古主の帰還 9
お子さまランチを食べるラクーをオレは微笑ましく眺めた。
やはり子供にはお子さまランチが良く似合う。
ちなみにテレンシオ(ネコ)もお子さまランチだが、そこはまぁネコなので良しとする。
お子さまランチのメニューはハンバーガーにポテトサラダにキャベツネ(プチトマトほどのキャベツ)のソテーにチェリーパイ。お子さまランチらしくハンバーガーには小さい旗が付いていた。
その旗をラクーが指差して興奮気味に見せてくる。
「わあ!みてこれ、かわいいの付いてる」
可愛いものを見て喜ぶラクー。
癒される。
オレが軽食セット(トースト二枚+ハム+スクランブルエッグ+コーヒー)のトーストを齧る。
うん。美味しい。
「そういや、これいつの間にか付くようになったな」
小さな旗を見てラビがそんなことを言う。
「誰だろうなこれ、お洒落だな」
「……」
オレである。
タナカ工業での研究や実験で訪れていた際に、何とはなしにこんな感じの小さな旗を挿したランチがありましてねと休憩中に話したところ、会社の食堂が採用。
そこに訪れていた取引先のお偉いさんがなんだこれはと食い付いてあっという間に広まったのだ。
今では大人の食べるランチでも、「スクウィー フルアグ プレァセ(小人の旗を下さい)」の一言添えれば旗が付いてくる。
現に今軽く見回せば8割は旗が付いてる。
大人気である。
しかもこの旗は柄が選ぶことができて、ラクーのハンバーガーに付いているのはウサギのマーク。ネコは黒猫だ。
それを手にとってラクーとネコが小さく振り合って笑ってた。
楽しそうだ。
「美味しいか?」
「うん!」
『美味しいよ!』
無我夢中で二人はご飯を頬張り、あっという間にプレートが空になった。
「ご飯も食べたしそろそろデザートにしよう。なに食べたい?」「これ!」
ラクーが指差したのはサーザルメロン(サーザ国産メロン)のパフェだった。
そこそこのお値段だが、まぁ、どうせルキオ王のお小遣いから出るんだ。問題なし。
ちなみに汽車代はオレも半分出してる。
あちこち見て回る事を視野にいれ、一年間無料パス的なものを購入したものだから、結構した。
しばらくは節約しないといけないな。それか、副業か。
「さてと」
席を立つ。
「トイレか?」
「いや、ラクーがおやつ食べている内に車取ってこようと思って」
食べ終わってすぐに長い時間また歩くのは嫌だろう。
それにラビが大賛成。
「それは名案だ。行ってこい、隊長」
「りょーかい、副隊長」
鞄を背負うと、ラクーが不安そうに見上げてきた。
「すぐ戻ってくる?」
「ラクーがおやつ食べ終わるくらいには戻ってくるよ」
「……わかった。待ってるね」
そういえば、オレだけが離れるのは始めてだったか。
大丈夫だよとラクーの頭を撫でてやったら、きゃあきゃあと喜んだ。
「早く戻ってこいよ」
『こいよー』
「うん。じゃ、二人ともよろしくね」
ラビにお代を渡してオレは店を出たのだった。
駅に向かって歩く。
さて、とオレが周りを見渡すと普通に刺客がこちらを見ていた。
少し距離がある建物の屋根だ。
光彩魔法を使っているけれど、ラビに比べて粗い。
反対側も同じく。
「こっちも掃除しておかないとなぁー。邪魔だし」
とはいえ今は人形。
オリジナルのように視線反射で転移して魔界に拉致…、んんっ、観光させてやることも出来ない。
とはいえ、奴らをこのまま野放しにしておくこともするわけがない。
ラクーの事を覚えていられるのは厄介だし。
「……久しぶりに手伝ってもらうか」
ポケットからスマホを取り出し、耳に当てた。
ん?と男は慌てて双眼鏡の位置を元に戻した。
ターゲットの姿を見失ってしまった
屋根の上から見下ろす形で監視をしていたのだけれど、ターゲットが前方の死角に入ったとたん何処に行ったのか分からなくなってしまったのだ。
「どうした?」
先輩が訊ねてくる。
「それが、奴を見失いまして…」
「はぁー?ったく追うこともできねぇのかよ」
「すいません…」
先輩が「使えねぇな」と悪態を付きながら、別の方向から監視をしていた仲間に連絡を入れた。
手元にある魔道具にはキチンと魔王の魔力反応があるから近くに居るはずなのだ。
姿が変わっていたが、資料によると魔王は高度の変身魔法が使え、時折姿を変えて活動しているらしい。
今回もそれだろうと監視をしながら隙を伺っていると、今回はなんと小さな子供を連れていた。
娘だろうか。
いや、魔王に娘がいるという情報はない。
今後の作戦に活かせるかを見極めるために子供と、途中で合流してきた男の監視もしているのだが。
まさかここで見失うとは。
「はぁ??? ちっ!わかった!奴は後回しだ。お前らは子供を狙え。こっちは襲撃に備える」
先輩が苛つきながら通信を切った。
「どうしたんですか?」
「奴に感付かれた。ほとんど同じタイミングで奴を見失ってる。と言うことは、来るぞ!すぐに結界を張れるように準備しておけ!」
「は、はい!」
心拍数が上がっていくのを感じる。
資料によれば、魔王に目を付けられたら即座に消されるって話だ。
だけど最近は手を出せば対応してくるという話だったのに、なぜ今回見てただけなのに目を──
「こんにちは、君たちで最後かな?」
すぐ隣から声がした。
「!!!!!」
喉が引きつる。
何故?
音も予兆も無かった。
それなのに、何故奴が隣に立っているんだ。
あまりの恐怖で体が動かない。
どさりと、後ろで何かが倒れる音がした。
思い当たる音の主に呼吸が荒くなった。
攻撃された?いつ??
結界魔法を使う暇もなかった。
「うーん、やっぱり違うなぁ…」
するりと手の双眼鏡が引き抜かれた。
その際、視界の端で奴の体からは音もなく電撃の残り火が迸っていたのが見えた。
電撃は、魔王の得意属性だ。
記録されている中でも世界最速、最強の魔法だ。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
呼吸が苦しい。
いやだ。殺されたくない。
魔王は縁にしゃがみこんで、こちらの顔を覗き込んできた。
一見、ただの黒髪の青年だった。
だけど、特徴的な獣の赤い眼がこの青年が間違いなく魔王であると示していた。
「んー、胸元のそれは勇者信仰の方かな?
悪いねぇ、さすがのオレもさ見られたく無いものってあるからさ」
「こ……ころ……さっ……」
うまく口が動かない。助けてくれ!
「いやいや、殺さないよ。殺さないけどさ、ちょっとしばらくは視界に入らないで貰えないかな?」
「ア」
魔王の手が頭を鷲掴み、バチュンと、まるでスイッチを切られたかのように意識が飛んだ。