012 嘆き
Q.貴方から見た村上 蒼という人物はどういう人ですか?
という問いかけを村上 蒼を知っている者に聞いてみたとしよう。
ある人曰く、
『えっ、急に言われても…、そうだなぁ…あんまり話したことはないけど宮脇君と仲良いよね。印象に残ってるのはそれぐらいかなぁ』
ある人曰く、
『村上ぃ?あぁ、アイツ良い奴だよな、なんつーか表裏がない感じで!しかもみんな村上に懐いてる感じがすっし……みんなのお母さん(笑)的な?村上の悪口言ってる奴見たことねーよ!!』
ある人曰く、
『うーん、村上がどういう人なのかは分からないけど…イメージ的に顔が広い人?って感じがすんな。朝登校してる時だって違うクラスの奴らと頻繁に挨拶してるの見たことあるから……友達多いんじゃねぇの?』
ある人曰く、
『ーーーーーーーー気味悪い』
ある人曰く、
『アイツのことか……どうしてあんなんになったんだろうな』
ある人曰く、
『ちょっと気色悪い名前出さないでよ!鳥肌立ったじゃない!』
『あー、アイツね、うん。少なくとも前のアイツは好きだったよ、過去形だけどね』
『……、はぁ。今更その名前がでてくるなんてなぁ、久しぶりに聞いた。何も言うことはねぇよ』
◆◆◆◆◆
「…はぁっはぁっ」
「ウォルガ、しっかり気ぃ張れ!!」
「ウォルガ君!!もう少しだから頑張ろう?!」
俺は唯ひたすら目の前の2人を追いかけて走っていた。視界も涙でぼやけたまま、足だけ動かすことを考えて必死に走った。よくよく見れば前の2人もボロボロだった。勢いよく炎が迫ってきている中、喉がやかれたのか二人とも声がかすれて出なくなってきている。俺にとっても息を吸うだけで苦しくて熱い。それでも走ってこれたのは2人が俺に諦めるな、と励ましてくれたからだ。
ーーー、ーーー
ーーーーーーーー!!
ーーーー!
あちこちで聞こえてくる悲鳴、怒号、そして哄笑。
まだ俺達はマシな方だった。今もこうして逃げることが出来ているし、何より"ヤツら"に出くわしていないのが奇跡なくらいである。
「……!!」
俺は自分の目に映ってきた森に僅かな希望を見出す。俺達は逃げ回った末、遂に村の最南端まで辿り着くことが出来た。あとこの森を抜けきることが出来たら生き延びられる可能性はぐんと上がってくる。先を走っている2人についていこうと、森の入り口に足を掛けた時だった。
「……っつゔ!!」
走っていた俺は派手にその場で転んだ。直撃はしなかったものの、俺の左足に何か熱い物があたり、急いで立ち上がろうとする。
「あーぁ、外しちまったじゃねぇかクソが」
しかし立ち上がる直前、野太い男の声が耳に入った。後ろを振り返って見てみると、数メートル先にスキンヘッドの屈強な身体のつくりをしている男が立っていた。本来なら夜で何も見えない筈なのにゴオォと音をたてて燃えあがっている村ではまるで昼間のように明るく、男が歪な笑みを浮かべていることも炎を纏っている右手とは反対の左手でこの村で暮らしていただろう男性の生首を掴んでいるのも、見えてしまった。
「…今度はちゃーんと狙ってやるからよ、精々頑張って避けてくれよ、なぁ?」
そう言うや否や、手を前に翳してファイア、と言った男の右手から火の玉が3発勢いよく放たれた。
「ーー聖者の盾!!」
地面に座り込んだまま惚けていた俺に火の玉があたると思った瞬間、庇うように飛び込んできた1人の少年が叫ぶ。
ーーードォン
何かと何かがぶつかった音をたて、砂が舞い踊り視界を塞ぐ。
数秒経った後に砂が晴れ、俺の前で両手を精一杯伸ばしながら薄い光の壁を保ち続ける少年ーシュラインが姿を現した。
「兄ちゃんっ!!」
「……っ無事か、ウォルガ」
息も絶え絶えに、前を見据えながら兄ちゃんは俺に声をかけた。そんな兄ちゃんの姿を見て男は感心しながら笑う。
「ギャハハッ、根性あるじゃねぇかお前。初級とはいえ魔族である俺様の魔法を防ごうとはぁなぁ」
「…………」
「おっ?何だ黙りかよぉ、褒めてやってんだぜ?その馬鹿さっぷりをなぁ!!!!」
「……ウォルガ、ムラカミさん。俺があの魔族を引きつける。その間に早く逃げてくれ」
「……なっ?!」
「……」
驚く俺と、ただ黙ってその光景を見ているムラカミさん。
「ムラカミさん、ウォルガを頼みます」
