アウソとキリコ③
「うーん」
アウソは筆を手に取ったまま悩んでいた。
呼び出すにしても手段をどうするかである。
ここら辺ではわりと当たり前の手紙での呼び出しも考えたが、さて書こう、という時にはたと出てきた疑問。あいつ、文字読めるのか問題。
ここ数日で(噂程度だけど)あの赤髪についてわかったことがある。
まずあいつは迷子でも捨て子でもなく、なんとヤバい組織に捕まっていたところを助けられたらしい。
そこでずっと動物と戦わされていたらしい。
友達はそれで野蛮人野蛮人と囃し立ててたけど。予想ではそんな環境じゃろくな教育なんか受けられないし、もしかしたら文字すら読めないかもしれない。
筆を置いた。
やめよう。せっかく書いたのに読めないのなら手紙の意味がない。
「はぁー、直接来いっていうのか。めんど」
けど友達の言い分にも一理あるし、なによりアウソがウズウズしていた。
この時点でアウソはこの町で敵無しだった。
いや、この辺り、なんなら南部では大人の中でも引けを取らないほどの強さ。
確かめたい、というのは正直な気持ちだった。
「っしゃ」
立ち上がって立て掛けていた練習棒を持った。
めんどくさいけど、直接言うしかない。
「え?手紙は?」
アウソが持っているのが練習棒だけだったから友達に驚かれた。
「文字読めるかわからんだろ」
「あー、だーるな」
「どうせあの人の所にいるだろうからそのまま言おう」
例の人達が仮暮らししている家にやってきた。
「なんか、普通」
「な」
噂ではとんでもない強さの武人って聞いたけど。実際に着いたのはごくごく普通の家で拍子抜けした。てっきり改造されまくっているか、おどろおどろしい感じかと思っていた。
さては強いっているのも過剰評価なんじゃないか??
「とにかくいこうぜ」
「お、おう」
何はともあれまずは行かないと始まらない。
扉の前に行ってノックをしようとした瞬間、ガラリと扉が開いた。ポカンとするアウソ達を見下ろす人がいた。目の前にはたわわなものが2つ。更に上を見ると覗き込んできている紺色の髪を垂らした女性。
でっか、と、隣の友達が思わず漏らした。
「んー?えーと、何か用よ?」
ハッと我に返った。
しまった、この人が出てくるとは想定外だった。
いやそうだ。一緒に住んでるならこの人が出てくる可能性はあったじゃないか。
内心焦ったが、ひと呼吸して落ち着いた。
「あの、ここに住んでる赤髪の」
「キリコ?あの子に用よ?」
「そうそう!」
友達が強く肯定した。
どうした。なんか挙動がおかしくないか?
「ごめん。今あの子いないんよ」
「そうなんすか…」
無駄足だったか。
「何処に行くとか、なんか無かったですか?」
せめて同行を知りたいから質問してみたのだが、女性はすまなさそうにしながら。
「うーん、さぁ何処にいるのか。夜には帰ってくる筈だから、何か伝えとこうか?」
「いえ、大丈夫です」
こんなこと言伝てできない。
仕方ない。出直すか。
「失礼します。おい行くぞ」
呆けてる友達を引っ張った。
いないなら用はないし、丘にでも行こう。
後ろではあの女性が扉の柱にもたれながら何故かにやけながらこちらを見送っていた。にやけられる意図がわからず、怖くなったアウソは足を早めた。
家が見えなくなった辺りでアウソは友達の腕を放した。
「いい加減に自分で歩けよ!重いだろ!」
「なぁ見たか!?」
「なにを」
「なにって、これだよ!」
両腕が胸もとで半球を作った。ああ、なるほど。
「目的はそれじゃないだろ?結局いなかったし」
「そうだなー、じゃあどうする?日課でもするか?」
日課とはアウソ達が行う丘の上での打ち合いである。
「だな。そうしよう」
赤髪の事は一旦諦めてアウソ達は丘へと登った。
そよそよと海風が涼しい空気を運んでくれる。これならいつもよりも綺麗に舞えそうだ。
丘の上の一本松のもとへと辿り着いた。
「じゃあ、とりあえずいつも通りに三本……」
言い掛けたとき、パキンと音が上から聞こえて小枝が落ちてきた。
カラスか?にしてはやけに静か。
「……アウソ、アウソ」
「なんだよ……」
「…上を見てみろ」
「上…?」
促されるままに上を見ると、一本松のてっぺん近くに赤いものを見つけた。
花や果実なんかじゃない。アウソ達が求めていたモノだった。
「こんなところにいたんか…」
赤髪の細っこい子供が海を静かに見詰めていた。