因縁の相手.4
誤字を直しています
結界を最大に強化し、飛んでくる瓦礫を耐えながら双子は目の前の呆気にとられていた。
「……ライハ、なんか凄い強くない?」
「ね。別人かと思うほど強いね」
その双子の言葉にネコが、ふ、と遠くを見る目をした。
思えば、召喚直後から突っ掛かられていた。
突然タイマンで勝負を挑んできたと思えば、次に会った時には訳の分からない理由で殺され掛けた。
そして一年近くたって再会したときも、最終的な攻撃はゲルダリウスであったが、流れるように殺し合いに発展していた。
仕方なかろう。向こうは問答無用に殺気を叩き付けてくるのだ。
温厚なネコでもキレる。
「それだけ、恨みがあるって事だよ」
むしろ無いと怖い。
ライハに教えてもらった仏とか位じゃなかろうか。
「な、なるほど…」
「ライハだけは間違っても怒らせないでおこう…」
起き上がろうとしたシンゴの肩を、ライハの斎主が貫いた。
「お前の敗けだ!!シンゴ!!」
このまま横に引いてしまえばシンゴの首は切断できる。
どんなにこいつが憎くても、他の悪魔と同様にチャンスを与えようと思った。
情とかは無かったが、コノンと同様に洗脳されていたのだとすればこのまま恨みだけで終わるのは良くないとほんの少しだけ思っていた。
その洗脳がいつからなのかは知らない。
なにせオレはこいつと行動を共にすることは殆ど無かったから。
「大人しく、敗けを認めるなら見逃す。だけど、これ以上やるというのなら、シンゴ、お前の首をこのまま切り落とす」
…だけど、物事はそううまく運ばないのは痛いほど理解していた。だから、覚悟はしてそう言った。
その言葉を理解できなかった様にシンゴは数秒瞬き、途端に理解できたようで頭に血を上らせた。
「ふざけんな!!誰がお前なんかに、──ぐあっ!!』
激しく暴れた為、斎主を突き刺した肩が裂けて血が吹き出した。だが、シンゴは暴れるのを止めない。
大剣を持つ手を踏んでいるから動かせやしない。
空いた左手で風の塊を放っているが、それは全て反転の盾で弾いている。
和解はやはり無理なことだったかと、せめて一思いにと首に狙いを定めた時だった。
「お前みたいに恵まれた奴に…っ、僕の苦しみしか無かった人生で、漸く与えられた物語の主役を奪われてなるもんか!!!』
「……恵まれた奴?」
何を言っているんだこいつは。
「お前のいた世界は、人間が遺伝子で管理されていることなんて無いんだろう!?分かるか!?生まれた瞬間に犯罪者予備軍とレッテルを貼られ、監獄に隔離された僕の気持ちが!!
生きる楽しみなんて何一つ無い!!生まれついての筋肉異常で常人には手に終えないと、本しか与えられない環境で育った僕の苦しみが!!
人口管理とかなんとか法のせいで自殺することも出来ず!!1人檻の中から外を眺めることしか出来なかった空しさが!!お前には分かるのか!!!?』
暴れるシンゴを押さえつつ、オレはシンゴの言葉を黙って聞いた。
肯定も否定もしない。
何故だが分からないが、聞かないといけない気がした。
「このまま一人寂しく死んでいくんだと思ってた…っ。なのに、奇跡が起こったんだよ。僕が自由になれる世界を用意してくれた!!しかも物語の主役の勇者として!!複数勇者がいたのは想定外だったけど、そんな物語もあると思って我慢した。そのまま僕は仲間と共に世界を救って英雄になって幸せになる筈だったのに…っ』
シンゴに再び殺意が戻る。
「お前のような、悪魔がなんの間違いか紛れ込んでいたせいで僕の物語はぐちゃぐちゃになった。世界は悪魔に蹂躙されていくし、仲間は次々に居なくなった。…全部お前のせいだ。お前さえいなければ!!!!!』
シンゴの体からトゲが飛び出て肌を抉った。
致命傷ではない。掠めただけ。
傷はすぐに戻った。
こいつが何を考えているのか、大体わかった。
オレに恨みをぶつける理由も。
言っていることが良くわからなかった理由も。
「本当にオレがいなければ全部上手くいくと思っていたのか?」
「………っ』
シンゴが押し黙る。
「お前は、ただこの世界の理不尽をオレに擦り付けたいだけだ。 ……シンゴ、本当は全部知ってるんだろ」
シンゴの目が揺らぐ。
図星か。
さっきの攻撃といい、殺気といい。
