アウソとキリコ⑩
ズキンズキンと頭の上で地面に固定された右腕が痛む。
二つの釘が打ち込まれた箇所からはダラダラと血が流れ、地面に血溜まりを作っていた。
殴られた顔もお腹も痛いけど、そんな痛みなんかへでもない程に右腕が痛い。
「う……うぅ……」
口に嵌められた猿轡が唾液と鼻血で濡れている。釘が打ち込まれる時の痛みに堪えられなくて悲鳴を上げてしまった時に煩いと嵌められた。
「本当に強情だな、二本目にしてようやく話すなんて、な。友達想いでちゅねー」
「あとは、奴さんが自ら来るのを待つだけ。アシュレイは基本的に自分でどうにかしようとする癖があるから、誰かに助けを求めるなんてことはしないだろうよ」
目の前でトンカチが揺らされる。
すぐそばに見えるのは変にギザギザの付いた釘が数本。
こいつら、一刻毎に俺の体に打ち込んでいくとか言っていた。
「そいつも一応売り飛ばすつもりなんだからあまり傷付けたらヤバくないか?」
「大丈夫大丈夫。だから魔法で傷治したときに傷痕が目立たないように釘にしてんだよ。これなら痛いけど抜かない限りは出血死しないし、暇潰しできるし、俺は楽しい」
「いっつも思うけどお前の性癖狂ってるな。しかも勃てんな、気持ち悪ぃ」
「女はあんまり堪えてくれないからなぁー、こういう時にしかできないんだから放っておいてくれ」
「ボスー、どう思い……。ありゃ、寝てる。しかたねーか、俺も体しんどいからなぁ」
今まで怒鳴り散らしていた男が椅子の上で寝ていた。
洞窟内のここにはあの椅子とちょっとした物が入っているであろう箱と倒されたままの机だけ。
今までルキオで暮らしてあちこちの洞窟探検をしたけど、こんな洞窟は見たことなかった。一体ここは何処なのか…。
「っと、そろそろ時間だ。心の用意はいいかぁ?」
男が釘をつまみ上げ、体の上にのし掛かる。
途端に襲い来る恐怖が体を激しく震わせた。またあの痛みがやってくる。
「こいつもがくから誰か腕押さえておいてくれ。危なくて仕方ねぇ」
「へいへい」
楽しそうに笑う男が釘の切っ先を左腕に軽く添えた。
「そーらよっと」
トンカチが釘の頭を打ち付け、その勢いのまま腕の皮膚を突き破り肉を裂いた。
悲鳴を上げて暴れたが、そんなの男はお構い無しと言いたげにゴンゴンと釘を奥へ奥へと打ち込んでいき、釘が根元近くまで埋まったところでアウソから退いた。
「ゲホッ!!うぇえー、やっぱり呪いがガンガン体に来るぜぇー。でも堪らん!!」
「こいつ気絶しかけてね?窒息でもされたらやベーから轡取るぞ」
「そんなん別に大丈夫だろ? おーい!俺にも酒くれ酒!」
腕全てが痛みで痺れ意識が朦朧としながら、アウソはただ必死に頭を巡らせた。
キリコが東の海岸へと辿り着くと、そこには一艘の船が泊まっていた。
見たことのない船だ。間違いなくルキオの物とは違う。
その船を睨み付けながらキリコが近付いていくと、中からアザだらけの男と、体格の良い男二人が降りてきた。
ああ、あれはアイツでは抵抗出来ないだろうな。そう、キリコが思った。
「アイツは?自分が来たんならあいつはもう用済みだろ?」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる男達。
見慣れた嫌な顔だ。
「まだだ。お前がきちんと拘束されて大人しくするのを確認してから、奴を離してやる」
嘘だろうなとは思った。
思ったが、ここでこいつらを倒してもアイツが戻ってくる可能性は低い。
何故ならこういう奴らは人質を隠している場合が多い。
絶対にあの船にはいないと、確信していた。
「分かった。約束して」
「ひひ、はいはい」
男達の目の前に来ると、すぐに男達が体を拘束した。
拘束の最中に首に針を刺されて何かを注入されたが、キリコはその薬の正体を知っていた。
くらりと体が揺れる。
そしてそのまま力を失って倒れた。
「さぁ、行こうか。アシュレイちゃん」
体を担ぎ上げられて船に乗せられ、陸を離れた。
薄目で辺りを確認しながら、キリコは体の状態を確認していた。
男達は油断していた。
そして盛大な勘違いもしていた。
キリコは元奴隷で、剣闘士だ。
体に射たれた薬は既に耐性が出来上がり、どんなに長くても五分しか体の自由を奪うことが出来ない。だから、本来なら、通常の三倍は濃度を上げてやらないといけなかった。
まだ勝算はある。
問題はアイツだが、本来の目的は自分だ。そこまで酷くはされてないだろう。
脅しは所詮脅し。商品を傷付けるバカな真似はしないだろう。
そう、軽く考えていた。
「ーーーーっ!!」
洞窟内に運び込まれて見たキリコは絶句した。
アウソの腕には四本の釘が深く打ち込まれ、しかも今まさに五本目が途中まで打ち込まれている最中だったのだ。
トンカチを持った男は残念そうな顔でこちらを見た。
「あーあ。遊びは終わりか。はい、抜きまーす」
途中まで埋まった釘を乱暴に抜き取る。嫌な音と共に血が撒き散らされる。
その釘の形状も凶悪なものだった。
なのに、アウソは悲鳴を上げなかった。
「おい、魔法具貸してくれ。塞ぐから」
呑気な男達がアウソの腕に空いた穴を魔法具で塞ぎ、埋まったままの釘はそのままに拘束し直した。
その横にキリコを下ろした。
すぐさまキリコはアウソの息を確認した。
生きている。でも、まさかこんなことになっているなんて。
「ボス、任務達成しました。起きてください」
「んお、おお!!よくやった!よくやったぞ!!」
男達の言葉を聞きながら、キリコはアウソに小声で話し掛けた。
「おい、アウソ」
「………本当に来たよ……」
ひゅうひゅうと、浅く息をしながらアウソはキリコに返した。
「なんで来たば……、……アイツらお前のこと捕まえに来たんだろ…?そのまま逃げれば良かったじゃんか……」
「ああ、逃げるとも。だけど、お前を連れてだ」
「……」
アウソの目がこちらを見る。
キリコは気付いていた。アウソは諦めていないのを。
「逃げる力は残ってるか?」
「……ああ。足は動く」
アウソの口許に笑みが浮かんだのを見て、キリコは一気に魔力を練り上げた。