兄ちゃんは呼吸を整え、男から目線を外さずムラカミさんに言う。
「……シュライン君、君はどうするんだ」
この場では極めて静かなムラカミさんの声がやけに大きく聞こえた。
「俺は、魔族と闘おうとも勝とうとも思っていません。ただウォルガとムラカミさんが逃げる時間を稼ぐだけです」
「……そうか」
兄ちゃんの返事にムラカミさんが悲しそうな声で答える。
「ムラカミさん、これを」
ブンっと音をたてて少し離れたムラカミさんに兄ちゃんは何かを投げた。
ムラカミさんはそれをパシッと小気味のいい音を鳴らして受け取る。それは周りに控えめな銀の装飾が施してある茶色い筒に収まった一本の短剣だった。
「それは俺が今年の誕生日に帝都にいる父から送られてきたプレゼントです。いざとなったらそれでウォルガを守ってやってください」
「……いいのか?君の大切な物を俺に預けて」
「大丈夫です。ムラカミさん達が逃げおおせたと感じたら俺も逃げて合流します。必ず返して貰いますからそれまで預かってて下さい」
「……分かったよ、行こうウォルガ君」
短剣を渡されたムラカミさんは溜息をつき、俺に声をかけた。
「?!嫌だ!!兄ちゃんをこんな所に残して行けるか!!ムラカミさん離して、離せぇっ!!」
嫌がる俺をムラカミさんは引きずってでも森の中へ連れて行かせようとする。それに負けじまいと、さらに暴れた。
「ウォルガ」
「っ!!」
兄ちゃんに呼ばれ、俺は兄ちゃんを真っ直ぐ見つめる。
「俺は大丈夫だ。だからっ、行ってくれ…」
震える声で兄ちゃんは言った。
今だけは兄ちゃんの言葉を信じれない。俺は森の中へ走った。
「……あ〜話しは終わったか?わざわざ待っててやったのによぉ〜礼の一つもねぇのかぁ?」
「………ここから先は通さない」
ザリッとどちらとも分からない砂を踏みしめる音が聞こえた。
「良いねえ〜素晴らしき兄弟愛っ!兄は弟を守りぃ〜〜犬死にするっ!ギャハハハハッ!!」
男は左手に持っていた村人の生首を乱暴に打ち捨てる。
「血祭りにしてあげてやらぁ」
「…………」
こうして、シュライン=ヴィルナと魔族の男との闘いは始まった。
◆◆◆◆◆
「……はぁっはぁっ」
もうどれだけの間走ったのだろうか。
暗い森の中、細い一本の小道をムラカミさんと走る。
「…はぁっはぁっぁうわっ!」
「ウォルガ君!!」
俺は地面に倒れてしまった。ムラカミさんは直ぐに駆け寄ってきてくれる。
「ウォルガ君、大丈夫?」
「……あっ足が」
直撃しなかったとはいえ、確かに魔族の男の魔法は俺にあたっていたのだ。左足のふくらはぎの皮膚は爛れ、もうこれ以上走れないことは一目瞭然だった。
「ウォルガ君、走るのはもう止めよう?歩くのだけでもいいから…」
「まだ走れます!!走って逃げて…また兄ちゃんに会うんだ!!」
道さえ見えない夜の森の中、叫び声が響く。
俺を支えてくれているムラカミさんを押し退け、走り出そうとした時、俺に押されたムラカミさんの懐から兄ちゃんに渡された短剣が落ちた。
「……ぁ」
「……ウォルガ君?」
尻餅をついた状態のムラカミさんが俺を見上げる。
「……すみません、ムラカミさん」
やっと落ち着きを取り戻せた。ムラカミさんには迷惑ばかりをかけて、結局は自分のことしか考えていなかった。
(後で兄ちゃんに怒られちゃうな…)
地面に座っているムラカミさんを起こすのを手伝う。
「……ウォルガ君、ウォルガ君達のお父さんのこと教えて?」
ムラカミさんはずっと気になっていたであろうことを口にした。ムラカミさんはヴィルナ家でその家の主人を一回も目にしたことはないのだ。俺逹家族が敢えて避けている話題だということは予想がついている筈だ。
「……俺達の父さんは帝都で働いてるんです。数年に1回帰ってくる程度のことなので俺も数える程にしか会ったことありませんし、ムラカミさんが父さんと会えないのも仕方ないことですよ」
「…そうだったんだ」
再び2人の間に沈黙が落ち、俺はどうすれば良いのか分からなくなった。
「……とにかくっ!!行きましょうよムラカミさんっ!」
「そんな足の状態なのに?」
ムラカミさんにそう聞き返されてしまった。だけど諦めるわけにはいかない、兄ちゃんと合流した時にどやされないようにしないと。
「こんな足の状態だからですよ!!お願いですから行かせて下さい!!」