分かりたくもなかったが、シンゴの感情が叩き付けられていたから分かってしまった。
「お前の洗脳は解けている。自分が“実は悪魔側”だったというのも解ってたんだな。いつから洗脳が解けてたのか知らないが、なんで抗おうとしなかったんだ」
「……それ、は…』
シンゴの殺気が薄まる。
肌を伝って感じるシンゴの感情は、物事が上手くいかなくて駄々を捏ねる子供のソレだった。
全部誰かのせいにして、仕方がなかったと責任を取ろうとしない我が儘な言い訳だ。
「シンゴ。お前の境遇がどんなに悲惨だったのかは理解した。お前を形作る人格がなんでそうなったのかも。求めていた自由を手に入れて舞い上がったのも分かった。
……だけど、その自由が望んだものとは程遠いものだったんだとしても、それは誰かのせいにしていい理由にはならない!!」
「!!』
ビクリとシンゴの肩が小さく跳ねた。
「きっとお前は周りにいる人間を登場人物として当て嵌めてたんだろう?だけどな、シンゴ。ここは現実だ。物語のように主人公補正なんか存在しないんだ。思い通りに動くわけなんか無い!!みんなそれぞれ意思のある人間なんだからな!!」
「それ、は、分かってる!!分かってたさ!!』
「ならなんでオレの事はずっと悪魔だと決めつけていたんだ?その方がお前に都合が良いからだろ?」
「っ!』
言葉が止まらない。
心の中に押し止めていた物が溢れ出てくる。
シンゴは何も言わない。肯定も否定も。
図星なのだろう。
「まぁ、もうこの際そんなことはどうでもいい。何となくわかってたからな」
「でもっ!お前はやっぱり恵まれた奴だ!!だってこの世界を謳歌してたんだろ!?仲間とかも手に入れて、楽しくレベルアップして、本物の勇者みたいに正義を掲げて敵を倒してここまで来たんだろ!!?お前だけズルい!!!』
「は?」
物凄く低い声が出た。
何がズルいだと?
「そういうお前はこの世界でオレがどんな旅をしてたのか知ってんのかよ」
今までの旅の記憶が走馬灯の様に流れていく。
確かに楽しかった。謳歌していた。だけど、それだけじゃない。
「牢の中。友となった奴を、見世物として戦わされて、この手で殺した時の気持ちは分かるか?」
シンゴの顔が「へ?」と言いたげに呆けた。知らなかったか。
「何も知らないのに裏切り者と罵られ、暗殺者に追い回された経験は?」
「そんなの、主役では普通…』
「オレは主人公なんていう器じゃねーよ」
そんなにできた人間じゃない。
「過酷な戦場でも誰一人残さず家に帰そうと思っていた仲間が、オレの目の前で全員惨殺された経験は? 助かる見込みも無いが、目的を達成するために重症を負った仲間を置いていかなくてはならなかった時の無力さを痛感した経験は?
……いいか?シンゴ。確かにオレはこの旅を楽しんださ。だけど、ずっと楽しかった訳じゃない。何度血反吐を吐きながら戦ったか。生きる為に、オレの大切なモノを守るためにだ。これでもズルいと言えるのか?この一年。お前は何をした?」
「……………」
何も言わなかった。
目が泳ぎ、口がなにかを言おうとする度に閉じられる。
「でも、……お前は…』
言葉は続かない。
「お前のダメだった所は、人を、登場人物ではなく、きちんとした人間として向き合って来なかった事だよ。旅だってすればよかった。やっと手に入れた自由を持て余していたのはお前自身だ。シンゴ、まだ引き返せる。オレが羨ましいのなら同じように旅をすればいい。得られるものはたくさんある…。だから、投降してくれ」
「……………」
シンゴの気配が和らいだ。
殺気は無い。
途中から暴れることを止めたシンゴはすべての力を抜いていた。
空いた左手の甲を目の上に起き、シンゴは力なく笑った。
「…ふ、はは…。そうか、自由にすればよかったのか。…でも」
シンゴがこちらを見る。
その目には深い悲しみが浮かんでいた。
「もう、手遅れだ」
「!」
トン、と、軽い衝撃が体を優しく押した。
シンゴの風の魔法だ。
殺気も何もない。
さりげなく押すほどの衝撃だった。
予想外だったその行動にオレはよろめいてシンゴの体の拘束を解いてしまった。斎主も抜けた。
しまった。そう思ったその瞬間、真上からシンゴの胸に見覚えのある剣が深く突き刺さった。