていたら何故か2人とも破顔して嬉しそうに歩いてくるのでアオイは益々訳が分からなくなる。
「宮脇君」
「……五十嵐さん?」
「アンナって呼んで」
「え……なんで?」
「いいから!」
「…………アンナ」
そう呼べばアンナが嬉しそうに笑うのを見て、やはりアオイは一瞬アンナが誰かの姿とダブって見えた。
「……アオイさん」
今度はアンナの隣にいる青髪の男に話しかけられる。その男はアオイの記憶によれば勇者御一行を襲撃した張本人だった筈だ。その男が何故アオイを見て微笑んでいるのか全く分からない。
「……えっと初めまして?かな」
アオイがそう言うと男の瞳が動揺に揺れたような気がしたが見間違いだったのだろうか。
「…………初めまして。俺はディセアと言います」
男らしい見た目に反して彼は丁寧な言葉遣いだ。ディセアと握手をすると、やはり彼の姿もアンナと同じく誰かの姿とダブった。
(以前にもこんなことがあったような……?)
これまで生きて来て握手なんて腐るほどしてきているが誰かの姿がダブルなんてアオイは初体験だ。地球はもとよりこの世界に来てからも彼の特徴に当てはまるような人物と出会ったことはないはずである。
「アオイ=ムラカミです」
すでにアオイさん、と呼ばれていることから彼には本名がバレているのだろうと分かったが挨拶は礼儀なのでアオイもちゃんと名乗る。
「ディセアさんって勇者御一行を襲撃した人ですよね……?」
「そうです。それと敬語でなくてもいいですよ?ディセアって呼んでください」
「でもディセアさんは敬語……」
「アオイさんにタメ口なんてできませんよ」
ディセアによく分からない理由で断られたアオイは首を傾げらも、この世界の男性の年齢は見た目では判断しきれないところがあるので、もしかしたら彼は自分よりも年下なのだろうかと推測しつつ頷く。
「分かりまし…じゃなくて分かった。よろしくディセア」
「よろしくお願いします」
アオイの視界にはやはりディセアが誰かの姿と二重にダブるので両目を擦る。今度はちゃんと1人に見えてホッと息をついた。
本当はこの惨状にもっと警戒をしなければならないと思うのだが何故かアオイはこの2人に全く警戒の余地はないと判断した。2人の心の奥底までは分からないが表面上は自分に友好的に接してくれるので今のところ危険ではないだろう。
「で、この状況は2人でつくったものなのか?」
キョロキョロと死体を見回してミーナがいないか探す。もしいるとしたら確実に死んでいるであろう。そんな俺の様子を見ていたアンナは非常にいい笑顔で元気よく答える。
「お兄ちゃんの邪魔をしていた子供なら今日のパレードで殺したよ!あとこの宿の一家も一応消しておいたから大丈夫!!」
「あぁ、そうなのか。助かった………ってお兄ちゃん?」
自分はアンナに監視されていたとさり気なく教えられたが、危害を加えられたこともないし接触もしてこなかったあたり本当にただ監視していただけのようだ。
それにミーナやレグルス一家云々よりも非常にナチュラルにお兄ちゃん呼びをされたことにアオイは困惑してしまう。
それはそうだ。同級生のクラスメイトに兄と呼ばれる筋合いはないし彼とアンナは親戚ですらなく全く血の繋がりはない。
「お兄ちゃんって呼んじゃダメ?」
「いやダメじゃないけど……同じクラスメイトにそう呼ばれるのは流石に違和感あるから」
「私ずっとお兄ちゃんが欲しかったんだ!だから別にいいでしょ?」
「……分かった。好きに呼んでいいよ」
「やったぁ!ありがとうお兄ちゃん!!」
なんだかんだ言って可愛い女子のお願いに逆らえないのが男の性だ。
本人がそう呼びたいのは別にいいがクラスメイトにお兄ちゃんと呼ばれることに少し抵抗があるアオイは複雑な気持ちである。
「というかよく俺って分かったな……こうして髪と目の色も変わってるのに」
実際魔石で変わったのは髪色だけだがこの世界に来て瞳が青に変わったことを言う必要はなく、ただ疑問に思ったことを聞いた。ロナエンデに来てから髪も少し伸びているし成長している良い証拠なのだが、アオイの場合は顔立ちからして女に見られることがしばしばある。しかし村上蒼を知っている人から見れば小川のようによく観察してきっと本人だと気づくだろう。
「確かに金髪になってたことは驚いたけど……うん。お兄ちゃんの顔だからね」
「どう言う意味だ」
「金髪も似合ってますよ」
ディセアの言葉は純粋に褒め言葉として受け取れるがアンナてめーは駄目だ、と自分の容姿を十分に自覚しているアオイの瞳は笑っていない。
アオイは本当に中性的な顔立ちをしている。
