古主の帰還 23
霧に紛れてネコが走る。雪上に残る足跡は風精と氷精が隠してくれている。
霧の範囲は5キロを指定した。
このくらいならば容易に追ってこられまいと判断したからだ。
それに、すぐにまた吹雪になる。
『ねぇ、さっきの…』
「まって、先にラクーに訊ねたいことがある」
オレの前で小さくなっているラクーに話し掛ける。
「さっきのは、ラクーなのか?」
え、と二人が声を漏らした。
ラクーはオレを見上げると、「うん」と肯定した。
それに二人は驚いていた。予想だにしてなかったからだろう。
オレは何となく“そうだろう”とは思ってはいたけれど、それでも少し驚いていた。
「だって、みんながケガするのイヤだったし。ライハ以外はラクーの子供でしょ?なら、子供は母の言うことを聞いてくれると思ったから」
「…………」
今、何故ルキオ王がラクーを空へと帰したい理由を理解した。
ラ・クーの長年の夢だった。
確かにそれもあるのだろう。
だけど、きっとルキオ王はラクーのこの力を知っていたのだろう。
何せルキオ王、ティンカン・クーシュアこそ、この世界で唯一最後のラ・クーの子供なのだから。
「……子供…、…なるほどな。これは凄い……いや、とても危険な能力だな…」
ラビが眉間に皺を寄せていた。
最強の能力である一方、悪用されれば手が出せなくなる最悪の能力だ。
『…えーと、つまりは、ラクーがお願いしたらみんな言うことを聞いてしまうってこと?』
「厳密に言えば少し違う」
ラビがネコに説明をした。
「みんなというのは間違いだ。何せあの時、ライハだけ“何もなかった”からな」
『ああ、そういえば。でもなんで?』
理由は明白だ。
「そりゃ、ライハはラクーとの繋がりが一切無いからな。この世界で生きている生物の殆どはラ・クーから生まれた。それは知ってるな?13柱の祖獣、正真正銘のラ・クーの子供から枝分かれして今の俺達に繋がっている」
「うん。知ってる。……あ」
ようやくネコも気が付いたようだ。
「オレだけこの世界で生まれてないしな。混ざってはいるけれど、結局それだって魔界からのモノが混ざってるだけ。未だに繋がりはない。…………だからオレだったのか」
「なにがだ?」
「いや、任せられるものはいくらでも居たろうに、何でオレだったんだろうとずっと疑問だったんだ」
そりゃ、ルキオ王とほぼ対等な存在で、さらに言えば世界の管理を任された管理人だとしても、ルキオ王との関係はそこまでではなかった。
大体がアウソを通しての交流だったし、ラクーを敬う感覚がこの世界の住人に比べて薄いのに大丈夫だろうかと心配していたのだが。
「何か有事があったとしても、オレだけが自由に動けると見て選んだのか」
それなら、オレだというのに説明がつく。
「ルキオ王は聡明な方だな」
「ああ、本当にそう思うよ」
「ところで」と、ラビが切り出した。
「買うはずだった食糧、どうする?」
「……」
マーリンに貰った暖房の魔法陣で雪が溶けない範囲で発動させていたオレは、ラビの言葉で思い出した。
そうだ。
買ってない。
「………………まぁ、よく考えたらオレ断食できるし、三人で分けたら持つよ。最悪ニック使う」
「……お前がそれで良いならそうするけど」
「え」
ラクーが悲しそうな顔でこちらを見上げてきた。
「ライハ食べられないの?」
「………………」
「……………………」
ラビに目配せした。
「(その最悪とやらを使え。使えるものは使わなきゃだろ?)」
「(お前ニックにも容赦なくなってきたな)」
「(ラクーの最後の旅を悲しくさせてどうする)」
「(それはそうだけど)」
こそこそとそんな会話をしていると、急にネコが立ち止まった。
「どうした?」
『断食しなくても良いみたいだよ?』
言うやネコが尻尾を勢いよく雪に突き刺し、引き抜いた。
その尻尾にはこの時期冬眠しているはずの鰐顎熊が絡め捕られてもがいていた。
「やっぱり持つべきものはネコだな」
「だな」
珍しくラビに全面同意されたのだった。