「……」
「……」
「…………はぁ、分かったよ。でも無理はしないでね」
「…!!ありがとごさいますムラカミさん!!」
ムラカミさんには呆れた様な溜息をつかれてしまったが、この人は基本優しい人だ。分かってくれて良かった。
「そうと決まれば早速…」
「ウォルガ君!!」
俺が立ち上がろうとした瞬間、焦るようなムラカミさんの叫び声が聞こえた。
「え……」
魔物でも出たのだろうか、咄嗟のことで俺はムラカミさんの方を振り向く。
瞬間、激痛。
「……ぅぁ」
「おっと」
ーードサ
数秒身体が左右に揺れ、平衡感覚が取れなくなり地面に倒れ伏した。
自分の身に何が起こったのか理解出来ない。ムラカミさんの方を振り返った途端、顔に激痛が走って目には何も写らなくなった。あまりの痛みに声をあげようと口を開くと、ヒュン、と風を切る音が鳴り素早く喉を何かで斬り裂かれた。何か声に出そうとしても、ヒュー、ヒュー、という乾いた風の音しか出ない。
「……先に目をやったのが間違いだったな、今度からは喉を先に潰そう」
俺は唯一残った聴覚だけを頼りにする。近くから聴き慣れた声が聞こえた。俺はひたすら状況を理解しようとするが、理解しようとすればするだけ混乱していった。
(……なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか)
「なかなか良い短剣だけどまさに護身用って感じがするな。」
ジャリ、ジャリと自分を襲ったであろう相手がこっちに向かって来るのが音で分かった。
俺が蹲っている場所のすぐ近くでムラカミさんが話す。
「ウォルガ君、悪いけど……邪魔だから消えて」
誤魔化す気がないストレートなムラカミさんの言葉に俺は戸惑う。
(……兄ちゃ)
「…バイバイ、ウォルガ君」
グチャ
振りかざされる短刀が刺さる直前、自分を逃がしてくれた兄のことを思い出して強制終了。
ウォルガは10年という短い生涯に幕を閉じた。
◆◆◆◆◆
「足手まといはいなくなったし、この短剣どうしようかな………町に行ったら売って金に変えればいいか」
俺は殺したウォルガに少しの興味も示さずに、短剣をしまいながらこれからのことを考える。夜ももう遅く魔物に遭遇したらたまったもんじゃないな、と思う。あと少ししたら森を越え隣町に出られるだろうと思い、死んでいるウォルガを放置して走り出した。
予想は当たっていたようで、数分ほど走っていたら遠くの方に家の明かりが点々と見えてくる。思わず頬を緩ませ、走りながらもウォルガの血で汚れてしまったマントの裾の部分を短剣で素早く切り、何事もなかったかの様に隣町に悠々と入った。事情も事情なので流石に今夜は路上で野宿か、と肩を落として近くにある路地を見つけその場に座る。余程疲れていたのか、座った途端に激しい眠気に襲われた。
(……とにかく、今は寝よう。明日のことは明日決めればいい)
ぼんやりとした思考の中でそう思い、眠りに落ちた。
◆◆◆◆◆
ズル、ズルと足を引き摺る鈍い音を立てて俺は夜の森を進む。ウォルガとムラカミさんが待っている、早く行かなくちゃ。
顔中が煤と血が混じり合った色に染まっていて目を開けるのも困難だ。ちゃんと見つけられるだろうか?まぁウォルガのことだから俺が逆に見つけられる側だろう。思わず口元が緩んだ。大丈夫、ムラカミさんもいるしきっと3人で生きていける筈だ。母さんだって最期に「貴方達なら大丈夫」と言ってくれたじゃないか。力を振り絞って前に、前にと確実に歩みを進める。
着ている物は唯の布切れと化し、至る所から血を流している。特に脇腹からの出血が酷いな…。
二人と合流したら手を貸してもらおう。そう思いながら森の小道を進んだ。
ズル、とおれは森の小道に倒れているものを見て立ち止まる。俺よりも何歳か年下であろう少年が両目と喉を何かで斬られ、倒れている。心臓のあたりから溢れる血が水溜りをつくっていた。
息は既にしていない。
「…ぅぁあ、ぁああぁ」
掠れて出てきたそれは小さいが、確かに叫び声だった。
俺は倒れている少年の亡骸を前に泣き崩れる。
(どうして、なんで…)
疑問が尽きることがない。何故こんなところにいるのだろうか、何故自分を呼んでくれないのだろうか。
俺はウォルガの亡骸を前にして、ただ泣くことしか出来なかった。