男子の中に入っても違和感はあるし女子の中に入っても目立つ。男子にも女子にも見えるが故に抱えるこの悩み。しかしこの容姿をしているからこそ男女分け隔てなく接することもできるし友達も多いのでバランスは取れているといっていいだろう。中性的な顔をしていてもやはり性別は男なので髪は短いし当然制服も私服もズボン、勿論声も低い。アオイにとって髪の長さや服装は他人からの性の決定を促す重要な要素でもあるので地球ではかなり気を使っていたのだ。
しかしここ、ロナエンデではそれが全く通用しない。
冒険者は女も男のように機能性を重視するので当然服装はパンツスタイル。平気で鎧なんかも纏うし髪が戦闘に邪魔だとベリーショートの女性も多く化粧っ気もない。そして何よりロナエンデの住民は背が高く、余裕で身長が170cmを超える女性も少なくないのだ。その結果からアオイがこの世界の住民に男性と認めてもらうには声で判断させるか裸を見せるしかないというなんとも悲惨な二択になっていたのだ。
これは酷い。
きっとこの世界の美少年はさぞや苦労していることだろうとアオイが嘆いたのは記憶に新しい。
よってアオイはいま自分の容姿を指摘されると一気に沸点が低くなる。散々女と間違われたから当然だ。
「この世界の人達は自分で髪の毛を切ってるからねぇ……」
「え?そうなのか?」
「そうだよ。基本的には友達や家族に切ってもらうんだって」
「理髪店は少ないですしその分値段も高くなるので貴族や王族などの上流階級以外の人間は自分達で処理してますよ」
「そんなもんなんだ……」
「そんなもんです」
アオイは暫く考えたあとにチラ、とアンナを見る。彼女はアオイの視線の意図に当然気づいており笑顔で首を振った。
(私がうまく切れるわけないじゃん!)
それなら、と今度はディセアに視線を向ける。彼は頷いてくれる。
「ディセア頼む!髪を切ってくれないか!!」
「勿論です。俺達がとってある宿があるのでそこで切りましょう」
アオイは小さくガッツポーズを決めた。
「その前に……お兄ちゃん、この宿どうする?このまま放置しておく?」
彼等は死体の山を前に楽しくお喋りをしている。一応ここは宿なので客が来そうなのだがアオイが来てからは誰1人ここを訪れていない。まぁ今来てもこの3人に殺されるだけなのだが。
しかしそろそろ客が来そうな感じもする。
「それがさ……小川にここの宿のこと教えちゃったんだよなぁ」
アオイはアンナとディセアに小川と同じことを話した。
アンナはアオイがそれでいいなら、とクラスメイトを一緒に帰ることを了承してくれたし殺さないことも約束してくれた。ディセアなんかはアオイ達が帰るときに自分も一緒に地球に行きたいと言ってくれた程だ。自分の願いを2人がきいてくれたことが意外だったがそれ以上に嬉しくて微笑む。
ディセアを含めたクラスメイト達で地球に帰ることを目標に掲げて、勇者御一行が魔王を倒すまで3人一緒にいようと決めた。
アオイに仲間ができた瞬間である。
この世界を旅することも楽しそうだ、時々勇者御一行を手助けするのも悪くない、とどんどん話が進んでいき果ては地球に帰った時の話まで発展していた。
散々話してそろそろ2人が泊まっている宿に行こうとしたところで、自分達がいるこの宿の状態を思い出す。
「遠からず勇者もここに来るんですよね?」
「そうだな」
今頃小川は城でアオイと遭遇したことを話しているだろう。帰るにせよ帰らないにせよ、この宿を教えてしまった以上絶対にクラスの誰かがアオイをたずねてやって来ることは明白だ。
「なら、別にこのままでいいと思うよ」
「そうか?」
「うん!それに死んだ人達の中にお兄ちゃんがいないからきっとクラスのみんなは生きてるって思われるよ!」
「……確かにそうだな。なら、行くか」
「私が案内するね!」
そう言ってアンナはドアノブについた血を手が汚れることを構いもせずに握った。
それをアオイは少し不思議に思う。アンナはクラスが一緒なだけの偶に話す普通のクラスメイトだったがこんな性格だったろうか。もっと内気な女子だったと思っていたが案外図太い性格だったのか、もしくはこの世界に来て腹を括ったのか。
(まぁ考えてもしょうがないか)
アンナのドアを開ける姿がまた一瞬誰かと重なる。彼女の姿が、何故か同じ髪型をした小さな女の子にダブって見えるのかアオイには分からなかった。
アンナ、アオイ、ディセアの順に宿から出て扉が閉まる。
その場に残されたのは大量の死体のだけだった。
ここで1章『彼方より出し者』の終わりです。
補足と番外編を終えたら2章に突入します。




