アウソとキリコ④
声を掛けようと息を吸ったとき、友達が肩を叩いた。
「なんだよ」
「そのまま普通に呼ぶのも面白くねーし、これとかどーよ」
友達の手には石つぶて。
「投げるの?」
「武人の弟子ならこれくらい避けられるだろー?」
言い終えると友達は赤髪に向かって石を投げつけた。
石は近くの枝にぶつかり届くことはなかったが、赤髪はその音に気付いてこちらを見た。
「っ!?」
ぞわりと背筋が総毛立つ。なんだこの感覚。
「おーい!なに勝手にオレたちの木に登ってんだよ!」
特になにも感じてないらしい友達が赤髪に向かって煽る。しかし赤髪はダルそうに「……なんか用?」と吐き捨てた。
「……ぅ」
蛇に睨まれた蛙のように友達が固まる。
赤髪がチラリとこちらを見た。
「ふん。これっぽっちの圧で怯えるなんて。すぐ死にそう。そっちのお前も蹴ったらすぐ泣きそう」
なんだ?魔法か?仙術か?
瞬時にそんな思考が駆け巡ったが、だんだん腹が立ってきた。なんだこいつ余所者の癖に、という感情だ。
「おい!降りてこい!!勝負だ!!」
一瞬キョトンとした赤髪は、次の瞬間とても凶悪な笑みを浮かべた。
心底嬉しそうなのに、やってはいけないことをやってしまったのような。
「いいぜー!やろーか!!」
赤髪は枝をバネに大きく跳ね上がると、宙返りして綺麗に着地した。
たったそれだけでアウソは戦慄した。
人間の動きとは思えなかった。
手を使わずに登る人は知っているが、こんな動物みたいな動きはしなかった。
「でー?何で勝負?普通にシ合いか?ああ、でも確か人間は殺しちゃダメなんだっけ?ところでお前の連れ、逃げてったけど?」
「え」
いつの間にか友達の姿がなかった。
逃げたのかなんなのか。
でも宣戦布告してしまった以上引き戻すことはできない。
だいたいなんだ殺す?誰を?俺を?
あまりにも舐められている。
そう思うと更に頭に血が上った。
「アウソ!皆呼んできたぞ!」
皆がやってきて、アウソと赤髪を取り囲む。
打ち合いの舞台は整った。これで皆が証人で、ズルすればすぐに取り抑えられる。
「ネズミがたくさん来た。なに?別に全員で掛かってきてもいいんだぜー?絶対に負けねーし」
「ネズミ!?馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!」
「そうだ余所者の癖に!!」
「アウソやっちまえよ!!」
皆から罵詈雑言を浴びせられても赤髪はヘラヘラと笑っている。だけど、なんだろう。
アウソはそんな赤髪に酷い違和感を覚えた。
なんだろうか、この気持ち悪さ。人の形をした何かと向き合っているような。
たまらず赤髪に向かって棒を構えると、赤髪は棒立ちになって早くこいよと挑発してきた。
「おいあいつ棒相手に素手かよ。本当に武人の弟子か?」
そうだ。これでは公平じゃない。
負けたときに言い訳されるのはとてもめんどくさい。
「シュトウ、お前の棒を貸してやれ」
「いらねーよ」
「は?」
赤髪はニヤニヤとこちらを見ていた。
「お前なんか、素手で十分」
「んだと!?」
本人がいらないと言うのなら、そのまま始めてやる。
怒りが頂点に達したアウソは棒を構え、いつものように相手をするように距離を詰めた。
間合いはこちらのが広い。
負けることはない。
そう、思っていたのだが。
フェイントで足を狙って薙いだ棒を踏まれて足場にされ。
「へ?」
何が起こったのかと混乱した一瞬の隙に顎を下から蹴りあげられ、更には馬乗りにされて何発も殴られた。訳がわからない。なんで俺は仰向けになっていて、こいつにボコ殴りにされてんだ?
退かそうともがくもきっちりと腕ごと固定されてどうすることもできず、赤髪は目を見開きながら、しかし口許は笑ったままで殴り続けた。
呆然としていた皆が全力で赤髪を止めに入ったときにはアウソはすでに気絶していた。
始めての敗北だった。