古主の帰還 1
ドルイプチェ国、首都ベルンデンの街中をとある男が歩いていく。
歩く度に揺れる髪色は濃いめの桃色で、その髪色に良く似合う整った顔立ちをした青年だった。
季節は秋。ドルイプチェは急激に冷え込む季節だ。
早めに日が傾いて街が赤く染められるのを眺めながら、青年は独り言を呟いた。
「あいつがこんな時間に呼び出すなんて珍しいな…」
いつもなら日が暮れてからが定番であるがゆえに、何かあったのだろうかと不安になる。
だが、恐らく下らないことなのだろうなと、目的の喫茶店の前で足を止めた。
青年はもう一度腕時計を確認し、ドアノブに手を掛けてゆっくりと開いた。
カランカランと扉に付いている鈴が軽快な音を鳴らして来客を告げる。
その音を聞いて、扉へと目を向けると、ちょうどラビが入ってこようとしていた。
外は結構な冷え込みようで、寒い寒いとぼやいているのが聞こえた。
「ラビ!ここだここ!」
「ライハ。もういたのか」
手を振ってここに来いとカウンターに手招きすると、ラビはマフラーを取りながらやってくる。そして隣に座ると、ラビはマスターにコーヒーを一つ注文をした。
「こんな時間帯に呼ぶから何事かと思ったが、ただ呼んだだけか?」
「多忙なオレにそんな余裕あると思う?」
「だよな。今日はテレンシオは居ないのか?」
ラビがオレの後ろの席を見るが、そこは空席だ。
ラビの言うテレンシオとはネコのことだ。身内内ではネコと呼ぶが、外で会う時は一応人名で呼ぶようにしている。
お店なんかではネコのまま入ることが出来ない。よって人間の姿になってもらっているからだ。
ラビの質問にオレは首を横に振った。
「今日はいない。オレの代わりに仕事してもらってる」
「あいつも忙しいな」
「役職多いしな。でも仕方ないだろ?」
「確かにそうだ」
ことりとラビの前にコーヒーが置かれた。
ホコホコと湯気立っているそれを息を吹き掛けて冷ましながらラビが一口飲む。
同じようにしてコーヒーを飲み、ぼやいた。
「あれから1000年も経っているのになんで仕事は減らないんだろうな」
「何年経とうが仕事っつーのは減らないもんだ」
ラビにそう言われて、ため息を吐きながら「そりゃそうだ」と納得した。
そういえば。
ラビに気になっていることを訊ねた。
「ところで魔宝石の調子はどう?そろそろ修復の時期だと思うけど」
ラビは胸に手を当てる。
「んー、あと一年はいける。と、思う」
返事が曖昧だ。さてはそろそろ限界だな。
「この前みたいに我慢してると、修復の時に激痛だぞ」
「わあっているよぉー」
相当嫌なのかラビがカウンターでウダウダとしている。
そうだろうな。
毎度毎度痛そうだもんな。
ラビが勢い良く起き上がる。
「つーか、そんなことの為に呼んだんじゃないだろ?本題を話せよ!」
「まぁ、そうだな」
トントンとカウンターを叩きながら消音の魔法陣を魔力で作り上げて発動させた。次いでに発動させた魔法陣は誤魔化の魔法陣。
範囲は2メートル。
これで堂々と話しても周囲には日常会話に聞こえる。
「なぁ、ラビ。古の神の帰還を手伝ってみないか?」
無言でラビはコーヒーにミルクを入れてマドラーでかき回した。
もしかして冗談だと思われたか?
この台詞をかっこ良く言って好奇心を煽りたかったのにこの反応ではちょっと傷付いた。
良い感じに冷めたコーヒーをラビが啜り、オレを見る。
「あのなぁ、付き合いが長いとは言え、おしどり夫婦じゃないんだ。ぶっちゃけお前が何を言っているのか全く分からん。ちゃんと詳細を話せ」
そうだった。ラビはリアリストだった。
ならちゃんと説明をしないといけない。
「さて、何処から話せば良いかな」
「初めからに決まってんだろうがアホ」
「はい」
ことの始まりは一週間前に遡る。