アウソとキリコ⑤
目が覚めると自分の部屋のベッドに横たわり、横には呆れた両親がこちらを覗き込んでいた。なんでこんなところで寝転んでいるのか全く分からなかったが、徐々に記憶が甦っていった。
なんだあの野郎の身体能力!?猿か!?もしくは山羊!
「ははは!!フリムンが、トルゴさん家の子に手を出すとは、勇気と無謀は違うんだぞ」
「そーよ!まったくもうっ!」
「いたっ!」
殴られ過ぎて腫れている額に母の拳骨が落ちた。
「そもそも住んでる世界が違うのよ」
「これに懲りたら喧嘩を売らないことだな」
氷嚢を頭に乗せられて両親は出ていった。
しばらく扉を見つめていたアウソだが、天井の方に視線を向けて目をつぶる。
目蓋の裏に甦るのは赤髪との勝負の記憶。なんで負けたのか、なんで反撃出来なかったのかと自問自答を繰り返しながら、どうやったら反撃できたのかを考えた。
アウソは初めて悔しさを覚えた。
きっとあの赤髪の歳は同じかちょっと下だろう。筋肉もあまりなくガリガリで、勝機だって無くなはかったはず。
(なのに負けた)
経験の差かと言われればそれまでだが、アウソだってそれなりの人数を相手に勝利を手に入れてきた。だから、だからこそ納得がいかなかった。こんな無様な負け方で終わらせたくなかった。
ズキズキと痛む傷を感じながら、眠りに落ちるまでアウソは何度も何度も記憶を復習したのだった。
翌日。
「お?もう練習に行くのか?無理すんなよ」
顔中湿布まみれのアウソを父がニヤニヤとしながら見送った。
明らかに小馬鹿にしている。見てろよこの野郎とイライラを押さえること無くアウソは赤髪を探し始めた。
ズンズンと苛立ちながら探し回っていると、アウソの姿を見て友達が慌てたようにやってきた。
「アウソもう怪我大丈夫だば!?」
「…ああ、ちょっと痛いけど平気さ」
「さすがアウソだ」
「なぁ、どこ行くんだ?丘?」
「……」
友達に話し掛けられながらもアウソは探すのを止めない。しかし、こうやって探すとなかなか目的のものは見つからないものだ。
「あいつ卑怯だよな!!地面に倒してもボコ殴りなんて、酷すぎる」
「そうだやり過ぎだばーて!!」
「しかも去り際とか聞いたかアレ!?なにが『ナマコからやり直せ』って、バカにするのもいい加減にしろっつーんだ!!」
気を失ってからそんなことを言われていたのかとアウソは更に苛立つ。
このままやられっぱなしはダメだ。この村のアケーシャの誇に傷が付く。
「おい!!アウソ!!」
前方から友達の一人、シュトウが息を切らせてやってきた。
「赤髪さがしてんだろ?丘の一本松の所にいる!」
「あいつまた俺達ん所にっ!」
皆が怒り心頭の中、アウソだけは次こそ勝ってやると意気込み駆け出した。
赤髪は本当に一本松の所にいた。しかも我が物顔で枝の上で寛いでいる。
アウソは大きく息を吸い、「赤髪ぃーーー!!!」と大声を出した。
赤髪は何の反応もしない。聞こえてないわけがない。意図的に無視しているのは明らかだった。
昨日はちょっと躊躇したが、今日は何の躊躇いもなく小石を掴んで赤髪に向かってぶん投げた。
これが当たっても無視するなら棒を投げてやろうかと思っていた。
しかし、赤髪は投げられた石をこちらを見ること無く手のひらで掴み取り、めんどくさそうに掴んだものを確認してからアウソ達を見た。
アウソの顔を見るなりニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
「よぉ、ナマコ以下のヒトデくん。」
ここぞとばかりに煽ってきたが、堪え、アウソは棒を構えた。
「勝負だ!」
そう言うと、赤髪は「ほーう?」と今までとは違う面白そうな笑みを浮かべながら下りてきた。
天辺から何の迷いもなく飛び降りて、さらにはきれいに着地を果たすこいつを格下と侮っていた昨日の自分を殴ってやりたい。どう考えたって普通じゃない。
「懲りずにやられに来たっつーわけだ。で?今度はどうする?片足立ちで、更に片手で勝負するか?」
「昨日と同じ…、いや…」
棒を置いた。
「拳でだ」
アウソのその行動を見て、赤髪は鼻で嗤った。
「強がるなよ弱虫くん。自分はどんな武器持ってようとお前に負ける気がしねぇ」
苛立ちが募るが、怒りのままに行動すれば昨日と同じになってしまう。
ああそうかよ、とアウソは置いた棒を拾い上げた。
「へぇー、怒らないんだ」
「…………」
誰が「始め」と言う事もなく、自然とアウソと赤髪の間に流れる空気は勝負の時のそれに変わっていく。
張り詰めていく空気が頂点に達したときに、アウソが動いた。
足を狙った払い。
それを「またそれか」と嗤いながら昨日と全く同じように踏みつけ掛け上がってきた。
迫る膝。
「はい終わり」
昨日はこれで終わっていた。だが、アウソとて何度も同じようにやられる訳がない。
「!」
横に逸らしたアウソの左耳のすぐ側を、赤髪の膝が素通りする。
周りで沸き上がる歓声など耳に入らないくらいに集中しているアウソは、がら空きになった背中目掛けて、突きを放った。
やった。と、思った。だが。
「!?」
ぬるんと猫のように空中で身を翻した赤髪の背中を棒は掠めただけだった。いや、手応えからして服だけだ。
驚きと勝利したというとんでもない勘違いで動きが僅かに止まったその隙に赤髪は着地し、そのまま流れるようにアウソの両足を払い転倒させ、またしても馬乗りでボコ殴りにされたのだった。
今度は気絶しなかったものの、呆然とするしかなかった。
なんだあの動き。おかしいだろとしか感想が出なかった。
「なんだおまえ、ヒトデよりは学習するんだな。でももう向かってくるんじゃねーぞ、カタツムリくん」
去り際こんなことを言われた。
悔しかったが、何も言い返せなかった。
だって俺は一撃すら入れられてないのに、だ。
「お、おい、アウソ。大丈夫か?」
「誰か呼んで」
「いい、一人で歩ける」
「でも」
鼻を拭うと鼻血が出てた。
悔しい。勝ちたい。
怒りとは違うものが腹の奥底で燃え上がり、アウソは町の中でも棒の使い手であるヌサの元へと向かうことにした。