古主の帰還 4
メークストレイス国、王都ホールン。
駅にて一人の男がベンチに座り腕時計を眺めていた。
時刻は朝の七時を指し、そろそろ来るはずだと辺りを見回した。
大体なんで駅なんだ。
あいつのことだから馬か、車移動かと思っていたのだが。
「!」
人混みの中に何やら見覚えのあるものを見つけ、ラビはそこを凝視した。
見覚えのある髪色の男が何かを探しているように動いている。
くるんと方向を変えるとこちらと目があった。
男は人混みから出てくると、片手をあげて挨拶をする。
「よ!三日ぶり!」
「ああ」
ライハだった。しかし何故か20代前半の、ちょうど一緒に旅をしていた頃の容姿をしていた。
変装の為なのか。
確かにこの姿を知っているものの方が少ないが。
「ん?」
そのライハと手を繋いでいる者がいる。
黒髪の少女だった。
クリクリとした目がまっすぐにラビを見上げている。目の色はオレンジがかった赤。パッと見すればライハとは兄妹のようにも見える。
その少女の腕には黒猫が抱えられていた。
「ネコ」
『ひさしぶりー。ネコも同行させて貰うよ』
ネコも一緒ならば何かあった時の安心感は高い。これは悠々自適な旅になりそうだな。
まずは挨拶だ。女の子に笑みを向けた。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
挨拶をすればしっかり返してくれる。偉い子だ。
しかし誰なんだろうか。ライハに娘がいるとは聞いたことはないし。
いや、それよりもまず聞きたいことがある。
「なぁ、ライハ。お前、オリジナル?」
ライハは一瞬キョトンとした後、笑みを浮かべた。
「一応そうだけど、城に残しているコピーに力の半分を与えているから、本来の力が出せないので補佐よろしく」
一応ねぇ。
「ネコは?」
『オリジナルだよ!人形のがいい?』
「メンドイからそれでいい。それで、えーと」
少女を見やる。
するとライハは少女の頭に手を乗せて撫でた。
「この子は、ラクーだ。この前言ったろ?」
「ラクー!?いや、まて流石に無理が…!!」
「しーっ!声でかいって。…まぁ、詳しい話しは後で。まずは乗車しよう」
そう言ってライハは人数分の切符を取り出した。
◼️◼️◼️
奮発して買った切符は個室だ。
ネコの首に使い魔の印を下げて、扉を開ける。
向かい合うように配置された長椅子と、大きめの窓。
これならしばらくは快適な電車ライフを満喫できそうだ。
「やっぱ王様は金の使い方が凄いな」
「いやいや流石に今回は特別だよ。いつもはニックを使うもん」
「アイツも忙しいだろうに」
「勿論対価は支払ってるよ。後が怖いし」
「確かになぁ」
荷物を置き、椅子に座る。
テテテとネコを縫いぐるみのように抱いているラクーがオレを見上げる。
「ラクーは窓際だろ?」
「ん」
ラクーを抱き上げて窓際に座らせたら、ラビにガン見された。
なんだろう。そんなに見られる様なことをしたつもりはないんだけど。
「……」
ガン見しながらラビは向かい側に座った。
無言で見られるのって、気まずいな。
汽笛が鳴り、汽車が発車した。
景色がみるみる変わっていく。
ホールンの街並みから、壁を抜けると一変、何処までも続く畑が広がる。
最近のメークストレイスは農業が盛んだ。きっと今年も豊作にちがいない。
緑一色の景色をラクーがネコと一緒に楽しそうに見ているのを眺めていると、突然ラビが「なぁ」と話し掛けてきた。
「なに?」
「お前、オリジナルとか言ってたけどコピーだろ」
「バレたか」
流石にラビにはバレてしまったようだ。
結構うまくできたと思ったのに、まさか一時間も経たずにバレるとは思わなかった。
「なんでバレないと思った?」
「結構オリジナルに見えるように作った自信作だったから。なんでバレたの?」
「そりゃあお前の魔力の流れ方がいつもと違ったからな。何年付き合ってると思ってる」
「そっかぁ、さすがにオレのこと知ってる人が見れば分かるかぁー」
『あららー。駄目だったか』
「残念だね、ネコ」
『ねー』
ようやくラクーの腕から抜け出したネコが椅子の上で伸びをする。
ラクーはまだ景色に夢中で、こちらの声すら聞こえてないようだった。
「ちなみに知らない人にはバレなさそう?」
一応聞いてみた。
これで否定されたら結構ショックだ。
「多分な」
「そうか、良かった。参考にするわ」
ポケットからメモ帳を取り出して、ラビからの指摘を記入した。
きっと次のはもっと上手くできる気がする。
「ところで」と、ラビが腕を組んだ状態でラクーを指差した。
「そこの子の詳細説明がまだなんだが。まさかそのままな訳じゃないよな」
「もちろん」
自分の事だろうかと、少女は窓から視線を離してラビを見つめた。
見れば見るほど普通の子供にしか見えないが、それはとんだ間違いだ。
「この子が例のか」
ラビがそう言う。
「そう。一応名前がラクー・ズーシュアって付けられている。さすがにルキオ以外でこの名称に反応する人はいないだろうから大丈夫だと思う」
「だと良いがな。で?他にも何かあるんだろ?じゃなかったらお前一人で片が付くはずだ」
「んー、そう大したことじゃないんだよ。大雑把にいって二つくらいだけど」
オレは指折りルキオ王に依頼された内容を話す。
「まずはこの子を世界の果てへと帰す。そして、ルキオ王が、折角甦ったのだから短い期間でも世界をみせてくれ、と頼まれた。記憶がなくても、貴女が生んだ世界だと教えてあげたいんだと」
「なるほど。だから汽車か。だけど、それだけだと俺が必要な理由はなくないか?」
「いやいや。理由は大有りだよ。だって──」
自分の顔を指差した。
「オレは裏で指名手配されてるから、何かあった用で、ね?」
王様と言えど、魔王だ。
いまだに指名手配はされていて、刺客が定期的にやってくる。
きちんと対処はしているものの、バカというものは必ず沸いて出てくるものだ。
そう答えると、ラビに呆れ返られた。
なんでルキオの王様はこんなやつをお供として付けたのか、と、思っていそうな顔だった。