山の主を従える男
初め、魔物かと思った。
太く長く逞しい足に、短剣のような鍵爪。七色に輝く尾羽。雪の様な真白の羽、金色の嘴。そして燃える炎を連想させる立派な鶏冠。
「……えっと、どっちだろうこれ」
ダチョウに似たニワトリ。
そんな見た目の鳥が突然草むらから現れてこちらをじっと見ている。
襲い掛かってくる様子もなければ怯えた様子もなく、むしろこっちを観察しているようにも見える。
敵なのか何なのか分からず悩むオレの前方でカリアがその鳥をみて片手を上げた。
「久しぶり。帰ったってあいつに伝えるよ。チキン」
「!!!?」
チキン!!?
思わずカリアを見て、鳥を見る。聞き間違いじゃなければチキンとカリアは呼んだ。名前なのか、名前なのかそれ!!
知り合いならぬ知り鳥っつーかどんな名前ですか!?そのうち食べられるのこいつ!!
挨拶をしたカリアに向かってチキンと呼ばれた鳥が「コッコー」と一つ鳴き軽く足踏をすると、また茂みに消えていった。
「いやー、あいかわらず美味しそうだったわね」
「この分だとブタドンも美味しそうになるってるかもですねー」
キリコもアウソも何故か美味いものを前にしたときのような顔をしている。恐らく脳内には立派なチキンと豚丼のイメージが再生されているに違いない。
「…ブタドンはなんだろう。大豚ですか?」
「猪よ」
「猪ですか」
牡丹鍋の可能性もあったな。
てか誰が着けたこの名前。ザラキさんか?
「一つ訊ねますけど、アレ……チキンはザラキさんの使い魔かなんかですか?」
「んー、何て言うか、部下みたいな」
「子分じゃなかった?」
「ザラキはこの辺の山を管理していて、その山の主達を従えているだけよ。他にもいるよ」
山の主を従えるとか。ますますザラキのイメージがとんでもない人になっていく。
なんだか会うのが怖くなってきた。そして他の主も実にうまそうな名前がつけられているのだろう。例えばスキヤキとか。
「さて、そろそろチキンが着いてる頃だし、コッチ達も急ぐよ」
山の中にぽっかりと開けた土地があった。
そこには一軒の小屋が建ち、その前に仁王立ちで待ち構えている男がいた。傍らには先程の鳥、チキンがお座り状態で待機している。
「ザラキ!一年ぶりよ!」
「ああ、カリア。相変わらずのようだな。お前らも元気そうだな」
「もちろん元気よ」
「お久しぶりです!!」
ジャイアントクォーツのカリアとほぼ同身長な上に獣人並に鍛えられた褐色の体。そしてまるで虎の模様のようにあちらこちらに古傷が残っていた。
ザラキがくるりとこちらを向く。
「新入りか」
「はい、初めまして。ライハと申します」
「よろしくな。俺はザラキ・タダン・ヤマンヌシと言う」
威圧感凄いけど普通にいい人だ。
「これでも魔法使いだ。これまでの旅で負傷しているものがあったりしたら遠慮無く言え。治してやる」
「え」
魔法使いだと。
こんな狩人中の狩人みたいな人が魔法使いだと!?
「あはははは!!やっぱり可笑しいよね!久しぶりに見たわその『その成りで魔法使いだと!?』って顔!!」
「気持ちは分かるさ」
「アウソもこんな顔だったもんね!!」
「何年前の話しっすかキリコさん」
腹を抱えて笑う二人。
聞くと皆ザラキを見てから魔法使いだと明かすとこんな顔になるらしい。唯一ならなかったのがキリコくらい。キリコは臭いで分かるそうだ。
「いやあの、ザラキさんすいません。そんなつもりは」
「はっはっはっ!!いーって、つか俺がその顔みたくて故意にやってるからな!いやー、いつ見ても面白い!!」
わざとかよ!!
機嫌損ねたかと思って焦ったわ!!
にしても。
ちらりとカリアとザラキを見る。なんとも笑い方がそっくりだ。さすがは幼馴染み。
「さて、そろそろ雨が降ってくる。裏の小屋に馬を置いてこい。食事を用意してやる」
裏の小屋にアウソと一緒に馬を置いてくる。
カリアいわく馬具を外しても大丈夫とのこと。
どういうことかと思えば小屋と言っても結構広い。そして他の動物もたくさんいた。とても角が立派な山羊に羊、猪にも見える豚に普通の鶏。そして牛。
「馬はここ」
「うい」
そして馬のスペースも余裕があり、4頭入って寝転がっても余裕がある。
灰馬もお気に召したようで、立派な筋肉が付いた足を折り畳んで座り込み盛大に息を吐く。どんだけリラックスしてんだよ。
『あいつ今ようやく解放されたとか言ってやがる。ちょっといたずらしてきて良い?』
「ダメです」
そして猫が灰馬にちょっかいを出しに行こうとするのを止める。解放されたって、恐らくネコにだろうな。