総力戦、開始.16
吐き出す息は白く、本来見えるはずもない白い魔力の瞬きが視認できる。
身体は冷たく、頭は冴えている。
なのに、内に燻る熱の塊が、まるで燃え盛りたいと訴えるかのように脈打っていた。
(ああ、この感覚は久しぶりだ)
子供の時以来か。
あの時は、訳のわからない衝動を制御できずに体が勝手に動いたが、今では手に取るように使い方が分かった。
自分が自分でなくなるこの感覚は嫌いだ。
だけど、そう我儘を言っていられる状況でないのは理解していた。
ピイピイと音を出して体の周りで魔力が鳴いている。
服が、溶ける様に消え、代わりに“懐かしい”衣装が戻ってくる。“カリア”としてではなく、“カリアッハ”としてのだ。
手にしていた大剣はいつの間にか柊の杖が握られていた。
手に馴染むそれは、先の方がハンマーに似た形状となっており、とても殴りやすそうだ。
改めてサラドラを見る。
師匠を長年苦しめた元凶の一つ。
右手を壊す元凶。
そして。
弟子を殺そうとした張本人。
「さぁ、カリアッハ。やってしまいなさい」
心地良い、懐かしい声が溶けた。
杖を握り締め、大地を踏み締めた。
どんっ!そんな音と共に景色が後ろへと伸び、杖を振りかぶった。サラドラは驚きつつも、不敵な笑みを浮かべて避ける動作も、受ける動作もしない。
サラドラには物理攻撃は通用しない。
だが。
カリアの脳裏には、レーニォが投擲した氷柱が突き刺さるのを見ていた。
同じ物理でも、性質が違えば物理が通る。
冷気が、カリアを苦しめていた熱を取り払い、力を与えた。
ずっと押さえ込んでいた途方もない魔力が、半身であるブリーギットがカリアの代わりに操作し、意のままに動く。
杖に霜が降り、白く白く色を変え、先端にある石が水色の氷と化した。
『なっ!?』
しかし、途中サラドラは杖の変化に気が付き、咄嗟に逃げようとしたが、その動きはカリアにとってはとても遅いものだった。
ハンマーとなった杖がサラドラの腹部へと衝突する。
貫通はしなかった。
サラドラの体はくの字に折れ曲がり、全身を覆っていた炎がハンマーの勢いに負けて吹き飛ばされた。
炎で嵩増ししていたサラドラの体が露出する。
なんと細い体か。
まるで少女じゃないか。
だが、カリアのハンマーは無慈悲にもサラドラの腹部を容赦なく叩き、『うえ』という声とも音ともつかないものを残して遥か上空へと打ち上げられた。
膝を曲げ、飛び上がる。
サラドラは目に涙を溜めながらもカリアに気付き、炎を体から発生させて、カリアへと放った。
迫る炎の壁。
だが、カリアは焦ることなく頭に浮かぶ言葉を口にした。
「サウィン」
身に纏っている青色の衣が黒く染まり、フードが形成される。
杖を回すと、巨大な鎌へと形を変えた。
上半分だけの頭蓋骨を模した仮面を装着したカリアの姿はまるで、死神。
刃が炎へと突き刺さる。
本来実体がない筈の炎が、まるでピンと張った布にナイフを突き刺し引いた時のように両断された。
『ひっ!?』
恐怖が混じった顔。
しかしサラドラはすぐさま掌にビー玉程の玉を作り出し、二人の間に放った。
玉が砕け、白い光に包まれた。
全身を貫く衝撃にカリアが吹っ飛ばされる。だが、その向こう側でも、同じようにサラドラが粉々にされ、弾き飛ばされていた。
地面の灰が、衝突した衝撃で舞い上がる。
サウィンの衣装が解けた。
がはっ!と口から血を吐き出すが、次の瞬間にはブリーギットの春の息吹きによって傷が癒される。ブリーギットは再生・回復の女神だ。ブリーギットは再び眠りにつくまで、カリアの傷を完全に癒すだろう。
鎌もハンマーへと戻っている。掴み直して立ち上がると、サラドラがこちらへと突っ込んできていた。翼の周りに炎の槍が出来、打ち出される。
それをカリアは回避し、ハンマーで叩き落とす。
暑さはない。
熱も緩和している。だが、足場が悪い。
出来るだろうか。
疑問が浮かべば、できるわ、と、返答が来る。
「インボルグ」
杖を灰に突き刺し言葉を口にすれば、そこを起点に大地に異変が起こった。水分がなく焼けた灰が固まり、ひび割れるや、その隙間から植物が芽吹き始めた。
『サラドラの世界に干渉するな!!!』
サラドラが炎を地面へと向け、芽吹いた植物を焼いた。だが、カリアは大地から杖を引き抜くと、振り上げ、ハンマーを地面に叩き付けた。
「ベイラ」
ゴンッ!!と鈍い音をたてて地面が陥没し、カリアが干渉した範囲の地面が隆起した。その衝撃で跳ね上がった岩を、カリアはハンマーで殴り付ける。
殴られた岩は爆発し、幾つもの欠片となってサラドラへと飛び掛かっていく。