018 ギルド
俺がギルドの中に入ると、そこは冒険者で賑わっていた。昼時なので、ちょうど午前依頼をしに行っていた冒険者達が報告しに帰って来たのであろう、受付には長い列が出来ていた。俺は大人しく最後尾に並ぶと、先に入って行ったラムとマイクを探す。
二人は以外と早く見つかった。傍には3人目であろう、俺より少し年上に見える男性が二人と一緒に食事をとっていた。
二人は食事に集中しているのか、俺が入って来た事に気がついていないようだった。
◆◆◆◆◆
並び始めて十数分、やっと順番が来て受付嬢の前に座る。
「大変お待たせ致しました。本日はどのような御用件でしょうか」
受付嬢は義務的な口調で聞く。しかし俺はそんな機械染みた口調を気にしている暇はなかった。
問題はただ一つ、受付嬢の容姿についてだ。
ハニーブラウンのショートボブにうるうるとした琥珀の瞳。胸はそれ程大きくなく、かといって小さくもないが服の上から見ても形は良いと分かる。
そして何より、その頭に生えている垂れ耳。
(……犬の獣人か、耳って神経通ってるんだよな?)
「お客様?」
あまりに受付嬢の姿を見すぎていたのか、怪訝な顔をさせてしまった。
「す、すみません。登録したいんですが…」
俺の言葉を聞いた瞬間、受付嬢はラムとマイクのように固まってしまう。しかしそこは受付嬢、立ち直りが素早く、カウンターの下で何かを探している。
(さあ、イベント発生かっ?!)
受付嬢が何かを探している間に俺は周囲を警戒した。しかし冒険者達は依然として騒いだまま、どうやら受付嬢のやり取りは喧騒の中に掻き消されたらしい。俺はホッと安堵する。
「それではこちらの用紙にお名前、属性、魔力値を御記入下さい」
そう言って受付嬢は用紙とペンを渡す。
どうやらこの用紙を探していたようだ。
(属性と魔力値、ねぇ…)
名前は兎も角、後の二つは今の俺には書くことが出来ない。どうすれば良いか、と悩む。
受付嬢は悩んでいる俺を見て気がついたように言った。
「魔力値は分からなかったらギルドの方で計らせて頂くのでご安心下さい」
(……ん?属性は?)
受付嬢は"魔力値は"と確かに言ったが、属性のことは言わなかった。
「あの…属性も分からないんですけど、属性はギルドでは調べてくれないのでしょうか?」
俺は自分の疑問をそのまま受付嬢にぶつけた。ギルドは魔力値だけで属性はまた他の所で計らなければならないと自己解釈した。
「は?」
聞いた途端、目の前から受付嬢らしからぬ声が聞こえたような気がした。
気がつけば、ギルド全体が静まり返っている。後ろを少しだけ振り返ると、皆がみな俺を興味深そうな目で見ていた。これはまずい、と本能で察す。
「……お客様」
「は、はい!!なんでしょうか!」
「属性については、誰もが生まれた時点で調査し国に報告する義務があります。これはスラムも例外ではありません。稀少な属性が出た場合国で保護しなければなりませんからね。魔力値は成長と共に大きく変動いたしますが、属性は生涯変わることはないのです。失礼ですが、親御さんはいらっしゃいますでしょうか?色々と聞かねばならない事があるので。私はこの事をギルド長に報告して参りますので少々お待ち下さい」
受付嬢はそう言ってカウンターの奥の事務室へと行ってしまった。
ギルドはまるで時間が止まったかのように静かだ。冒険者達が空気を読んだのだろう、背中に物凄い数の視線が突き刺さり、俺は泣きそうだ。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ……どう言い訳する?)
きっとあの受付嬢はギルド長を連れて来るであろう。自分が異世界から来たと知られればきっと王宮に連れて行かれてしまう。それは嫌だ、自由に生きたい、と頭の中で試行錯誤し、俺はハッと【設定】を思い出した。
(そうだ…俺には記憶喪失という設定があるじゃないか!)
これならいける、と拳を握りしめる。
ちょうどその時、奥の扉からはさっきの受付嬢とギルド長と思われる男性が此方に向かって歩いて来る。男性はカウンター越しに立ち、自己紹介をした。
「初めまして。私はヴァンダスキン町支部のギルド長、シリウス=アルガナルと言います。これから幾つかの質問に答えてもらう事になるからね、よろしく」
そう言ってシリウスは右手を差し出してきたので俺は慌てて立ち上がり、握手をする。顔は終始胡散臭い笑顔を浮かべており、何を考えているのか全く分からない。警戒対象だ。
「……よろしくお願いします」
「じゃあ、早速始めようか。先に言っておくが、質問には全て正直に応えること。嘘をついても無駄だからね」
(…嘘をついても無駄?)
シリウスの言葉に少し引っかかりを覚えたが、脅し文句だとあまり気にしなかった。
こうして質問という名の尋問が始まった。
「君、歳はいくつだい?」
「17です」
「へぇ!私は15位に見えたんだけどなぁ、予想が外れてしまったよ。家族は?」
「……分かりません」
「…?どうしてだい?」
「俺、実は記憶喪失なんです」
「……ふむ、それは大変だねぇ。この町に来る前はどこに?」
「シャリーヌ村という所です。一週間程前、その村で記憶喪失の俺を村の人が助けてくれました」
「シャリーヌ村?!あの魔族に襲われた?!」
「そのシャリーヌ村です。命からがら逃げて来ました」
「そうか……君一人でかい?」
「はい、最初は一緒に逃げていた人が居たんですが…その、魔族に殺されてしまって……」
「気の毒なことを聞いてすまなかったね、事情はよく分かった、疑って悪かったよ」
「いえ、此方こそ不審な人物ということは俺も分かりきっていましたから」
受付嬢がお茶をシリウスと蒼に出す。
(これで疑いは晴れた、と。なんか話しやすい人だなこの人)
すっかり油断していた蒼は出されたカップに手を掛けようとした。
すると前からシリウスの手が伸び、カップを持とうとした手を掴む。
「……さて、これで質問は終わりだよ。答え合わせと行こうか?」
ニコニコと笑いながらシリウスは掴んだ俺の手をギリギリと締めつける。
「えっ?……あの、離して下さい」
動揺している俺にシリウスは「大丈夫だよ」と笑う。
(……何が大丈夫なんだ)
腕の痛さに思わず顔を顰め、目の前のシリウスを睨んだ。
「そんな睨まないでよ〜、ただ手を見たいだけだからさ」
(……手?)
そこでやっと俺は掴まれている手がシリウスと握手した方の手だと気付く。
「…………まさか」
「そのまさかだよ、君と握手する前にね、質問することは決定事項だったからある魔法をかけておいたんだ……嘘つきに対応する為の魔法をね」
ゆっくり、ゆっくりとシリウスは俺の右手を表に返していく。
その手の平には真っ黒な魔法陣が描かれていた。
「この魔法はね、かけた人の一部に触れて印を残すんだ。最初は綺麗な白なんだけどね、嘘をつく度に色が変色していく。真っ黒になったら終わり」
「……」
俺はシリウスの話しを黙って聞いている。最早身体が動かない。
シリウスは顔を歪んだ笑みに染めて俺に死刑宣告のような言葉を言った。
「君は嘘吐きだ」