017 鷲宮 渚〜勇者陣営〜
「ふんぬぬぬ〜」
「ちょっと紫、力み過ぎじゃない?」
「少し休んだら?」
「……華菜と依ちゃんは良いよね、あたしみたいに頑張んなくっても力が出せるもんね」
「紫〜、それでもちょっと頑張りすぎだよ〜」
私達生徒は今、女神フォーリスにもらった自分の力の練習をしている。
「これでも中々制御するのに必死なんだ?一歩間違えれば丸焦げだし」
そう言って華菜は指先から一つの小さい炎を出した。
この世界では自分の生態エネルギーから物質に変換する力を能力というらしい。さらには能力の要となっている人間のことを能力持ちとも言う。能力持ちが産まれてくることは稀で滅多にない。この世界では何万人かに一人位の割合らしい。紫達は後天性の能力持ちである為、本来の先天性の能力持ちよりかは遥かに力が弱く、大半の生徒は上手く発動することが出来ない状態であった。
華菜は生徒達の中でも最も危険な部類に入る能力の持ち主だ。炎を生み出し、炎を操る。能力は魔法とは違い、上級などの階級がなく魔力が削られることもない。その代わり、能力は使用者本人の生態エネルギーから直接変換される為、能力を使えば使う程精神力と体力が削られる。
「依ちゃん〜、なんかコツおせ〜て〜」
私は少し泣きべそをかきながら依ちゃんに抱きついた。
「うーむ、コツかぁ〜。ほら、能力の先生が言ってたじゃん、"生態エネルギーから変換される能力はその人の本質だ"って!」
「……?言ってたっけ?」
「言ってたの!!」
依ちゃんは抱きついている私の背中をバシッと叩く。
「つまりぃ、自分をよく知る事が大切なんじゃないかな?」
「……それはあたしがあたし自身をよく知ってない、と…?」
「た、例えだよた・と・え!!」
「ちょっ、依ちゃん痛い痛い痛い!!」
あははは、と笑いながら依ちゃんは誤魔化すようにまたもやバシッバシッと私を叩いた。
「でもこれが一番大切だと思うよ?あたしがこの言葉意識したら直ぐ出来るようになったし」
「……そっか」
依ちゃんは元々、能力の発動が他の生徒より比べて全くできなかった。それも今の私以上に。それがコンプレックスとなり塞ぎこんでしまった期間があった。それがある日突然使えるようになり、かなりの使い手となっている。今でも能力の先生に褒められることは少なくない。
「ん〜そうだな〜、紫、好きな人とかいないの?」
「え〜いないよ〜」
好きな人、と聞かれた途端、私は和秋のことが頭に思い浮かんだが直ぐに打ち消した。そんな事ないそんな事ない。
ーーーーポォ
すると、オレンジ色の淡い光が私の全身を覆う。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ほぉ」
「……へぇ?」
華菜と依ちゃんはニヤリ、と悪どい笑みを私に向けた。
「紫、詳しく話し合いをしようか」
「大丈夫〜、紫は自分のことをよく知んなきゃだもんね!!」
「えっ?いやっちょっ、これはーー」
「ふざけんじゃねぇぞテメェッ!!」
ーーーガシャァァアン
私は迫ってくる二人にどう言い訳をしようかと考えていた時、離れた所から男子の叫び声と何かが壊れる音が聞こえてきた。
「な、何事?!」
「紫〜話しはまた後で聞かせてね」
「早く見に行ってみよう」
私達三人は音がした方へと向かった。
「テメェもういっぺん言ってみろ!!」
「宮脇落ち着け!!気持ちは分かるが!!」
「そうだぞ宮脇っ!!女相手に暴力は反対だ、気持ちは分かるがぁあ!!」
私達が人だかりができている場所に来てみると、和秋が暴れており、それを堀と広瀬が取り押さえている状態だった。
「あら、覚えが悪い愚民にはもう一回言わないと分からないのかしらぁ?貴方の友人…むらがみ君、でしたっけ?その人はもう生きてはいないんじゃないのぉ?」
「テメェぶん殴ってやる!!」
「おい、他の奴も手伝ってくれ!!」
「テメェテメェ、と……そんな汚い言葉で私を呼ばないで欲しいですわ。私には鷲宮渚という両親から授かった素晴らしい名前があるのですから」
「ちょっ、鷲宮さんも宮脇煽らないで」
(………和秋?)
