炎の魔人.7
連れてこられたのは、先程のノノハラ達の攻撃の余波と、アウソ達の攻防戦によって作り出された大きな裂け目のひとつであった。
「此処、下見て」
裂け目の際に立ち、下を覗き込んでみると遥か下に光が見える。
風が吹き上がっていて、魔力の帯がいくつも煌めきながら、あの穴に繋がっていた。
「来たか、アマツ君」
「ユイさん」
ユイが犬とグロレを連れて来た。
「彼女、キリコさんはここであのゴーレムを全て撃破してから来るそうだ」
「そうですか。わかりました」
アウソやナリータの方も、ゴーレム撃破に専念しているようで、今脱出するつもりは無さそうだ。
ここでお別れか。
「うおっ!」
突然ユイが変な声を上げた。
なんだと思って見ると、視線がヤンに向いている。
思わず柄を握りかけているところを見ると、気付いてないらしい。
「大丈夫です。これ、ヤンですから」
『うんうん』
肩に乗ったネコも頷いてくれている。
「…だいぶ、膨らんだな…」
『ヤン、条件揃えばちょっと変身できる』
「だそうです」
にわかには信じられないが、オレがいうなら、という感じで柄から手を外してくれた。
「では。ヤン、後のことは頼んだよ」
「頼んだ」
双子がヤンにお別れしている。
オレも何となく残る人達に声を掛けたかったが、キリコはこっち見るなりシッシッと早く行けと手を振られ、アウソにもすごく遠くから「後で会おうぜ」と手を振られた。ノノハラ達にはガン無視されたが。まぁ、正直戦闘中、意識をこっちに削いだせいで怪我負ってもらいたくもないからいいんだけど。
「あっさりしすぎじゃないですかね? いつものことですけど」
寂しくともなんともないわ。
『そっちのが気が楽じゃない?』
「まぁね」
ネコが翼を形成し、体制を整える。
「じゃあ、行きましょうか」
ネコの尻尾に固定され、ヤンにタゴスも頼んだと言い残して裂け目の中へと飛び込んだ。
ノノハラ達を、ライハの光印矢を目掛けて飛ばした後、フリーダンは先程意識の戻ったカリアの元へいた。
神憑き。
そんな特異な存在は多くはない。
観測者のフリーダンでさえ、片手で数えきれるほどしか知らなかった。
「………まだ貴女は回復しきってないわ。今は安静にしておかないと」
「いいえ。今だからこそ、行かなくては」
片腕を無くしても尚、カリアは立ち上がろうとしていた。
傷はブリーギッドの能力の余韻で塞がっては来ているが、それでも蓄積した疲労はあちこちに残っている。
常人ならば未だに昏倒しているであろう。それでもカリアは向かおうとしていた。
「おねーさん止めときなって。無理に死ににいく必要は無いでしょう」
そんなカリアを、隣で魔力の半分を吸われ疲労が見え始めているノアがやんわり止めた。
だが、カリアは立ち上がった。
初め片腕分重さが無くなった事によって上手くバランスが取れずにふらついたが、すぐさま体の状態を理解し、適応した。
「って、意地でも行くなこの人は。フリーダン、こりゃ説得できねータイプだ。足もがれていても行くぞコレ」
「……」
思わず溜め息が漏れ掛けた。
「青鬼!」
そこへ、一人の煌和人が一頭の駿馬を引いてやってきた。
珍しい青毛の馬だった。体全体にしなやかな筋肉が付き、まさしく名馬と惚れ惚れするような駿馬だ。
夕日の陽を受け、神々しくもある。
「これは貴女のですか? あの魔物との混戦状態の戦場を、魔物を蹴り倒しながらこちらへ突っ込んできたのですが」
見覚えのあるその駿馬にノアとカリアが思わず口を開いて驚いた。
なんという駿馬だ。
魔物は駿馬だろうが見逃してはくれない。
そんな魔物が満ちていた大地を、この駿馬は単身突破してきたのだ。
「……飼い主にしてこの駿馬ってところですかねぇ」
ノアが苦笑している。
カリアも呆れながらも笑い、手綱を受け取った。
「ありがとう。うちの弟子の駿馬なんよ」
ハイバがカリアにすり寄り、城を鼻先で示す。
本当にただの駿馬なのかと疑ってしまう程に忠誠心がある。
「カリア、どうにか王から敵陣地への侵攻許可を得てきた。非常事態だと理解を示してくれて良かっ……。どうした?」
そして、何処かへ連絡を取っていたザラキも戻ってきて、フリーダンの溜め息はますます深くなった。
ユエ師匠、貴女の苦労がようやくわかりましたと、フリーダンは心のなかで呟いた。
こうなった場合、無理に縛り付けるのは良くないと教わった。
ならば、私は今できる最高の援護をするのみだ。
「あなた方の気持ちは充分わかりました。わたくしはできる最大限の援護をさせていただきます。ですが──」
一旦言葉を止め、フリーダンは突入する気満々な二人を見つめる。
「タイミングは、わたくし、フリーダンが図らせていただきます。よろしいですね」