ようこそ人魚の国へ!①
「まさかニックの鏡がこんなことに役に立つとはなぁ。でも良いのか?」
後ろにはテレンシオ姿のネコ。
「オレが行っちゃって」
抱えていた仕事は終わらせたけど、ちょっと不安。
これから遠征という名の旅行に行くのだが、何せ場所が場所だ。
襲われることはないと思うけど。
「いいよ行ってきなよ。行ってみたかったんでしょ?人魚の国」
そう。今回行くのは海底の王国、人魚の国。
本当の名前をアトスラル。
アウソが統治している国だ。
アケーシャと限られた者しかその国に足を踏み入れることはできないが、今回はアウソが国の法律を変えられた記念に招待された。
「そうだけど。心配…」
「もー、ライハはいつからそんなに心配性になったの?大丈夫だよ、ネコが筆頭するし、タゴスもリゼもいる。なんならエルファラだって帰ってきてるんだから何かあっても心配しなくても平気だよ」
「いやだからリゼが心配」
主に暴走しないか。つてやつ。
彼女、優秀だし真面目なんだけど、間違った道に突っ走ったらそのまま暴走する癖がある。
さすがにオレも上司という立場上手綱を握らないといけないわけで、ニックに鎮静化の魔法を教えてもらった。
そのくらいリゼは暴走するのだ。
だいたいオレ関係なのが不幸中の幸いって感じだけど。
そういうとネコは『な、なるほどー』と納得した。
「ネコ抑えられる?」
「んー、自信無いかも」
「だよね」
仕方がないので暗記カードのまだ使ってないやつの一枚目に鎮静化の魔法の魔法陣を描くと、その魔法陣を軽く叩いた。
すると真っ白だったページにもコピーされた。
スタンプの応用だけど、超便利。
それをネコに渡した。
「はい。暴走したらこれをリゼの体のどっかに張り付けて《エランエラン》って唱えて。そうしたら落ち着くから」
『エランエランだね。わかった、やってみる!』
暗記カードをすぐに取り出して貼る練習をするネコを微笑ましく眺めたあと、お土産だけ持って鏡の前に立った。
『もういいか?』
鏡にはニックの創作使い魔のジャン・ピュレがオレの事を待っている。
七色に光る鳥だ。こいつがオレをアウソの設置した鏡まで連れていってくれる。
「お待たせました。ではよろしくお願いします」
足を鏡に入れ、そのまま全身へ。
ひんやりとした膜を通過したのち、浮遊感に包まれた。
ヒーン、と不思議な音を立てて鳥が鏡の中に消えていった。
最後まで見送った後、ネコは思い切り背伸びした。
さーてと、たまにはライハにも羽を伸ばしてもらわないとね。
「リゼはちょい心配だけど、夕方にはエルファラもやってくるし、大丈夫かな?」
ライハに渡された魔方陣札をポケットにいれた。
さー、ライハの分も頑張るぞー!
前方に出口が見えてきた。
確か、思い切りぶち抜くんだったよな。
薄膜越しに向こう側の景色が見えた。その横にはアウソらしき姿も。
「とりゃっ!」
勢いのまま飛び出せば、軽い衝撃を受けた体が減速。少しだけ飛んで地面に着地した。
「…湿気やば」
蒸せ返るような湿度に思わず呟いたら声が反響した。
おや?もしかして洞窟?
「ライハ久しぶりだな!」
「アウソ!…おおう、凄い服だな」
頭には赤珊瑚の王冠、服も露出は高いが高そうなものを身に纏っていた。
パッと見確かに海をイメージした感じだ。
アウソはオレの言葉に「ははは…」と少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いやぁ、俺も陸の時の服が良いって言ったんだけど、臣下達が王ならば王としての最低限の身嗜みをしろと怒られたんさ」
「ああ…、わかる…」
オレも結構服のことで幹部とバトっている。
メークストレイスの時の服ってさ、元々軍人気質なせいかピッチリカッチリしちゃってて、どーも息苦しい。
せめて百歩譲ってスーツにしてくれないだろうか。
……いや、目の前のアウソよりはマシか。
「なんか失礼な事考えてんか?」
「いやいやいやいや」
なんも考えてませーん。
ふーん、と疑惑の目を向けられる。が、「まぁ、いいさ」とすぐに逸らされた。
「ところで、ここって何処なの?」
「ここは俺が作らせた海中鏡間だ。鏡潜ってきていきなり水中じゃキツいだろ?」
「そりゃ確かに」
普通に溺れる。
シュウシュウと音がする方を見ると、《移動》の魔方陣が天井にあった。
ほぉー、あれで空気を循環させてるのか。
「入り口はあの泉」
アウソが示す方向に淡く光る泉があった。
チャプチャプと音を立てている。
「やっぱり水の中だよな。よいしょ」
準備していたゴーグルとシュノーケルノズルを装着しようとしたら、待て待て待てと止められた。なんだよ。
「なんだそれ」
「なにって、海の必需品だよ」
シュコーシュコーと実践して見せれば呆れられた。
「深度どんだけ深いと思ってんさ。そんなことしなくても、うり」
アウソが小瓶を投げてきた。それを受けとる。
小瓶の中には透明な液体。
「薬?」
「まぁ、そうだな。本来の液体を薄めたやつで、これを飲めば丸一日水中で呼吸が出来るようになる」
「へぇー!」
では早速と瓶を開けて飲んでみた。
トロリとした液体で、味はない。
なんか物足りない(主に味が)。
「……んん?」
なんだ?
急に空気が吸いにくく。
「よし、そろそろ効いてきたな。潜るぞ」
どぼんとアウソが近くの泉に向かってキレイなフォームで飛び込んだ。
慌ててゴーグルを装着してオレも飛び込む。
あれ?思ったよりも深いな。
光は遥か下から上がってきていた。
アウソが懐かしの手語であの光まで潜るぞと言ってきた。
いやいやあんなに深くは息が持たないと返したら、心配いらないと腕を付かんでグングン潜っていく。
ゆらりと目の前で見慣れ無いものがアウソの下半身から現れた。
黒を基調に、水色の模様が入ったイルカのような尾。
ビックリして息を吐きかけてしまった。
更に速度が上がり、光が大きく膨れ上がる。
「!!!」
視界いっぱいに広がる街。
そこかしこにいる人魚がこちらに気が付いて手を振っていた。
『絵にも描けない美しさ』
そんなフレーズが脳内を横切った。
「ようこそ人魚の国へ!ここが俺の治めるアトスラルさ!」