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『ガラエー!』

 踏み込んだ足に伝わる衝撃、後ろに伸びる光景、そして拳がダンの体にめり込む感覚。

 苦し紛れに突き出したダンの短剣が空を凪ぎ、オレの拳がまたしてもダンの体にダメージを与えた。


「ガハッ!」


 足ががくりと崩れ転がったダンの首を掴んで引き摺ずり起こす。拳からの感覚から、恐らく肋がいくつか折れたのだろう。ヒューヒューと酷く音をさせて呼吸をしていた。


 ダンの短剣は二回目の攻撃時に衝撃で手を離れ、今は届かない所にある。それを確認し、改めてダンを見た。


 凄く悲しかった。

 こういう形で終わる現実が。


 手にしたオレの短剣が上の光を反射して煌めき、それを見たダンが、何故か小さく笑った。


「…ここで幕引きか。はじめ恨みっこ無しって言ったからな、ちゃんと受け止めるよ…」


「………すみません…」


 朦朧としながら口にする。

 オレの力が及ばなかったばかりに。


 体は言うことをきかず、気を緩めればすぐにでも短剣を振り下ろそうとしている。


 だが、ダンは目をまっすぐに見詰めたまま力強く言った。


「謝るな。その代わり、お前は此処から出て、人生を全うしてくれ」


 頷く。

 次の瞬間、オレの短剣はダンの左胸に深く突き刺さっていた。












 オレの目の前にいる檻には誰もいない。

 あれからオレは人を殺す事が増えた。


 何でもキメラから長く生き残れたやつらには生き残る為のチャンスをやるらしい。それはこの組織の殺し屋になる事。そうすれば人並みの生活が出来るようになると聞いた。


 真実かどうかは知らんが。


「もし、ダンさんが勝ってたらちゃんと出られたんですか?」


「さぁー、どうだったかな?あの猿は死んだからもうどうでも良いことだ。死んだ奴を気にしてどうなる?」


 こんな事を言うやつらだ。信用は出来ない。


 膝を抱えて考える。

 そういえばアウソは無事なんだろうかとか、カリア達は助けに来るのを諦めたのだろうとか。


 気を抜けば一気に悪い方向へと飛んでしまう。


「……いっそのこと、連行の時に暴れてしまった方が助かるかもしれない」


 今まで下手に抵抗するよりも従っていた方が犠牲が出ないんじゃないかと思っていたが、なんと言うか、どっちにしても変わらない気がしてきている。


 暴れて、鍵見付けて、アウソ達を解放して逃げる。幸いに死ににくくなっているし、毎日戦っているから囮にも突撃役にもなれるだろう。


 人を殺すのはまだ抵抗があるけど、()れないわけじゃない。ここは日本ではない、違う世界で奴隷がいる。己を守るために武器を振るう。そんな世界だ。


「まだ、舐めてたんだな」


 この世界を、命の価値を。


(次のに勝って、此処に戻る時。あの時に油断しているから、急所へ一撃。そして目を不要にして、それから──)


「おい、出番だ」


 ガチャリと檻の扉が開いた。

 いつもの奴。こいつの行動パターンは見てたから大体分かる。


 立ち上がりいつも通りに連れていかれる。


 幸いにもダンの時に魔法が使えるっていう事は

 バレてはいなかった。魔力も十分にあるし、最大スタンガンで気絶させて鍵を奪い取るのもありだろう。


(………対戦相手には申し訳ないけど、能力フル活用させてもらおう)


 いつもの場所で手錠に替え、短剣を受け取り広場へ出る。現在オレが長く生き残っているからか待たされる側だ。観客席を見ればいつもの声が聞こえる。姿はあいかわらず見えないが、声だけは覚えている。初めはただのゴロツキが面白がってこんな殺し合いさせているのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。


「あら、あの黒いのまだ居ましたの?見掛けによらず強いのね。あっちにしようかしら」

「いやいや、運があるだけですよ。でも今回は最近伸びてきている奴が相手だと聞きましたから、そちらも見てからでも遅くはないでしょう」

「そうなの?ではそうしようかしら」

「この前のお茶会であった娘がまた西の方から取り寄せた見事な首飾りを着けていて、まあなんと綺麗なのでしょうと思いまして」

「あなた様の着けておられる髪飾りこそ見事で、どちらで手に入れましたの?」

「なぁ、今回はどっちに賭けるか?」

「そうだな、じゃあこっちにしよう」


 ゴロツキがこんな口調な訳がない。ていうか、こんな喋り方していたら嫌だ。気持ち悪い。


 初めのキメラとの試合は確かにゴロツキばかりの口調だったが、ダンの試合辺りから客層が変わったように思える。殺し合いの試合を楽しむ金持ちとか、この世界は腐ってるな。


 いや、元々そう言うものなのかなと考え始めた辺りで反対側の扉が開いた。


 赤い髪の10歳程の少女。


 なんだか見覚えがあるなと思って記憶を探れば、此処に来る途中の檻にいた子だと思い出す。


(さすがに女の子やるのは忍びないっつーか…)


