赤い薔薇の花束を君に.3
「やめろ!コノンを虐めるな!」
振り上げられた箒を止めようと間に入ったが、箒はするりとノノハラをすり抜けて、後ろで震えるコノンの背中へとぶつかった。
何故?
「透けてる…」
自らの手を見て悟る。
手が透けて、向こう側の風景がうっすら見えていた。
自分は今幽霊と同じ存在なのか。
「ひぃっ!」
突然女性が悲鳴を上げて下がる。
なんだと思いコノンを見ると、手が触れている壁がぼろぼろと崩れて砂になり、家自体も抗議をするかのように音を立てて軋んでいた。
ノノハラの目には、微かに魔力が感じられた。
「こっ、このっ…化け物っ!!」
投げた箒がコノンの頭に当たり踞る。
家鳴りが止み、その様子を見て女性が顔色を悪くしながらも鼻で笑った。
「いつまで踞っているんだ!さっさと仕事しな!」
そういい残すと、女性が扉の向こうへと行ってしまった。
正直殴り飛ばしたい気持ちで一杯であったが、今のノノハラには不可能なことだった。
「…………はい…」
ズズッと鼻を啜る音をさせながら、ふらりとコノンは立ち上がり、鼻血を拭うや箒と木桶を持って外へと出ていった。
今のコノンではない。
もっと、もっと、幼い頃のコノンの姿だった。
どのくらいの日々を只見るだけで過ごしただろう。
毎日毎日、親と思わしき人に殴られ蹴られ。外に出れば容赦なく石が飛んでくる。
村人はコノンの事を「厄持ち」と呼んだ。
誰一人として味方はおらず、コノンは毎日泣いていた。
「あと少しの辛抱だぁ」
それでも、唯一コノンには粗末であるが食事が与えられていた。
理由があった。
その年は実りも少なく、荒れた年だった。
コノンは13になり、村人達が集まった。
「やっとだ。やっと贄に出せる」
「これで山の神も怒りを納めてくれるだろう」
「んだ。山の力を与えられた子供だ。おれたちにゃ災厄の子だが、神には御馳走だろう」
隣の部屋でぼそぼそとそんな話をしていた。
コノンが寝ていると思って話しているのだろうが。
ぎりりと握り締めた拳が鳴る。
大人達は知らない。
コノンは起きていた。ぼろ布を頭まで被り、静かに泣いていたのだ。
翌朝、コノンに出された食事はいつものと比べて豪勢なものだった。
米に野菜に肉にたくさんの果実。
何も知らないでいたら喜ぶ筈だ。だが、コノンは自分が贄に捧げられる事を知っていた。
素直に喜べるはずもない。
なのに。
「ありがとう」
精一杯笑顔を浮かべて、最後まで味わって食べた。
そのどれかに睡眠効果のあるものが混ざっていたのだろうか。コノンは意識が朦朧とし、床に寝転んですぐに寝息を立て始めた。
コノンは青みがかった白の煌和国にあるような上着を着せられ、下は桃色の丈の長いスカートのようなものを履かされた。
そして逃げられぬようにと足を縛られ、木を編んで作られた箱の中へと入れられた。
箱の中には貴重な赤い果実と、椿の花が一杯に納められていた。
大人達はその箱を担ぎ上げ、山の中へと運んでいった。