古主の帰還 32
白色に光輝く巨大な葉っぱのトンネルをくぐれば、突然空が開けた。
「……すげぇ……」
視界いっぱいにラメを散らしたような星空が広がっている。
どうやら、今は夜だったらしい。
圧倒される光景に思わず見入っていれば、少し遅れていたラビも到着し、同じような声を上げた。
「…星空か?それにしても星の数が多すぎないか?」
「だね」
2倍どころか、3倍くらいには多い。
もしかして葉っぱが邪魔で見えなかったのか?
「それに、気のせいかもしれないが空気が薄い気がするんだが…」
「……言われてみれば確かに?」
通常の人の身ではない二人が首を傾ける。
魔力さえあれば、だいたいの環境下でもある程度活動できる自分たちだから「あれ?空気薄くね?」ってなるけれど、普通の人間だったら意識を失っているかもしれないほどの空気量だった。
あれ?もしかして、これを見越して頼んだのか?
何処まで読んでいたのかわからないルキオ王に、オレはちょっとだけ怖くなった。
「……た」
『ラクー?』
ラクーが空を見上げ、何かを呟いた。
ネコがどうしたのかと名前を呼ぶ。
「……思い出した。わたしは、知っている。此処を、この景色を」
話し方が、子供らしくない“前”のものへと戻っていた。
ラクーがこちらを見る。
その瞬間に悟った。
もうラクーは本来の姿に戻るのだと。
瞳は黄金に輝き、瞳孔が人のものではない形に変化していた。
「思い出せたのか。良かったな、ラクー」
瞳を潤ませるラクーは、手で目を拭うと深呼吸した。
気配が徐々に変わっていく。
ラクーはオレ達から少しだけ距離を取る。
そして三人それぞれと目を合わせた。
「ライハ、ネコ、ラビ。わたしを此処まで送り届けてくれてありがとう。きっと、娘も喜んでいるだろう」
「うん。そう思う」
ラクーが胸に手を当てて目を閉じた。
「素晴らしい旅だった。きっと、わたしはこの旅を生涯忘れない」
そう言ってラクーは目を開け、腕に着けていた腕輪を抜き、自分の小指に引っ掛けた。
ネコの方から鼻を啜る音が聞こえる。
「ありがとう。三人とも。
これからの人生に幸多いことを祈る」
ラクーが最後にオレを見る。
「ライハ、……」
「ん?」
何かを言い掛けたラクーは、首を横に振った。
「いや、なんでもなーい」
にへ、とラクーが笑う。子供の笑みで。
一体なんなんだ?と思った時、フォーーーーンと、遠くから聞き覚えのある音が響いた。
それを皮切りにあちこちから音が鳴り響く。
ラクーには、仲間がいたのか。
『声がたくさんだね』
「なに言ってるのか分かるか?」
ラビに訊ねられてネコが耳を澄ませた。
『んー。姿が見えた?』
「なんだそりゃ」
もしかして、ラクー達には“帰ってくる”という概念がないのか。
「もう行かないと」
またラクーがオレ達から距離を取る。
次の瞬間、ラクーから大量の魔力、いや、似ているが魔力とは違う力が溢れてきた。
これで、もうサヨナラなのか。
「ラクー、元気でな」
「うん。皆も元気で!」
ラクーの姿がざわつく。
髪色は白銀へ、耳は長く、体躯は肥大し、みるみる内に姿が変わっていく。
それはまるでリスのような、ウサギのような、不思議な、しかし神々しい姿の獣だった。
毛先だけがまるで花のようにピンク色で、可愛らさが残っている。
「これが、本来の姿。ラ・クーの姿か」
遠くを見つめ、ラクーは歩き始めた。
ラクーの視線の先にはラクーそっくりの獣達がこちらを見ている。
家族だろうか、仲間だろうか。
とにかく、ラクーはその群れへと向かって歩いていった。
足取りは軽く、楽しげだ。
キューンと、甲高い音を発して、ラクーと群れが合流した。
やっと、ラクーが本来の居るべきところに帰れたのだ。
群れはどんどん遠ざかり、やがて見えなくなった。
「これで、依頼は完了だな」
「ああ。そうだな」
『……』
ふと、足元を見ればネコが寂しそうにしていた。
ずっと一緒だったからな。
そんなネコの頭を撫でてやった。
『うわっ!わっ!なに!?』
「かーえーるーぞー。ほら、しゃんとしろ。帰るまでが“仕事”だぞ」
『そうだった』
ネコはもう一度だけラクーが去った所を見てから、オレの肩へと飛び乗ってきた。
「さっきの道を戻るのか?」
「いやいや、もう戻れないよ。戻ったとしてもローデアの寒さと雪で凍結されちゃう」
「……確かにそうだな。じゃあ、どうするんだ?ニックでも使うのか?」
「いや。帰るのに絶好の場所がある。こっち、着いてきて」
