041 お仕事
『◼︎◼︎◼︎、お前だけでも逃げろ』
俺はしゃがんで◼︎◼︎◼︎に目を合わせ言い聞かせるように言った。俺がその子の名前を呼んでいるのに、何故か名前だけ雑音がかかっていて聞こえない。いつも楽しそうに笑っている顔も黒いモヤがかかっていてどんな顔をしているか分からない。
『でもーー』
『でもじゃない。俺達の事は良いから、◼︎◼︎◼︎は何も心配しなくていい』
そう言うと◼︎◼︎◼︎は目に大粒の涙を浮かべ、泣きそうに顔を歪める。
しかしその涙が決して流れることはなかった。
今度は俺の隣にいた◼︎◼︎◼︎◼︎が◼︎◼︎◼︎に声をかけ、その頭をいつものように優しく撫でる。
『私達は◼︎◼︎◼︎が笑っている顔が大好き。だから……泣いちゃ駄目よ?』
◼︎◼︎◼︎◼︎は自分の声が震えている事に気付いているだろうか。それはまるで自分にも言い聞かせているよう声だった。
『……うん、◼︎◼︎◼︎は強い子だから、泣かない』
今にも溢れそうな涙を必死に堪え、◼︎◼︎◼︎は言う。
『偉いね、◼︎◼︎◼︎は強い子だもんね』
そろそろ時間だ。
これ以上は追っ手に気付かれる。
最後に俺は◼︎◼︎◼︎に言った。
『◼︎◼︎◼︎、短い間だったけどここまで付いてきてくれてありがとう。俺達はお前に会えて幸せだった。お前は幸せだったか?』
『幸せ、だったよっ!』
『そうか、◼︎◼︎◼︎がそう言ってくれて良かった。さぁ、もう行け。いつもかけっこはしていただろう?後ろは振り返るんじゃないぞ?』
◼︎◼︎◼︎は少し躊躇いながらも、走っていってしまつた。足の速いあの子なら逃げ切れるだろう。
俺達の事情に巻き込む訳にはいかない。
俺達のいない所で◼︎◼︎◼︎には幸せになって欲しかった。
ーーーーーーーーーーー
「アオイ、起きろ!!!!」
「ぅへあ!!」
耳元でいきなり大きな声が聞こえたので思いっきり奇声を発してしまった。かなり恥ずかしい。
「……なんだ、レオナルドさんか」
「なんだ、じゃねぇ!!仕事だ仕事。行くぞ、さっさと準備しな」
どうやら寝坊してしまったようで、レオナルドさんに叩き起こされたみたいだ。俺はレオナルドさんが持ってきてくれた井戸水で顔を洗って服を着替える。
「す、すみません!」
「あー、まぁ急ぎの仕事じゃないから良かったものの…次は気をつけろよ」
「はい。本当にすみません。それで、今日はどんな魔物を討伐するんですか?」
俺がレオナルドさんに魔物の討伐の仕事を回して欲しい、と頼んでから一週間。朝も昼も夜も魔物の討伐に駆け回っていた。
理由を聞かれて正直に「強くなりたい」といったら何故かレオナルドさんが妙に張り切ってしまったのだ。最初は筋肉痛になっていたが、今はもう慣れたのか痛くない。
「今回はオークだ」
「あぁ、豚野郎ですね」
「えっ、あ、いや。間違ってはない。間違ってはないんだが…」
何故かレオナルドさんの歯切れが悪い。何か哀れに思えてくるな…などとレオナルドさんはぶつぶつと呟いている。オークなんてただの豚だ。そう考えれば恐がる必要もない。
「いつものアスターの森ですか?」
今俺達が生活しているスラムや町は元々ビローダスという市で、大都市でもある。市外は危険な魔物がいて、勿論人を襲ってくる事もある。故に、大体の大都市では門番を置くだけではなく、魔物が簡単に侵入出来ないよう、城壁で囲まれている。
ビローダスの外には3つの森林があって、西部にはアスターの森、東部にはバルトラスの森、そして南部には世界3大森林と呼ばれているアリア大森林がある。
俺達がいつも魔物を討伐しているのは、スラムから一番近いアスターの森だ。他の2つの森林には2、3回位しか入ったことがない。
「いや、今日はアリア大森林だ」
「てっきりいつものアスターの森かと思っていましたけど…。何か別の目的があるんですか?」
そうでなければ態々遠い南部まで行く意味がない。オークの討伐ならアスターの森でも出来るはずだ。
「 あぁ、ついでにアリア大森林でしか咲かないアリエッタの花を摘めるだけ摘んでこいってな」
「なるほど」
アリエッタの花は商売道具としてとても有名だ。
アリエッタの花はとてもフローラルな香りを発するので香水や石鹸を作るのに適しているのだ。しかも長続きするので女性客にはかなり評判が良いらしい。
「アリア大森林は少し遠いからな…今から行って仕事を終えるまで丁度夕方ってとこかな」
「本当にすみません…」
「いや、日暮れまでに帰れればそこまで危険じゃないしな。少し急ぐぞ、頼めるか?」
「はい!任せて下さい」
俺は左手を軽めに横に凪ぐと、そこから気流がうまれる。俺の分とレオナルドさんの分の気流を作り終えれば、あとは俺が少しずつ大気中の空気を利用すればいいだけの話だ。
風の力を利用して走れば通常の70倍は早く走れる。
「流石、能力持ち。いつもありがとさん」
「いえ、これでお役に立てるものなら安いもんですよ」
「んじゃ、出発するか」
「はい」
俺が一歩踏み出せば、風に後押しされるように軽く10mを飛ぶようにして進む。
俺は支給された懐中時計を開いて見た。この時代では結構高価な物なのに、仕事をする時では必ず一つ支給されるのだ。確実に、盗品だろう。どこから、なんて聞くのはナンセンスだ。
今は10時位だからお昼前までには余裕で着くだろう。
俺はレオナルドさんと並ぶようにして走り始めた。