私は呆然として和秋を見た。
(……和秋が怒ってる。取り巻き達に何言われても動じなかったあの和秋が)
「貴方みたいな野蛮な人とつるんでいるなんて、どうせそのむらがみ君というのも碌でもない人なんでしょう?そうに間違いないですわ」
鷲宮さんは絶対に言ってはならない事を言ってしまった、と私は本能的に思った。
彼女がその言葉を言った途端、一部の生徒達の雰囲気が一変したのだ。あんなに宮脇を抑えていた堀と広瀬も今はただ顔を俯かせて鷲宮さんを睨みながら彼女の言葉を聞いている。
しかしそれに気付かない鷲宮さんは言葉を続けていた。
「それなら死んでも自業自得ですわ。座学の先生も言ってらしたでしょう?次元の狭間に巻き込まれた人間は二度と戻れない、と。救う価値の無い人間まで助けようとした挙句、死ぬなんて馬鹿な人間でーっ!!」
全部言い終わる前に、鷲宮さんの前に急に"何か"が襲いかかった。
ーーーーガシャァアアアン
防衛本能だったのだろう、鷲宮さんの周りに淡く薄い膜のような物が貼られているが、それは襲いかかった"何か"に悉く破れる。
どうやら鷲宮さんは結界使いだったみたい。
(ーーこの音)
ガラスが割れたような音は私達が数分前に聞いたものと同じ音だ。きっと和秋が鷲宮さんの結界を壊したのだろう。
「ーーねぇ、それって自分のこと言ってんの?」
鷲宮さんに襲いかかった"何か"はクラスメイトの女子、松坂さん。松坂さんの手には黒い大鎌が握られていた。「ひっ」と鷲宮さんが小さく悲鳴を漏らしてドサッと後ろに倒れる。松坂さんはヒュッと音をたてて大鎌を鷲宮さんの首すれすれで止め、冷めた目で睨みつけた。
「あんた駄目だわ、村上君の素晴らしさを分からないなんて。そもそも宮下なんて屑の尻追いかけてる時点でアウトだわ」
あちゃー、といった風に松坂さんは言う。
私としての松坂の印象は大人しい文学少女の筈だったんだけど…今は見る影もない。
「ねぇ、碌でもない人間って誰のこと?今更自分のことだって気付いたの?ねぇ……ねぇ」
「結菜ちゃ〜ん、駄目だよ人殺しは〜」
今にも鷲宮さんを殺そうとしている松坂さんに間伸びした締まりのない声がかかる。声の方を見てみると、トタトタと走りながら松坂さんに駆け寄るクラスメイトの駿河さんの姿。
そして庇うように鷲宮さんの前に立った。
「奏、止めんな」
「だから駄目だって〜、よく考えてよぅ」
駿河さんの後ろにいる鷲宮さんはあからさまに安堵した表情で、息をつく。鷲宮さんが何か口を開きかけたその時、
「ーーーこんな塵、結菜ちゃんが手を下すまでもないって」
「……ぇ?」
グシャ、と何かが潰れる音がした。
音のした方を見てみれば、鷲宮さんの上には3mは超えるであろう黒い鴉が鷲宮さんの身体を大きな足で押さえつけ、胴体を器用に嘴でつついて食べていた。クチャクチャと鴉の肉を食べている音が聞こえている。
「……はぁ、奏って上げて落とすの好きだよね」
「えへへ〜ありがと!」
「褒めてないから…」
目の前でグロテスクな光景が繰り広げられているのに当人達はどこか吹く風。
「……おい、そこまでにしといてやれ」
流石に鷲宮さんが気の毒に思ったのか、堀君から駿河さんに声がかかる。
「委員長命令だね!分かった!!」
駿河さんは堀君にそう言うと、鴉の方を向き、目を合わせる。
すると鴉の方の上下に緑色の魔法陣が現れ鴉は光と共に消えていった。
「奏、今のは……」
消えていった鴉を見て松坂さんは駿河さんに説明を求めた。
「今のはお気に入りの子なんだぁ〜名前はなんとサファイア君‼︎目の色から付けたんだよ〜」
「いや、そうじゃなくて一体どこから出したんだっていうか何と言うか…」
気まずそうに言う松坂さんの言葉におぉ、と駿河さんは胸の前で両手をポンッ合わせる。
「私ね、召喚師なんだぁ〜。今日初めて召喚が成功したの‼︎結構便利だよこれ。普通の召喚は詠唱とか必要なんだけど、私が願うだけでどんな場所でも呼び出せちゃう優れもの!!呼んだ子は私の意志を汲み取って行動してくれるから何も言わなくてもちゃんと思い通りに動いてくれるんだぁ〜」
「…いいね、それ」
「ねっ!いいでしょ!!」
どこかずれている二人の会話に、私は言いようのない不気味さを感じた。それは傍にいた二人も感じたようで華菜は眉を顰め、依ちゃんは絶句している。
鷲宮さんは腹を重点的に食べられたのか、腸は引き摺り出されて食い千切られ、太腿の肉は綺麗に食べられて骨が剥き出しになっていた。自慢の綺麗な顔には傷が殆どついてはいないものの苦痛に歪められていることから、最初に鴉が鷲宮さんの上に乗った時点で本人が圧死していたことが確実だ。本人はその時点で死亡していて良かったと思う。
鷲宮さんの惨状はそこまで酷くはなかったが、初めて死人を見た者が何人かおり、数人吐いたりしていた。
取り巻き逹は泣きはしなかったものの、恋の好敵手だった者が一人死んだのだ、流石に落ち込んでいた。生徒会長の設楽先輩に至っては「翔に何と言えば…」と一人でずっとブツブツと何か呟いており、混乱を極めていた。
異世界第一脱落者
鷲宮 渚