葉っぱの上を歩いていく。
歩いている間、ラビは時折胸を押さえていた。
戻ったらそのまま魔石の調整するか。
タイミングも良いし。
空が白んでくる。
朝が来るらしい。
ふああ、とラビが欠伸をした。
心なしか顔色も悪く、足元も少しふらついている。
「大丈夫か?」
「……、なんだか凄く眠い…」
それを聞いてネコが首を傾げた。
『そう?』
「魔力が薄くなってるからかな。ネコはオレと繋がってるけど、ラビは違うし」
『ああ、そっか』
目を切り替えて魔力の流れを追うと、地上から吸い上げられた魔力は葉っぱに集まって、そこから下の海へと雫となって落ちているみたいだ。
これだとラビの心臓の魔石で濾過して自分の魔力に還元できない。今は自分が生み出した魔力を消費しているのだが、ただでさえラビの体は造り物だから、普通に生きているだけでかなりの魔力を消費する。
このままだと持たないな。
「ラビ、手を貸せ」
眠そうなラビが差し出した手を握って魔力を流す。
するとラビの顔色が良くなった。
そこで魔力が足りなくなっていることにラビが気付いたらしい。
「すまん、助かった」
「戻ったら調整だな」
「げぇー…」
『がんばれー!』
応援するネコを羨ましそうにラビが見ている。
同じオレ由来の魔力だけど、ネコは調整がいらないからだろう。
すまんな、さすがにラビの魔力も負担するのはちょっときつい。
そんな感じで進んでいけば、ようやく目的の場所へと到着した。
「ついた。ここだ」
眼前に広がるのは穴だった。
その穴を見て、ネコとラビが同時にこちらを向いた。
『これ、あれじゃん』
「まさかお前」
早速気付いてくれたようだ。
「ここからの方が早いし直通だろ?」
そう、ここはラ・クーが下へと落ちた穴だ。
下を覗き見れば、水面越しに真っ白になっているウォルタリカとリューセ山脈の一部が見える。
「いや、そうだが…、着地どうすんだよ?」
『ネコもうクタクタだよ???』
ネコが限界を訴える。
「心配ご無用!そこはオレに案がある!」
『……人形なのに?』
「……人形なのにか??」
二人から注がれる疑いの目。
失礼な、オレが何の案もなく此処まで来たと思っているのだろうか。
「オレの事信じろって、な?」
『……』
「……」
二人は互いに視線を交わす。
『嘘だったら咬むから』
「俺は殴る」
「はいはいはい」
ラビがオレの腕を掴み、ネコは尻尾を胴に絡めた。
「んじゃ、行きますか」
そう言って、オレ達は穴へと身を踊らせた。
水面に衝突したような衝撃が体を突き抜け、一気に視界が広がる。
ボボボボと風が耳元で鳴っているのを感じながら、オレは眼下に広がる光景を目に焼き付けた。
さて、ここで人形の役目は終わりだ…。
目を瞑る。
来い、オリジナル!!
◼️◼️
ぐん、と突然ライハの体が後ろへと引かれたのを感じて、ラビはライハの方へと目をやった。
「どうだった?結構面白かったんじゃない?」
「お前──、ライハか」
「正解」
服装はそのままに、いつものライハへと入れ替わっていた。
案とは、これの事か。
確かにライハなら、心配無用だ。
『なーんだ。じゃあネコは休憩してよーっと』
「おう、後は任せとけ」
ネコは安心したのか完全にライハに丸投げモードに入って眠り始めた。
ネコの頭を撫でたライハが再度訊いてくる。
「で?さっきの返答は?」
ラビは口許に笑みを浮かべた。
「ああ、悪くなかった。いや、最高だったな」
思い出すのは数々の思い出、ラクーと過ごした日々、そして視界いっぱいに広がる星空に、ラ・クーの本当の姿。
きっと、俺は誰よりも恵まれた人間だな。
そう、ラビは思う。
「誘ってくれてありがとうな、ライハ」
ふふん、と、ライハが得意気に笑う。
ライハを中心にエアフロートゥの魔法で発生させられた風が巻き付いていく。
「ああ。これからもよろしくな、ラビ」
「勿論だ」
外伝 古主の帰還 終
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これは外伝ではありますが、同時に遥か未来の本編でもあります。
インテグレートを書いている時、その内書きたいなー、と思っていた話なので、外伝としてではありますが書けて良かったです。
さて、一応ここでインテグレートは終わりまして、その他の外伝や、この世界に関連した話はシリーズものとして綴っていきたいと思います。
最後まで、主人公、アマツ・ライハの物語に付き合っていただき
誠にありがとうございました。