アウソとキリコ⑦
また負けた……。
赤髪に挑み続けて早二週間。未だに一撃も当てられず。
「生きとるー?」
「……生きてる…」
「もうやめたら?はい、鼻血出てる」
渡された手巾で鼻を拭う。鼻血を拭きすぎて変色してきたかもと思いながら首を横に振る。
「やめん。ここまで来たら意地さ。それに、少しずつ強くなっているってのは実感できてる」
実際、赤髪の攻撃を避けられるようになってきていた。といっても全て間一髪、もしくは掠めではあるけれど、赤髪の訳の分からない動きを追えるようになっていたのだ。それはヌサの特訓によるものか、はたまた目が慣れてきたのか。
残念ながらあの日以降赤髪の特訓は見られてないが、あの日の光景は脳裏に焼き付いている。
弾き飛ばされた棒を拾い上げる。
「新調しないと…」
深くヒビが入っていた。
一週間で一本か、そろそろ怒られそう。
「はぁー…帰るか…」
途中で道具屋に寄ろう。
懐の財布の中身を確認して、溜め息がでた。
とうとうお金が尽きた。これは稼ぐしかない。
新調した棒を持って家に戻り、銛を持って海に行く。
「お?どうした。ナガリアシグァー(流遊小型帆船)なんか持って」
「小遣い稼ぎ」
アケーシャが漁に行くときに欠かせない船を担いで海に向かうと海人(漁師)に話し掛けられた。
子供が何か欲しいときにこうやって漁で魚を獲るのだが、アウソがそうするのはなかなか珍しく好奇の視線を向けられたが、アウソは一言だけ返して海に船を走らせた。
口笛で風精霊を呼んで加速させながら、アウソは巧みに帆を動かして海の表層を泳いでいる獲物を狙った。
少しの時間で袋一杯に魚を詰め込んで陸へと戻る。
魚ならば容易く仕留められるのに。
「なんなんだろうなあの動き。まるで水みたいな」
スルスルと避けられる。
「地道にやっていくか。つか俺もだいぶ避けられるようになってきたしなー。……ん?」
漁海範囲ギリギリの所を疾走していると、岩場の方に何か違和感を感じた。
何が変なのかは分からないが、何か変といった感じ。
「…………岩ダコでもいるのか?」
岩に擬態する巨大なタコが時折存在しないはずの岩を作り上げる時がある。それかもしれないと、アウソは違和感のある岩場を素通りして陸地へと戻っていった。
「今のガキこっち見てなかったか?」
「大丈夫だ。相当近付かない限りバレない。それに万が一バレたら沈めれば良いだろ」
「それもそうだな」
「……ゲホッ、くそっだりぃ」
「大丈夫か?ボス」
「…一応な。ったくこの国は厄介だ。海にまで影響出るなんて聞いてねーぞ」
「さっさと見付けて引き渡せりゃなぁ。青鬼め、めんどくさい所に逃げ込みやがって…」
「ああ。この仕事が終わったら女買って酒飲んで存分に遊びてぇー」
「ついでに一匹二匹拉致っちまおう。そうすりゃ追加報酬だ」
「そりゃいい。そうしよう。おい、あれの準備は出来てるか?」
「もうそろそろ届くところです」
「よし、届き次第行動に移るぞ」
「うい!」
慌ただしく動き回る大人達を子供達はソワソワと見詰めていた。
明日は豊作祭のハリューが始まる。するとマテラから屋台がやってきて珍しい玩具やお菓子が手に入るのだ。
「ちっ!!」
そんな雰囲気にはなれない子供が1人。
額が割れたアウソである。
今日も今日とて赤髪に挑み、良いところまで行ったのだが回転かかと落としで意識を飛ばされたのだ。流血を手巾で抑えながら医者の元へと向かう。誰もこちらを見ない。
最近毎日のようにアウソと赤髪が戦うため珍しくなくなり、むしろ観客が巻き込まれた事件が発生したので輪を作ることもなくなっていた。
「あーーーーっ!!もう!!いててててて」
「暴れるな。はぁ、治る前に新しい傷作りやがって。ほら、三日後に抜糸だ。それまで大人しくしとけ」
無理。と、アウソは心のなかで答えた。
なんせ最近は一日一回ではなく数回に渡り試合をしている。しかも数日前から向こうから奇襲してくることもあった。今日なんかそれだ。
向こうも馬頭らしく怪我しててそれで動きが鈍ったってのもあるけど。
「……ねぇ、せんせー」
「んん?」
「あいつも怪我すんだな」
「あいつ?」
「赤髪」
「あー、キリコくんね。あの子もなかなかウーマクー(暴れん坊)だから」
「ふーん」
おそらく大女との特訓でだろう。
「大人しくしときなさいよ」
「へいへい」
釘を刺されたがアウソは軽く流して診療所を後にした。
家に戻ると机の上に紙が置かれていた。手紙だ。
誰だろうと中身を見ると、なんとも可愛らしい文字で今夜丘の上で待ってると書いてあった。