脱出!
檻の仲間を助けようと思ったのにこれでは助けられない。
蜥蜴の横の(別のところに行く)通路にはギリギリ通れる隙間がある、一旦子供達を別の部屋に置いてから戦うか?
そーっと静かに移動していたのだが、イルナが小さくくしゃみをしてしまった。「ごめんなさい…」と小さく謝罪が聞こえたが、オレは今それどころではない。
動きの止まる蜥蜴。
固まるオレ。
ゆっくりとこちらを振り返り始めた蜥蜴を見て急いで元来た道をダッシュで戻る。
「ねこ!逃げるぞ!」
戦う気満々だった猫を呼びながら身体能力強化を発動する。
後ろから凄まじい音がする。チラ見すれば蜥蜴が口を開けて凄まじいスピードで追いかけてきていた。蜥蜴の癖になんだこいつ速い!!
ヤバイ追い付かれると思った瞬間、突然蜥蜴が体制を崩し、誰かが蜥蜴の背後から飛び上がるとのが見えた。その人は飛び上がった勢いを利用して蜥蜴の額に剣を突き刺す。
高く結い上げられた紺色の髪がさらりと揺れる。
倒れた蜥蜴から剣を引き抜いた人物がこちらを振り向き、オレは不本意ながら泣きそうになった。
「ライハ!!!」
ボインと、いや、ボフインッ!!とカリアの巨大な乳がオレにぶつかり撥ね飛ばされそうになったのを頭と背中の後ろに回された腕によって阻止された。女性にしては痛いほどの力で抱き締めら背骨が悲鳴をあげている。顔に押し付けられている胸のせいで呼吸が苦しいが、なんとなくその事は黙っていた。
「助けるのが遅くなって、すまなかった…」
「カリアさん…」
「生きていてくれて、本当にありがとう」
体を解放されるとジワジワとここでの記憶が甦ってきた。いつ死んでもおかしくはなかった。いや、本当ならもう死んでいたかもしれなかった。でも運良く生き延び、今ここでカリアと再会できた。
気が抜けたとでもいうのか、しばらくオレは涙が止まらず、それを隠してくれたカリアに感謝した。
「お兄さん目が真っ赤」
「あの人に苛められたの?」
「ケントが怒ってあげようか?」
「いや、嬉しくて泣いちゃっただけだから、大丈夫」
カリアに先導され通路を歩く。
子供達は死体の無いところまで行くと歩いてもらっているが、泣いてしまったオレを心配してちょいちょい話し掛けられる。今更ながらめちゃくちゃ恥ずかしい。
そして猫もこちらを気にしたようにチラチラ見ながら歩いている。そんな猫と子供達が可愛くて内心癒された。
「そういえばキリコさんは?アウソはどうしたんですか?」
「心配しなくても大丈夫。ちゃんと回収したよ、もちろん牢に入れられていた人達も」
「よかった」
ずっと気になっていた。オレのせいで酷い目に遭ってなかったかと。
あともう一つ気になっているのも訊いてみた。
「猫の首に付いてるの、なんですか?これ」
なんだか高価な輪が付いてる。オレが見たときには無かったものだ。
「リベルターを覚えてる?」
「覚えています」
不思議な雰囲気の女性。今になってあの人の助言をちゃんと聞いておけば良かったかなと思うが、ここに来なかったら獣人の皆とダン、そしてこの子供達にも会えなかったんだよなと思い、逆に良かったのだと思い直した。
「リベルターが貸してくれたんよ。多分何かの魔法具ね」
「なるほど」
確かに良く見てみるとキラキラした靄が猫に吸い込まれていっている。もしや猫が急成長を遂げた原因はコレなんじゃなかろうか。
檻部屋に着き、鍵を開けると中の人がビクビクしながら出てきた。数は少ないが、それでも同じ境遇の人達だ。
カリアが助けに来たと説明している間、オレはなんとも言えない気持ちで部屋を眺めていた。思い出すのはダンと話した思い出と、体に突き刺した時の手の感触。そして最後の言葉。
