アウソとキリコ①
実は、前から気になっていたことがあった。
それはアウソの背中の大きな傷。
前に軽く訊ねてみたところ、キリコさんとの苦い思い出の痕、後は自分を諫める印と聞いていた。
「なぁ、アウソ」
「んあ?なんだ?」
ウォルタリカを横断中、ずっと気になっていたことを訊ねてみようと思った。
今日は幸か不幸か、本来通るはずだった道が連日の豪雨で土砂崩れが起きて使えなくなってしまい、現在近くの街で迂回路が整備されるまで休暇となったのだ。
そんなわけで久しぶりの湯屋(ウォルタリカの湯屋は滝湯ではなく湯船式)にアウソと一緒にゆっくり浸かって疲れを癒している時、そういえばとアウソの背中を見て思い立ったのである。
「前にその背中の傷みた時に質問したことあったじゃん」
「おう、そーだな」
「キリコさんとの苦い思いでって言ってたのどういう意味?」
「……えーと…」
言いたくなさそう。
「…そんな興味あるば?」
「あるある。ついでにアウソが昔はクソガキだったっていう話も気になる」
「あー……」
頬を掻きつつ、アウソは観念したように頷いた。
「分かった。隠すもんでもないしな。宿に戻ったら話してやるさ」
宿に戻り、長話になるというので甘味や果実水を購入して机に並べる。
お互いベッドや椅子に腰かけ準備が整った。
「さて、どっから話したもんか…」
「話しやすいとこからでいいよ」
ふいと、アウソが何かを思い出すように空を眺めた。
「そうさなぁ。……ルキオの南端にある港町に、とあるクソガキがおりましたとさ」
ルキオ国南端、港町ハマウイ。
ここは海竜達との縄張り争いの最前線。荒くれ者の海人や海遊人、そして多くのアケーシャが住む町だ。
その町を見下ろせる丘がある。
頂上には大木があり、町の子供達はその丘から町と、その先に広がる海を見下ろすのが好きだった。
そんな良く晴れた日の事。
「やっ!」
「はぁっ!」
大勢の子供が輪になった中心で二人の子供が丘の上で激しく棒を打ち合わせていた。
チャンバラのレベルではなく本物の技同士のぶつかり合いで、およそ子供の遊びの範疇を越えているのは一目瞭然。
だが、その子供がただの子供ではなかった。
誇り高きアケーシャの名を持つ一族の子供であれは、あのくらいの打ち合いはごくごく普通のことだった。
「せやっ!」
そのうち片方の棒が蛇のようにしなり、相手に襲い掛かった。
「そりゃあっ!!」
「うわあ!?」
予想外の攻撃にバランスを崩され倒れる子供を、勝利した子供が得意気に笑った。
「ははは!俺に挑戦するなんて10年早いさ!!」
調子に乗りまくっていたアウソである。
それもそう。この頃のアウソは調子に乗っていた。
人魚に印を付けられた寵愛の子として大人達に可愛がられ、そしてアケーシャの同年代の子供達の中で一番の実力者だった。
しかも来年には王宮に召し上がられ、最高級の教育を施されるのだ。
まさに特別な存在。
調子に乗らない方が珍しいだろう。
「さすがアウソだな!」
「つえー!」
「くっそー!!」
「当たり前さ!だって俺は選ばれたんだぜ?」
クルクルと棒回してみせる。それだけで上がる歓声にアウソはさらに調子に乗った。
調子に乗りすぎて同世代で俺に勝てる者はいないと思い上がっていた程だ。
そんなある日の事だった。
「? ぬーそーが?」
いつもの丘に向かう途中、村の子供達が物陰に隠れて何かを見ている。
「あ、アウソ」
「アウソだ」
すぐ側に座ると、子供が町の入り口を指差した。
「…? 外国人?」
「でっかくね?」
「親父よりもでかいかも」
外海のような深い髪の長身の女性だった。肌が浜の砂のように白く、どうみてもルキオの人間には見えない。
その女性が門番と話していた。
「おい、ちっこいのがいる」
「ほんとだ」
その傍らに見たこともない程の鮮やかな赤髪の子供がいた。
痩せこけた肌色の悪そうな子供だった。