アウソとキリコ⑥
「ということで我の所に来たわけだ」
「……」
白髪の大男、ヌサの手がポンと肩に置かれ、一言。
「諦めれ」
「なんで!?」
「そもそもなぁ、立っている世界が違う。いくら付け焼き刃で対処法方を教えてもな、必ず更にその先の技でやられる」
「でもこのままだったらバカにされたままさ!!俺だけじゃない!アケーシャみんなだ!!」
「うーん、それは大袈裟だとは思うが…」
「いいから教えてよ!このままじゃあ俺がどうにかなりそう!!」
「……それはいけんなぁ、海の王にも陸の王にも怒られちまう。あいわかった。ちっとぐぁーしーやが稽古をつけてやろう」
ヌサが立ち上がり、棒を持ち上げたのを見て、慌ててアウソも立ち上がった。
「これから我が打ち込むから、全て受けて受け流せ」
「反撃は?」
「まずこれが出来んと始まらん。さ、いくぞ」
ヌサの棒がしなり、伸びてくる。
アウソはすかさずそれを受け、流し、即座に迫ってくるであろう攻撃に意識を向けた。
一撃一撃はとても重いが、受けられない程ではない。いつも通りにやれば難なくこなせる。
でも、こんなんじゃ足りない。
「ヌサ!もっと早く、大人のやつでやって!こんなんじゃなかったさ!」
「…わかった。堪えろよ!下手に受けるなよ、棒が折れるぞ!」
ぐんとヌサの棒が捻れたように曲がり、重さが二倍になった。
受ける度に棒がミシミシと悲鳴を上げ、まばたきすら許さないと言わんばかりの猛攻に意識が朦朧としてくる。
「…ぁ」
一瞬の隙を付かれて吹っ飛ばされた。
「うわっ!止められんかった!大丈夫か!?」
壁にぶつかったアウソをヌサが心配してヌサが駆け寄ってきたが、アウソは差し出された手を取らずに自力で立ち上がった。
「大丈夫!!」
「ほんとうに大丈夫か…??」
「ほんとうに大丈夫!!続けて!!」
「お、おう…」
ヌサが若干引きつつもそのまま夕方まで稽古を続け、アウソは腕も上がらないほどフラフラになったがしっかりと頭を下げてヌサの道場を後にした。
大人稽古を受けたのは二度目だが、アウソは今までの調子に乗っていた自分が少し恥ずかしくなっていた。全然強くなかった。これじゃ確かにカタツムリだ。
「……でも、ということはもっと強くなれるってことさ」
このまま頑張れば、近い内に勝機が見えるはず。
そう思いながら帰路についていると、憎き赤髪の声が聞こえてきた。
声というか、叫び声や唸り声というか。
「……」
声の発生源は大女の家の方だった。
そちらに意識を集中させると、声だけではなく打撃音も聞こえ、アウソは反射的にそこへと向かった。
こそこそと隠れるように家を見ると、その庭で赤髪が大女と稽古をしている真っ最中だった。
その稽古を、信じられないとアウソは思いながら見た。
あの赤髪が負けていた。
手には剥き出しの短剣を持った赤髪が獣のように叫びながら大女へと襲い掛かる。だが、大女は腕一本でその攻撃をいなし、かつ反撃を加えた。
まるで舞を舞うようにすべての攻撃を無力化し、赤髪を片腕で投げ飛ばしている。
方向転換以外でその場から全く動かない大女、一見すれば隙があるように見えても実際は隙なんて全くなかった。
どの方向からでも、どんな手段でも、赤髪は大女に攻撃を当てられない。
脳裏に昨日父に言われた言葉が甦った。
そして、ヌサに言われた言葉も。
何を言っているんだと思っていたが、今ようやく理解できた。
確かにこれを見たら俺のやっていることはただの無謀だろう。でも…。
棒を握り締める。
だからといってバカにされたままではいられない。
何か弱点が分かるのではないかとアウソは暗くなるまでその稽古を目に焼き付けた。
誰か見てるね。
目の前のキリコの相手をしながら視線の在処を探る。
追手や刺客の類いではない、全くの素人のものだ。町の者か。
繁みの方だね。
キリコに気付かれないように確認すれば、どうやらアケーシャの子供のようだ。
もしかしてキリコが言っていた例のカタツムリくんとやらかと思った所でカリアはふふっと内心で微笑んだ。
良かったじゃないかよ、キリコ。友達が出来て。
注がれる視線が明らかに友好的ではないけど、あの子はきっとこの子にも良い影響を与えるだろう。
キリコの何かを探ろうとしているのは分かったが、カリアはキリコに伝えることなくそのまま見せておく事にした。
さて、これで諦めるか、また挑んでくるか。楽しみだね。