腕に残った枷の跡はいずれ消えるかもしれないが、ダンの言葉はこの先ずっと忘れないだろう。
「ライハ、行くよ」
腕の跡を擦りながらオレは部屋を出た。
ほんの一瞬だが、「頑張れよ」とダンの声がした気がした。
◇◇◇
久し振りに見た空は素晴らしい程に青かった。
そしてあまりの眩しさに目をやられた。
「目が痛いとか初めてなんですけど」
瞳孔が収縮する時ってこんなに痛かったっけ?今ならム⚫カの気持ちが分かるよ、オレも今『目がああああ!!!』って叫びそうになったから。
出たのは何処かの屋敷の敷地内で、色んな人達があちらこちらへと駆け回っている。
「ん?」
遠くの方で聞き覚えのある声がして見てみれば、自警隊に連行されていく金持ちの人達がいた。顔色は悪く、足取りも重い。
正直ざまあみろとか思ってしまった。
「マテラでは貴族でも逮捕されるんですね。オレてっきり揉み消されるのかと思いましたよ」
カリアが黙ってこちらを見て、連行されていく人達に視線を向ける。
「契約違反をしたからね」
「何のですか?」
「…奴隷と、決闘の条約違反」
そんなのに条約なんかあるんだ。
「奴隷…、条約?」
「奴隷は合法だけど、対価のない奴隷は違反よ。例えば家族のために身売りをする。自分は奴隷だが、家族には法で決められた金が残る。
罪人や悪人は法で裁かれ奴隷に落とされる。決められた年月をしっかり働けば解放されるが、人殺しは殺した家の奴隷として一生を過ごす。もちろん隷属の拘束具付きね。生かすも殺すも、その家族次第よ。
ただし子孫には影響はない、だから奴隷の子供は奴隷というのは違反」
奴隷にも色々あるんだな。
「今回のは誘拐して勝手に奴隷に落としたからよ。しかも人や合成獣との殺し合いも大罪。いつもは行方は分からず泣き寝入りだけど、今回は報復許可を国から取ったからね!」
笑うカリア。
それを横目で見ながら不思議と冷めた気持ちで連行されていく人達を見詰めた。
「ライハ!良かった!」
檻仲間が集まるテントへ行くと、キリコが嬉しそうな顔でやって来た。
ガバッと肩を掴まれると激しく頭を前後に振られ、そして強く抱き締められた。カリアと同じくオレの背骨が軽く悲鳴をあげている。
「ん?」
オレから体を離したキリコが不思議な顔をしながらオレの体を上から下までまじまじと見られた。さすがに水かけられただけじゃ色んな匂いが取れなかったか。そう思ったのだが、キリコの反応は違った。
「同族の匂いがする。あんたどっかで髪の赤いのと会わなかった?」
「え?」
しばらく考えて、何とかガラエーとこちらに向かって言った後さっさと逃亡した少女を思い出した。
「そういえば、女の子がいましたね。ガラエーと言った後すぐに逃げましたけど」
「ガラエーとか、気に入られたのね」
「?」
その時、突然体を掴まれ高く持ち上げられた。
ビックリして手足をばたつかせたが「ライハ!」と聞き覚えのある低い声に振り替えると、そこにはウレロとベルダーが狼と熊の顔を器用に笑顔にしていた。ちなみに持ち上げていたのはベルダー。
「良かった!!なっかなか帰ってこないから死んだものと思ってたぞ!!」
「グルルル、だから言ったろ無事だって!心配性なんだよウレロは」
「あ?オメーこそ探しに行こうって何度も脱走企ててその度にボコボコにされてたじゃねーか」
「お前っ、それは言わねー約束だろ!」
ガウガウと言い合う二人を眺めて元気そうで良かったなと思うと同時にそろそろ下ろして欲しいなと思ったライハであった。