アウソとキリコ⑧
「あれ?お前こんな時間にどこ行くんだ?」
「んー、ちょっと…」
日が暮れる直前に手伝いを終わらせて、アウソは手紙の言う通りに丘へと向かった。
途中父に会ったが、下手に話せばからかわれると思い軽く流し、ランタンの灯りだけを持って走った。
夕陽が水平線へと消えていった。
燃えるような赤が村を包み込み、アウソの目的地の丘も真っ赤に染め上げていた。
あと数分もすれば真っ暗になるだろう。今日は月もそこまで明るくないから星も良く見える。
「ちょっと早かったか?」
丘の上には誰もいない。
早く来すぎたかと思いながら、手紙の主に思いを馳せた。
誰なんだろう。拙いけれど、あんなに可愛い文字の子はいたかなと考えていた。
アケーシャの子達の文字の癖は大体把握している。ということはアケーシャじゃない女の子だ。
カサリ、と、音がした。
「ん?」
何の音だと音の方向に目をやると、真っ白な腕が地面から生え、おいでおいでと手招きしていた。
アウソ、思考停止。
「ぉぉおおおおおぉぉおぉおおおおぉぉぉおおおーーーーーー!!!!!!」
目の前に真っ赤に地濡れた人間が上から降ってきて目の前に転がった。髪の長い女の子が、真っ赤な液体にまみれてる。それだけでもアウソに衝撃を与えるには十分すぎるものだったのに、その人間はバタバタとその場で奇妙にのたくりながらもがき、四つ足になった。
が、四肢は真逆を向いていた。
「…ひゅっ…」
思わず喉が震えた。
やばい、膝が…。
「 」
全く意味の分からない、怒号のような音を発しながら、蜘蛛のようなそいつはものすごい速度で向かってきた。
「ぎゃあああああああーーーーッッ!!!!!」
絶叫を上げてアウソは逃げた。いや、逃げようとした。
暗い中硬い何かに足を取られ、更にそのせいで足が縺れた。「あ、しまった」と思う前に、アウソの体は勢いもあって派手に転がり、そのまま丘を転がったまま落ちていったのだった。
「…………やべ…」
アウソが転がり落ちたのを全て見ていた人影が、少し焦った風にそう言い、慌ててその場から走り去った。
目が覚めたら何故か家で寝ていた。
「…………??」
何故だか昨夜の記憶が全て抜けてる。
あれ?俺丘に行ってなかったのか?
体を起こすと見覚えのない痣が身体の各所に出来ていた。
訳が分からないまま起きると、朝食を準備していた母が笑いを堪えるようにしながらやってきた。
「あんた、なにしてんの?」
「は?ぬーが?」
「? 覚えてないの?あんた昨夜丘の上から下の方まで転がり落ちてたのよ?」
「ええ?」
なにそれ、なんでそんなことに?
本気で分からないと首を傾げていると母が冗談ではないと気が付いたらしく、怪訝な顔をした。
「……まぁいいわ。今日は祭りのフナワタイに出るんでしょ?遅れないようにしなさいね」
「うーい」
年に一度の豊作祭、ハリュー。
陸の砂糖の原料であるウージの豊作と、これからの季節から始まる漁の豊漁祈願も含めて盛大になる祭りは、海岸線の村では大規模になる。
フナハラセーという競技では各村の一番早い帆船での速度を競いあったり、アウソの参加するフナワタイという競技は海上に縄で緩く繋がれただけの不安定な小型船の上を駆け回り、棒術戦の勝負をするというもの。
王都でやるフナワタイはルキオ人と海龍との小競り合いを組み手という感じで披露する見世物だが(その為、勝者は決まってるし、負ける人は海龍を模した青と緑の服を纏う)、この村ではアケーシャ達による腕比べの風習が色濃く残っていた。
「しかし、なんで赤い髪飾りなんだろうな」
参加するアケーシャは髪に赤い髪飾りを付け、その上から帯を巻き付ける。
昔のとても強かった戦士の姿、キジンが赤い髪と言っていたけど、アケーシャにはここまで鮮やかな赤い髪はいない。
「…………」
赤い髪といえばあの赤髪が出てきたが、アウソは首を降って消した。
「そろそろ出発するぞー!」
舞台へいく船が出る。
それにアウソは乗った。
毎年のように頑張ればいいや。
自分でも信じられない。
「うわ…」
周りには今回参加の人達が倒れ込んでいた。
いつものようにやればと、棒を振った。振った直後に違和感があった。
なんでみんなそんなに遅いのかと。
直線的な攻撃。
蹴りも素直なもんで、攻撃も恐ろしいほど通った。
あれ?
と、思う間もなくアウソは勝者になった。
勝者の証として村に飾られた宝の大銛を掲げてみたが、アウソはまだ混乱していた。
おかしい。なんでこんなにあっさりと終った。
「すげーなアウソ!一撃じゃねーか!」
「あの動きなんだ!?空中で動けるもんなのか!?」
「さすがだぜ!!村の誇り!!」
わらわらと取り囲まれて称賛を浴び、ハッと気が付いた。
赤髪の動きに目が慣れたせいかと。
「…………」
とても不本意だが、確実に強くなっている実感が持てた。持てたが、何故まだ勝てないのかと疑問が浮かび上がった。答えなんてすぐに見つかったけど。
「大人のに来年は混じってみるか?」
「ははは…」
曖昧に返しながらアウソは祭りの次の種目を眺めた。眺めながら思い知った。
まだ届かないのかと。
大人の部も終わり、アウソは屋台に繰り出す為に着替えようと家へと向かった。
そういえば今日はまだ一度も大女も赤髪も見てない。
こんだけ人がいるからもしかしたらいるかもしれないが、アウソはなんとなく大女の家の近くを通った。
しんと静まり返ってる。
家の裏側を見ても気配もないからやはり祭りを見に行ったのだろう。
そんなことを思いながら振り替えると、人にぶつかった。
「あ、すみま──「赤い髪だ。やれ」──え?」
なにがと、思う前に上から袋みたいなのを被せられた。
「!!!?」
突然のことに驚いて暴れようとしたが、アウソの体はすでに地面に押さえ付けられ身動きも取れない。
「あっ!?」
真っ暗の中、足を刺された。
針だ。しかも何かを注入されている。
「やめ!!ぅ、ぐぅ……っっ」
口を塞がれ悲鳴を封じられ、動ける範囲でもがいているとだんだんと体の力が抜けてきた。
「よし、運ぶぞ」
頭もぼんやりとし始めたアウソは、そのまま担ぎ上げられた。
何処に連れていかれるのかも考えられず、アウソはそのまま意識を失った。




