062 買い物
62話です。
よろしくお願いします。
アオイは工房スィーニを後にして裏道で魔石が入った袋を夜の隙間にしまうと表通りに出た。町の中心部へと進んでいくにつれ賑やかさが増していくあたり、どうやら今日は朝市が行われているようだった。
あたりから呼び込みが響く。
キュッ
「静かにな」
まだアオイ以外の人に慣れていないスオウにとっては酷なようで、人の多さと声の大きさに完全に怯えてしまっている。
短く鳴いてアオイのコートの内ポケットっとにスオウは潜り込む。
その動作がアオイ以外に見えていないとはいえ、姿は隠せるが匂いや音までは隠せず魔石はそこまで万能ではない。気付かれる時は気づかれるのだ。
「スオウ、買い物が終わるまでそこにいろよ」
アオイはそう小さく言うと内ポケットの中のスオウが了解したと言わんばかりにモゾモゾと動いた。
「そこの兄ちゃん!とれたての魚はどうだい?!」
「お兄さーん!新鮮な野菜だよー果物もあるよー!」
アオイはスタスタと後者の方へ歩いていく。
むさ苦しい筋肉質な男と売り子の可愛いらしい少女。思春期の男子ならどちらを取るかなんて明白だ。
「へぃらっしゃい!好きなように見てってよ」
ニコニコと笑いながらまた他の客へと呼び込みを再開した。
取り敢えず来たからには品物の状態を見なければ、と野菜を手に取る。
(中々良いのが揃ってるな……)
アオイそんな事を思いながら小さな籠が用意されていたのでそこに次々と品物を入れていく。
品物を選別しているアオイの視界にチラリと黄色い物が映り込み、視線をそこに当てる。
「こ、これは……」
アオイはそれを一つ手に取り、信じられないような目で凝視した。
(レモンのような鮮やかな黄色に手にスッポリと収まる大きさ……そして何よりこのプロポーション!!)
そう、これは正に…
( リ モ の 実 ! !)
「お!お兄さん、その実が気になるのかい?ここいらでは珍しいからね。試食してみる?」
ずっとリモの実を握って見つめているアオイに気がついた売り子はリモの実を一つ手に取り簡単に切り分けていく。
「この辺では珍しいリモの実だよ!どうぞどうぞ〜!!」
これが普通かどうかは分からないが、少女はかなり気前の良い性格をしているらしい。切り分けたリモの実をアオイに渡した後、他の客にも勧めている。
渡されたリモの実をアオイは口に入れた。酸味が効いていて甘過ぎず、ほど良い柔らかさが口の中で蕩ける。
(…………うん、桃だ)
ヴァンダスキン町を出て初めて知った事だがリモの実はあまり市場に出回らない。なんでも特定の条件下でしか栽培されずそこから出荷するにしても長い間常温で保存していると環境に適応し出来ず他の果物よりも早く傷んでしまうという。
(こんな所でリモの実を食べれるとは……)
リモの実を切らしてから早数週間、アオイは今まさに天啓が降りてきたと思った瞬間だった。
「すみませーん!」
「はい!」
忙しなく働いているアオイは声にを掛ける。
「この籠の中の物と、リモの実全部ください」
「はい毎度あり〜!…………ん?」
少女は笑顔のまま停止した。
「この籠が中々の物とリモの実全部ください」
もう一度アオイは言う。
当然、少女は困ったような顔をした。
「えぇとお客さん……そりゃ嬉しいんですけど他のお客さんに売る分もあるんで何個か残して欲しいんですけど……」
やはり全部、という訳にはいかないらしい。そこでアオイは交渉に出る。
「そうですか……一応、リモの実全部で何銀貨になるか教えてもらってもいいですか?」
「あ、あぁ………裏にある在庫も含めて41個で…1個3銅貨だから…」
少女が計算しだすがやけに遅く、アオイは段々苛ついてきた。
「1個3銅貨で41個ですか?」
「そうだけど…」
「じゃあ1金貨2銀3銅です」
少女はキョトンとした顔でアオイを見る。
「……?」
「あんた…そんな格好してるけど実はどこかのお坊ちゃんだったりする?」
「いえ、違いますけど」
アオイが即答と少女は納得いかないような顔をするがそれ以上何も突っ込んで来なかった。
(なるほど……これはきっと識字率も低いな)
少女との一連のやりとりでアオイはそう推測した。実際この国の識字率は30%にも満たず使用者の殆どが身分が高い者なのでアオイが貴族と疑われてもおかしくなかった。
「そう……悪いけど全部は売れなーー」
「1金貨2銀5銅」
「いや、売れないね……」
「6銅」
「う〜ん」
「7銅」
「…………」
「……8銅」
「よしのった!」
