第四の???.6
蹴られた頬が痛い。
魔族は総じて体が人間よりも頑丈だ。おまけに魔力で多少なりとも障壁を張っているから受けるダメージは軽減される。だというのに、なんだこの痛みは。
(いてぇ…)
目の前に広がる赤い海が、水に蓋をされて暗くなる。
あの人魚憑きの仕業だろうか。
(…、このまま終わりにしたい…)
本当は戦いたくない。
できるならば、味方として手を貸してやりたかった。
── ェ。
── カエ 。
頭に直接送られてくる信号が頭痛を酷くし、魔力が汚染されていく。
(でも、そんなこと、許してくれないんだろ?)
── ワカッテるじゃない。
ずるりと、視界の端にチヴァヘナの横顔が、己の肩から伸びて形成された。きょろりとこちらを見ている瞳までもほんものそっくりだが、実際にソコにあるわけじゃない。
これもチヴァヘナの能力による魅了支配における幻覚だ。
── ひとりでやるのが難しいのなら、応援を喚んであげる。さっき仕上がったばかりだけど、貴方よりは強いわよ。ふふ。だから、必ず削りなさい。彼を成功させるのよ 。
その言葉を残して消えると、底の方から大きな渦がこちらに向かって迫ってくる。
とぐろを巻いた、怪物に成り果てた哀れな少女。
ああ、遂に、君は全てを棄てたのか。
首に埋められた魔具が発動し、意識がボヤけて刈り取られていく。
(俺も、もう自我を保つのも無理だな…)
手が勝手に動いて、腰に差してある剣の柄へと伸びる。
次、この意識が戻ってこれるか分からないが。
『………負けんなよ』
ゴ、という音を最後に、タゴスの意識は消えた。
ドン、と、山のようなマグマの柱が立った。
その衝撃で、打ち上げられた溶岩の雨が落ちてきたが、ネコの尾が屋根を作って防いだ。
やっぱり、終わりにしてはくれないよな。
「!」
マグマのベールが段々剥がれて、姿を表したソレに衝撃を受けた。
「…コノン?」
龍の体躯。頭から伸びる巨大な四本の角は、緩くS字に曲線を描き、剥き出しの上半身には棘が裸体を隠す。
二の腕から、指先までをゆったりと被う大きな布はヒラヒラと靡いているが、その布の先から覗くのは、人のものとは思えない大きな鈎爪。
「あれ、本当にコノンか?」
ユイがそう言うのも分かる。
姿は、というか、顔はコノンだ。体の方は色々変わってしまっているが、それは間違いない。
ただ。気配が完全に別のものへと変貌してしまっていた。
黒いヘドロは無くなっているようだが、それよりも、もっと大切なものを失ってしまったような。
『!! ライハ!!』
「はっ!」
ブン、と上空から大質量の柱がマグマの雨を飛び散らしながら降ってきた。いや、あれはコノンの尾だ!
「掴まれ!!」
皆の服を掴んでジャンプする。
コノンの尾によって割られ、引っくり返りながら一部が遥か上空へと弾き飛ばされた。
城外の時よりもスリムなフォルムなのに、威力は桁違いに上がっている。まるで鞭だ。
元居た地面へと戻り、床に着地する。
次の瞬間。
「ぐっ!?」
横から加えられた衝撃に防御をする隙もなく吹っ飛ばされた。出来たことといえば、皆の服を手放せた事くらい。
「ライハ!」
アウソが声を上げるが、刃が迫っているのに気付いて銛を振り上げれば、炎を噴き出したままのタゴスの剣がアウソの銛に弾かれた。
タゴスの気配も変わっている。首元の魔力が増大しているのを見て、察した。完全に意識を切断されたのか。
受け身を取り、身を起こすと、地面に影が広がる。風が落ちてくる音を耳が拾い上げる。
「またっ !??」
顔をあげ、一瞬固まった。
コノンの尾によって高く打ち上げられた岩石がっ!
気付いたときにはもうすぐ目の前。
間に合わ──
ドゴォオオオオオ!!!!!
盛大な音を立てて岩石が青い槍に貫かれてバラバラに砕けた。
「ちょっと、城の中がこんなに熱いなんて聞いてないわよ!」
砕けた石に混じって、氷の欠片も降ってくる。
「う? 懐かしいニオイする」
モサモサの毛の塊から可愛らしい声。
立ち上がり掛けていたオレのすぐ側に、片膝をついた人が。桜色の髪を揺らし、頼もしい表情を浮かべていた。
「遅ればせながら、このノノハラ、助太刀しに参りました」