赤い薔薇の花束を君に.4
何処までも何処までも登っていく。
振り替えれば村人達は、ほっと胸を撫で下ろして安堵した表情で見守っていた。
何をそんな救われたというような目で見ているんだ。
コノンを散々邪険にして、踏みにじっていたのはお前らじゃないか。
数年、ノノハラはコノンが虐げられるのを見ているしかなかった。庇うことも出来ず、慰めることも出来ない。
わかっている。これはコノンの過去だ。
未来の私が干渉することなど出来る筈もない。
悔しさで一杯だった。
なんで、コノンだけがこんな目に遭わなければならない。
ノノハラの脳裏に笑顔が咲くコノンの姿が浮かぶ。
いつも後ろをくっついて歩いて、ノノハラさんと呼んでいた。
そんなコノンが、実は一度として愛というものを知らず、贄として一生を終えようとしていたなんて誰が想像出来ただろう。
「………いや…」
その名残はあった。
出会って初めてのコノンはビクビクと怯え、声を震わせながら恐る恐る話していた。
頭を撫でるのも初めは怖がっていた。
それも三日ほどで無くなり、笑顔を見せていたが。
コノンは過去の事をあまり話したがらなかったが、そうか。
こんな過去じゃ話したくないのも当然か。
ノノハラはいつも男に見下されて過ごしていたが、暴力は少なかったと思う。
無くはなかったが、なんせノノハラは対抗できるだけの力を持っていた。暴言を吐かれれば怯える前に相手を精神的にも叩きのめす精神の持ち主だった。全てが敵で、私は優しくない人間だから。相手がどうなろうと関係がないと思える人間だったから。
きっとノノハラがコノンの立場だったら、村人全員に報復をしていたに違いない。
だけど、コノンはしなかった。己の運命を黙って受け入れてしまった。
「……コノンは、優しすぎる…」
ノノハラが困惑するほどに優しい。
いや、抵抗していいなんて、誰も教えてくれなかったからか。
己の手を見つめ、握り締める。
無力だな。
「よし、ゆっくり下ろせ」
「よいしょ」
男達が箱を下ろした。
祭壇のような所だった。
ちょっとした広場の真ん中に上が平らになった大岩があり、周りには注連縄。
そこへ蔦を箱に巻き付けて、地面に打たれた杭に結んで固定した。そして、すぐ近くで香を焚くと、村人達はやれやれと立ち上がった。
「これでよし。山の神もこれで怒りを納めておら達を幸せにしてくれるだろう」
「んだんだ。はぁー、全く先祖の尻拭いは勘弁してもらいてぇー」
「そろそろ降りよう。日がくれると香を嗅いだ山の神が起きちまう」
「そだな」
足取りも軽く、男達は山を降りていった。
何が尻拭いだ。尻拭いをしているのは全てコノンだ。
ノノハラは姿が見えなくなるまで男達を睨み付け、見えなくなるやコノンの箱を覗き込もうとした。
「…だめか」
不思議なことに、通り抜けられるモノと出来ないものがある。あの箱は出来ないものだった。
諦めて箱の前に座っていると、ゴソゴソと音が聞こえた。
コノンが起きたようだ。
日はすっかり暮れて当たりは暗い。それでも、ノノハラの目には周りがしっかりと見えていた。
「何処? 暗い、暗いよ。 お母さん? ごめんなさい! 開けて!開けて!!ごめんなさい!!」
どんどんと箱の中から懸命に外に出ようとする音が聞こえてくる。誰もいない空間に泣きながら謝るコノン。だけど、その箱は中から開かないようにしっかりと固定されていた。
それに脱出しようにも土に直接触らないと土を動かせられないコノンは無力で、どんなにもがいても、もうどうにもならない。
「!」
ずずんと、地鳴りに似た音が聞こえた。
続いて大きなものを引き摺る音。
村と逆の方にある木が、悲鳴を上げて倒れた。
黒い塊が二本、森から頭を上げてこちらを見た。
「蛇…」
首が二つの大蛇。
それが、木々を薙ぎ倒してこちらへとやってくる。
これが村人のいう山の神か。
「はぁっ、はぁっ、はっ、」
箱の中にも音が聞こえ、コノンの息が荒くなっていく。
大蛇は箱の前まで来ると、その大きな口でコノンの箱へと噛み付いた。