 だからと言って殺されてやるのは嫌だ。


「グレィヴァイン……」


「?」


 女の子がオレを指差し言葉のようなものを話始めた。


「ソキ ラシー グラガン。ヌケン?」


「え?ぬ、ヌケン?」


 今までに聞いたことのない言葉だ。

 会った人はみんな訛りが強くても共通語を話してくれてたから、こんなにも何を言っているのか分からないのは初めてでビックリした。


 唯一聞き取れた『ヌケン』を繰り返すと少女は少し嬉しそうな顔をして『ヴェドロ』と言う。だが、次の瞬間には悲しそうな顔をしてオレに向き直る。


「テオー ヌケン ジヴィ ィヨロ、 ケフ ゴロク。 タエー ラブ ケフジジャラ ヅーコン。 ガルエー ボツー ギトラ。 グオー ギウグン! デガ アシュレイ オラ!」


「お、おう」


 やべえ、何言っているのか全然わからん。

 適当に頷いていれば、少女は真剣な顔で短剣をこちらに向け良く通る声で言う。


「プイー ヤ ゼオガン!!」


 そして物凄いスピードで向かってきた。

 あれ、これもしかして怒らせた的な?


 短剣で受け流しつつ足を掛けて転がそうとしたら少女は軽く跳んでそれを回避、くるんと空中で回転して着地すると、まるでゴムボールのように加速して戻ってきた。


(あ、これやりにくいヤツだ)


 過去にこんな感じで弾む度に加速していく小型のマヌムンと戦ったのを思い出す。

 あの時はただ必死にマヌムンの牙が当たらないように避けたり剣で弾いて逸らしたりしていたが、少女の場合はそうはいかない。

 確実に急所を突くためのフェイントや誘導を仕掛けてくる。


 強い。


 ダンも強かったが、それよりも戦いに慣れ、体という的が小さいために当たりにくい。


「ヤア!」


 目の前で少女が空中で回転し、短剣を持った腕ごと蹴り飛ばす。ビリビリとした衝撃が腕を襲い、力が抜けた手から短剣がスッポ抜けて飛んでいった。


「やば!…うわ!!」


 着地してすぐさま短剣を構えて飛んできた少女が目前に迫っていて、首を狙っているのが分かり咄嗟に腕でガードをした。








『ギュアアアアアアアアア!!!!!』








 部屋全体に響き渡る獣の咆哮。

 次の瞬間、壁が外側から何者かに破壊された。


 観客席は阿鼻叫喚の大騒ぎで、飛んできた瓦礫が人や柵に大量に降り注いでいた。


「!」


 目の前を赤い風が横切る。


 少女は構えていた短剣を使うことなく地面に着地し、破壊された壁と柵を見ていた。


 のそりと棘の付いた鎧のような体をくねらせて壁を破壊した何かは去っていき、残されたのは無惨に押し潰された人と瓦礫によって破壊され、穴が開いた歪んだ柵。


「……出られる、のか?」


「ホ モー。

 ギウドウ ルズン、ケフ チガ ケク」


 破壊された壁を見ていた少女がこちらを向く。


「ラブ ウバ チガ?

 ガショラ ヤドラ、ラブ ジザン ラケーン、 ケフ ヴェドロ ギーキーン」


「?」


 嬉しそうな顔で話しているから、恐らく逃げられるやったぜ!みたいなことを話しているんだと思う。多分。


 少女は短剣を外向きに持ち直し、左胸に拳を添えて刃を下向きにする。そして両足を揃える。


「キドラ ガリヴァラ ガラエー!」


 そして少女は跳ねるようにして駆けていき、へし曲がって広場に倒れ込んできた塀を駆け上がり、壊れた壁の穴から逃げていった。


 逃げ足はえーなおい。


「あ、じゃなかった。オレも逃げよう」


 オレも柵をよじ登り観客席に到達すると倒れた人を見付けた。高そうな服、でっぷりと肥えた体が瓦礫によって無惨なことになっている。


「やっぱり貴族系だったか。まぁいいや。さて鍵を探してみんなを逃がさないと」


 もしさっきの棘のがアウソ達の所で暴れてたら大変だ。




 にゃー。





「ねこ?」


 聞き慣れた声が聞こえた気がして顔をあげると、もう一度穴の向こうから『ニャー』と聞こえた。


 そして、黒い影がこちらに向かって走ってくるのが見えて、嬉しさの余り両手を広げてお出迎えポーズ。


「ネコ──!!!おいで!!」


「ニャー!!」


 ドドドドと足音をさせて猫がやって来たとき、オレはちょっと困惑した。あれ、なんかでかくない?


 いや、だいぶでかくない?


 体長一メートル程の黒い猫がオレにタックルをかましてきた。


「ぐっふう!!」


 ズシンと20キロのお米を投げられたのを受け止めた時のような衝撃が全身を襲う。


「ゴロゴロゴロゴロゴロ…」


 そして猫はオレに抱き止められた状態で首の後ろに両前足を回すと喉を鳴らしながら頭を体に擦り付けてきた。


 ああ、だいぶでかくなったが、オレの猫だ。

 そしてめっちゃデレてる、嬉しい。



「ということは、カリアさん達が来てくれたのか!」


 ようやく助けに来てくれたことに気付き、オレは猫を抱いたまま急いで穴をくぐって廊下に出ると、手錠を付け替える部屋へと急いだ。

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