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ユラユ

 そっからの旅は実に順調で、馬に乗り慣れてきた頃にようやく灰馬の変化も分かってきた。


 まずはこいつ、猫が苦手らしい。


 歩く度に揺れる(たてがみ)や尾を遊び道具にしている猫が煩わしいのかチラチラとこちらを見て止めてくださいと視線で訴えてくる。


 仕方なく猫を引き剥がすと猫は猫で不貞腐れてオレのフードの中で丸まっているのだが、しばらくすると復活してまた懲りずにじゃれにいく。分かるよ、動きが猫じゃらしだもんな。猫だもんな、じゃれつきたいよな。


 ユラユに着いたら何か馬につけるフードみたいなの買おうかなと思っていたら、カリアが薄雲の掛かった空を見上げ『ティン・ラーヴァー…』と何処かの言葉を呟いた。次いで、アウソが何かに気付いて目を細める。


「アミンカジャー《雨の臭い》する」


「ほんとだ」


 そして徐々に雨季に入りはじめて、ポツポツと雨が降る頻度が多くなって来ていた。その際、雨の臭いを教えてもらった。初めは分からなかったが、徐々にその臭いを感じることが出来るようになり、まったく興味がなかった空の移り変わりや自然の臭いにも意識を向けるようになった。


 チクセ村で購入したカッパのようなフード付きマントの雨具で凌ぎながらひたすら馬を進める。

 馬を連れては森の中へ行くことができないので、通常の道を行き、この分だと約五日で着くという。


 そして三日目の昼過ぎ頃。


「蹄の音…?」


「あ!やばい道の端に寄るよ!」


 地鳴りのような音が聞こえ、何だと耳を澄ませるとキリコがそれを蹄の音と認識し、それを聞いたカリアが慌てたように指示を出した。


 音は少しずつ大きくなり、やがて道の向こうから赤い物が二つ此方へと駆けてきた。


 何だか見覚えのあるそれに目を細めて見ていると、『おーい』とこれまた聞き覚えのある声。


「ノルベルトさんとガルネットさんだ」


「はえー、もう往復してきたば」


「流石は朱麗馬」


「んー、確かに朱麗馬も凄いけど、あの二人よくアレに長時間乗ってへたれないよ。あの二人も体力凄いね」


 それぞれの感想を聞きながら、まるで暴走族のバイク並みに蛇行操馬してきたノルベルトが輝かんばかりの笑顔で手を振ってきたのでそれに振り返すと、今度は両腕で振ってきた。おいちゃんと手綱掴んどけ。


