決戦前.7
世界というものは、初めはどれも泡のようなものだ。
たかが流れる空気に触れるだけで、ちょっと膜が薄くなっただけで、バチンと弾けて終わってしまう。
世界の泡沫。
その中でも基盤が固まり、揺らめく膜が安定し、個という物が確率した瞬間、薄い殻が張って浮遊を始める。
その瞬間、世界は生きるために循環を初め、生き物を作り始めた。
「世界っつーのは、そこの勇者で言うところの宇宙とはまた違うものだ。次元とも違う。概念、っていうのかな。自分が自分としての自意識……、いや、まぁ難しく考えないで、今ここに生きてる外と確立された空間が世界だ」
世界の泡は卵の形へと変わり、無限の空間を浮遊し始める。
そこで、神に近い存在や、管理人を置くと殻は硬く頑丈になって、ちょっとの衝突では何ともない。というよりは、そうそう衝突なんて起きない。
「なのに、軌道が重なり、こっちとあっちの世界が勢い良く衝突した。角度が少しでも違ってれば、表面を削る程度だったんたが……。まぁ、正面衝突だ。無事なわけがない。特にうち、──魔界の方な、の管理人が討伐されて、ただでさえ均衡が崩れ掛けた時の衝突だ。もちろん被害は凄まじく、あっという間に世界は大混乱に陥った」
地面があちこちで裂け、山が崩れ、川が枯れ、火を吹いた。
「元々こっちより気性の荒い土地だったから、そりゃあもう酷かった。地獄だったよ。そのせいで空も分厚い雲で覆われて、特に酷かったのが白躯症だ。角が白く濁り初め、すぐさま髪も白く、そして全身に白い模様が広がって脱け殻のようになってしまう。そうなってしまってはもう終わりだ。呼吸もできなくなって、砂になって消える……」
アンノーンはその時を思い出しているのか、目を伏せた。
白躯症、その症状を聞いて思い出したのは黒斑の病だ。
あれば確か、魔力慣れしてない体に、大量の魔力が入り込んで暴走したのが原因といっていた。
症状は似てない筈なのに、何故こんなにも引っ掛かるのか。
アンノーンがこちらを見て頷いた。
「これは、こちらでいう魔力欠乏症の重症版だ。魔族は魔力を呼吸や様々な方法で吸い、それをエネルギーとして生きている。世界に満ちてる魔力は無限ではない。作れないわけではないが、限りがある。そして、実は向こうの植物も魔力で育っているものが多い。それが、衝突を境に、凄い勢いで枯渇していった」
「それは、裂け目から噴き出したと言われる黒い靄のことか!」
ニックが立ち上がり掛ける。
「ああ、そうだ。裂け目からこちらへと魔力が流れていった。お陰で食べるものが無くなり、動物も死に絶え、子も産まれなくなり、魔族も魔力の少ないものが次々に砂になっていった。子供が先にやられたよ。今でも覚えてる。死にたくないって叫んでるのに、体が崩れていくんだ。どんなに願っても、手から溢れ落ちていく……」
アンノーンの手が震えている。
「……それで、高魔力の魔族達が、生きるために略奪を始めるのは何もおかしな事では無かった。魔力が補充さえできれば、死にはしないからな。………、あの頃からか、同士食いが始まったのは。まぁ、何せ、そこで肉の味を覚え、ついでに微量ながら能力を奪えると分かった魔族達は、手の届く範囲の国を食い尽くした。だが、その一部の魔族が空腹のあまり裂け目へと身を投じた。形振り構ってられなかったんだろうなぁ。辛うじて生き残った動物が裂け目へ飛んでいくのをみたからかもしれんが」
バシンと神の記録が繋がる。
初代勇者の記憶だ。
骸骨に似た魔族が死ぬ気で襲い掛かってきていた。
「そこで、人間を見付けてしまった。最初は空腹のあまり襲い掛かったのだろうが、一口食べた瞬間、死ぬほど欲していた魔力が補充されていくのを感じた、らしい。実際枯渇で死にかけてたからかもしれんが、それとも魔力が馴染んでなかったから大量に蓄えられていたからなのか。ともかく、それを伝え、この世界を侵略する計画が持ち上がったと言うわけだ」
この頃の人間界も混乱中で、対処する術なんか無かったが、神が何とか世界の亀裂を塞ぐことで事なきを得た。と。
だが、それは人間界だけで、魔界での混乱は続いていた。
何せ、魔力が枯渇した状態で閉じられたんだ。
「初代勇者が、何とかして亀裂を塞いだ。だが、世界の大半の魔力が戻ってこなかった。相変わらずこちらの問題は解決しない。なら、やることは決まっていた。解れ掛けていた結界を無理矢理抉じ開け、一気に攻め込んだんだ」
ここで、第2次人魔大戦に発展していくのか。
「で、ここでようやく俺とユエが観測者として派遣されて」
「ストップ!!!」
挙手して話を止める。
まてまてまて、今派遣されたの?
「はい、勇者」
「今派遣されたんですか?その前から見てきた風に言ってたじゃないですか」
「見てきてたんだよ。そこはどうやって観測者に選ばれるのかの話になるが、そこまで説明すると長いから、後でな」
「へい」
モヤつきひとつ。
「で、そっからは勇者伝の通り。そんで、ようやく本題に入るんだが。スイ、あれ出してくれない?」
「はい」
何だろうと見ていれば、地図を取り出す。ここでは珍しいタイプだ。何と、ノウスラーン大陸だけではなく、サウスラーン大陸まで描かれている。その所々に青い点と赤い点がある。
それをしばらく眺めて、青い点が亀裂の場所だと分かった。サウスラーンを中心に波紋のような形状になっている。
そこで、ようやくノウスラーンのだけのものを塞いでも意味がなかったのだと知った。
青いのは分かったが、赤い点はなんだ?
「この赤いのは?」
シェルムが訊ねる。
「俺が見た中で、過去最大、最悪の転移魔方陣だ。いいか、この赤いのの大きい方を繋げていく」
アンノーンが赤いインクのペンで次々に繋いでいく。初めは何の形か分からなかったが、だんだんと、見覚えのあるものへと変わっていった。
血の気が下がる。
そうか、だから勇者は使い捨て。
元々目当ては勇者召喚なのではなかった。
「……まじかよ…、…オレ達は、実験台だったのか…?」
「ライハ?」
アウソが大丈夫かと心配しているが、オレはそれどころではなかった。
地図に大きく描き出された魔方陣。見覚えがあるのも当たり前だ。
それは、オレ達がこの世界に召喚されたときに使用された魔方陣と瓜二つだったからだ。