思わず少女とアオイは握手する。
アオイと少女、どちらも幸せとなる選択肢を取ることが出来たのだ。
(やっぱり世の中ギブ&テイクだな……)
アオイは他に購入した野菜も含めて2金貨6銅を支払う。
「毎度あり〜!またのお越しをおまちしてまーす!!」
上機嫌で少女が手を振るのをアオイは微笑みながら振り返し、その場を去った。
ここでいきなり闇魔法を使う事も出来ないのでアオイはかなりの大荷物を抱えて人々の視線に晒されながらも人気のない裏道に向かう。
(……つけられてるな。数は……4人か)
アオイは裏道を歩きながら人の気配を探った。これでは闇魔法が使えない。
裏道を歩き回り撒こうとするが大荷物のせいかどうしても音をたててしまうのですぐに見つかってしまう。
(……しょうがない)
アオイは歩きながら夜の隙間を発動して荷物を放り込み、走り出す。
「逃がすな!追え!」
後ろから怒声が聞こえるあたり、もう隠れるつもりはないようだ。
アオイは追われるがままに裏道を走り回る。が、運悪く行き止まりに行き当たってしまった。
後ろを振り返ると男性が3人、アオイを追い詰めるような形で逃げられないよう道を塞いでいる。
「……俺になんの用ですか?」
アオイの問いかけにリーダーらしき男が口元に下卑た笑みを浮かべながら答えた。
「別に、用ってこと程じゃねぇんだ…あんたどっかのお貴族様だろ?ひもじい生活をしてる俺達の為に少し位金を恵んでくれてもいいんじゃねぇか?あんたは賢そうだから言うけどよぉ〜、断ったらどうなるか分かるよな?」
そう言って手に持っているナイフをチラつかせる。
「盗賊ですか……」
「ま、そういうこった。怪我したくなかったら有り金全部置いてきな」
「お断りします」
男達は3対1だからか、随分と大きく出てくる。しかしアオイはキッパリとそう言い切った。
「あ?お前話し聞いてなかったのか?」
「何を勘違いしているのかは分かりませんが俺は貴族じゃないです。ただの一般人ですよ?」
アオイの言葉に盗賊のリーダーが顔を顰める。
「貴族じゃなきゃあんな金持っているはずねぇだろうが」
「だから俺はーー」
「ごちゃごちゃうるせぇ奴だな。貴族だろうが平民だろうが俺らの金になればいいんだ、よ!」
言い終わると同時に喋っていた男がナイフを握りしめて襲いかかってきた。アオイは手をかけていた愛刀を抜き最初の一撃を受け流して、体勢を崩した男の首を刎ねる。
何やら叫びながら走ってくる残り2人の挟撃も1人は剣を振り上げている内に腹を搔っ捌き、もう1人はそのまま流れるようにして刀を持ち変え、腹を貫いた。
そこに最後の4人目ーー隠れていた奴が雷撃を打ってくる。
魔法を難なく交わして大きく跳躍し、逃げ惑う4人目の背中を大きく切り裂いた。
今、立っているのはアオイだけである。
「……なんか呆気なかったな」
盗賊かと聞いたら肯定したのでアオイはその実どんな卑怯な手を使ってくるノかとワクワクしていたのだが存外、期待しすぎだったようだ。
(…………つまらない)
戦闘狂ではないが相手が弱過ぎても退屈なのである。アオイはもっと強い、張り合いのある敵と戦いたかった。そう、敵である。命をかけて戦いあえる敵をアオイは異世界の日々の中で望むようになっていた。
「そうだ、スオウ」
キュー
アオイが呼びかけるとスオウがコート中から顔を出す。アオイはスオウを掴んで先程雷撃を撃ってきた盗賊の背中の傷に下ろす。
「スオウ、少し早いけど昼食だよ」
キュウ?
スオウはよく分かっていないようだ。その反応を見たアオイは盗賊の死体の傷口に指を入れ、グチャグチャに掻き回して広げる。手を離した時にはアオイの手は盗賊の血で真っ赤に染まっており肉片が幾つもついていた。それをスオウの口元に持っていく。
「スオウ、朝みたいにやってごらん」
スオウはアオイの手が赤いのを見てまた怪我をしたと勘違いしたのかアオイの手の血を舐め始める。
「よし、いい子だ」
スオウの頭を撫でながら笑顔でアオイは言う。
よく出来た時にはちゃんと褒める、がアオイの教育方針だ。肉片もちゃんと残さず食べたスオウをまたコートの内ポケットに入れる。そして盗賊達が持っていた金めの物も全て剥ぎ取った。
もうそろそろ魔石の効果が切れる時間になる。
アオイは誰かに見つかる前に戻ってすぐこの町を出ようと宿に急いだ。朝になれば騒ぎになって町の外に出られなくなる可能性が十分にある。
(宿のキャンセル料ってとること出来るかな……)
アオイはその事だけが非常に心配であった。