 そしてその横でこっそり小さく手を振るガルネット。


「じゃーなあー!!お前らーーー!!!」


「!!?」


 バッチーンと馬がすれ違う瞬間、振っていた手に衝撃が走る。あ、あいつ、振ってる手にタイミング合わせてハイタッチしてきやがった。

 あぶねえ。


 心臓バクバクしながらも振り返ると、走り去る朱麗馬の上で満足そうな顔したノルベルトと、呆れたようにノルベルトを見るガルネットがいた。

 まぁ、落ちなかったから良いか。


「やるわね、あいつ」


 そして何故か感心しているキリコ。


「おっと」


 二人が駆け抜けていってしばらくすると、地鳴りの元だったらしい馬の大群がやってきて砂埃を上げながらすれ違っていった。

 冒険者にしては身なりが良く、武器は様々であるが身に付けている装備が揃っている。肩にある赤地に金の角を持つ黒い雄牛が一つの組織だと主張していた。


 走り去った大群を見送り、道の端から離れる。


「あの大群もかなりのスピード出してたのに、軽く走ってるように見えた朱麗馬にだいぶ引き離されてたな。てか、何だったのあの集団?」


「マテラの自警軍。でも軽く50人近くいたわねぇ、やっぱり商団が絡んでるのかしら」


「だとしたら妥当な数ね。まぁ、なんか動きがだいぶ遅かったような気もしないけど」


 それからは特に異常も、マヌムンとも遭遇することなく無事にユラユへと辿り着いた。


「ほあー、超栄えてる!」


 細かい彫刻を積み重ねたような壁がそびえ立ち、色鮮やかな旗が風に吹かれて(なび)いている。


「ここは海際の方との合流地点の一つだからな」


「ここのヒレ酒が超美味いんよー!!」


「魚も美味しいわよ」


 ひゃっほう!と叫び出さん程に頬が赤く染まりテンションが上がっているカリアが珍しく子供のように全身からワクワクを放出していた。


 そうか、飲兵衛でしたね。


 ところで。


「ヒレ酒ってなに?」


「魚のヒレで作る酒」


「酒って何でも作れるんだな」


 どんな味がするのか気になるところだが、まだ未成年なので飲めない。残念だ。


「さーて、今夜は飲むぞ-!」


 ちなみに同い年のアウソはルキオ国の成人年齢15歳なのでガバガバ飲んでる。

 正直、羨ましく思わないときもない。



 ◇◇◇



「駿馬四頭と人が四人、後ガトが一匹。みんなギルド登録してるハンターよ。所属は無し。そう、短期間で。一人は仮登録だから印はまだだけど、ここに証明板がある。うん、サグラマで作成する」


 門のところで何やらカリアが門番と話をしている。聞くとなにやら板を見せている。何となく、海外に行くときにパスポート見せてやるあの光景と重なった。

 今は灰馬から降り、門へと続く道を並んでいる。並んでいると言っても日本のように綺麗に並んでいるわけではなく、腰ほどの柵が人の数によって移動し、無理矢理列を作っている感じだ。


「そこの兄ーさん!シィカウサー買ってかんか?ルキオから届いたばっかで、二日酔いの時はこれとクルザゥターを溶かし混んだ水を飲むと一発で回復するよー!!」


「疲れたときの薬!甘いチュロッサはいらんかー?甘滴(かんてき)もザゥタンダギーも、もちろんアルバリコルケの飴もあるよー!! あい!そこの人!見るだけ見てってや!」


「足揉み屋ー!腰から足先までまんべんなく揉みほぐす、リットレー足揉み屋ー!」


 列のすぐ両脇で祭りの屋台よろしく商人さんがわらわら集まり旅人を店に引きずり込もうと狙っている。


 挙げ句の果てには肉を売ろうと、目の前で分厚い肉をこれまた旨そうなタレを塗りたくりながら焼き始める商人が現れ、そしてその臭いを団扇で(あお)いでくる。なんだ、この苦行。


 あ、今後ろの旅人が耐えきれずに肉を買ってしまった。


 ちなみにこの手の商人は料金を割高にしてくる上に、一度買ったらマークされて次から次へと誘惑して金を搾り取ろうとする。と、アウソから聞いた。だから無視しろとキツく言われている。


「失礼します」


「!」


 何も見ない、聞かないと一心不乱に猫と灰馬を撫でて堪えていると、とても綺麗なお姉さんがやってきて掌を上にして手を出してきた。なんだ?と不思議そうにしていると女性が「後ろが詰まってます、急いで」とやや不機嫌そうに言ってくる。


「手!手ぇ出せさ!」


「手?」


 手を出せば良いのか迷っていると、アウソから助け船。

 アウソに言われた通り手を出すと、手首に平たい石が付いた紐を付けられた。そしてその石に向かって女性がスタンプのようなものを押す。


「?」


 女性がアウソの方へと行ったのでスタンプを押された石を見てみると、そこには赤い丸が3つ並んだ印。撫でてみるが、インクは指につかなかった。


「はい、ではお入りください」


「ライハ!行くよ!」


「あ、はーい」


 カリアに呼ばれ灰馬を歩かせる。


 赤レンガ造りの建物が立ち並びあちらこちらからお客を呼び込む声や音楽が鳴り響く。そしてやはりどの建物にも何かの旗が揺らめいている。


 シルカで見た市よりも遥かに大きく、賑やかな店の群衆の中で、一際異彩を放っているものがあった。


(何だろうあれは、あのヤギに似た頭の巨大魚は)


 普通の魚が売られているのと同時に、なんかのキメラかと思うほどの変な魚も売られていた。そして、その中でも『サタゴーロ』と名札を下げられたヤギ頭の巨大魚はダントツで、オレは思わず二度見をしてしまったほどだ。


 果たしてあれは本当に食べれるのか。

 一体どんな味なのか。


 大変気になるところですが、店員と目があって売り付けられては敵わないのでなにも言わずにスルーした。




「あー!つっかれた」


 馬小屋付きの宿を探している間に日がだいぶ落ちてしまい、四人は装備を外しながら馬に乗り続けたことで固まってしまった腰や背中を伸びをしたり骨を鳴らしたりして解していた。


 勿論オレも体がバキバキに固まっていた。

 首の骨を鳴らしながら思わず、


「湯屋に行きたい」


 と呟くと、三人もあー、と声を漏らした。

 考えていることは同じらしい。


「じゃあ先に湯屋に行ってから食べに行こうか」

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