決戦前.6
熱いお茶をズズズと音を立てて飲む。
この世界にしては珍しい飲み方だ。
音を立てては失礼に当たると言われる地域が多いのだ、此処は。
「ふぅー、身に染みる。だったか?なんとなく言葉の意味が分かった気がするぞ、ユイ」
「それは、良かったです」
うーむ。初めて見る組み合わせたが、なんだかしっくりくるな。
「……なぁ、あれって前に教えてもらった向こうの飲み方に似てるさ。同郷?」
こそこそとアウソが耳打ちしてくる。
向こうの仕草に似てたから反応したらしい。
「ではないな。似てる世界だけど、違ったから」
「……良くわからん」
「実はオレも分かってる訳じゃないから大丈夫」
神から与えられた知識でも、頭の性能によって得られる情報が大分違う。
あれだ。世界中のありとあらゆる情報がインターネットとして流通しているが、それを使う機械、もしくは頭を持ってなかったら意味がないって奴だ。
お陰で、ちんぷんかんぷん状態の知識の海から、似たような物を知っているような気がするというデジャヴを体験した瞬間に情報が繋がるので、オレこの知識知ってたのにわからんかったってのが何度かあってもどかしい。
この神の知識、アウソとかニックに宛がった方が絶対に良かった気がする。
「で、そうそう。まずは事前知識の共有なんだけど。君たちはさ、混沌、魔界、悪魔についてどのくらい知っている?はい、君」
「え」
アレックスが狼狽える。いきなり指されるとは思ってなかった。
「あーー、っと、えと、………混沌って裂け目の向こうの世界で、悪魔はそこから来る敵?」
「うん、こっちからしたら間違いではないね」
アレックス、ほっと息を吐く。
「実は、魔族ってのは、お前らと同じ存在だ」
その回答に、数名以外頭にはてなマークが浮かぶ。
「体の作りと魔力関係を省けばほぼ同じ。獣人種と人種との違いしかない」
オレは大分違うと思うと思ったが、よくよく考えたらこっちの世界の人達は皆獣人から進化したんだった。
元は同じ、違うのは何を捨てて何を得たかだけ。
その例えが分かったらしい数名が、なるほどという顔をしている。わかってなさそうなのとどうでも良さそうな五人には後で誰かが説明してくれるだろう。
「立ち位置によって、話が変わるんだが。……実は、俺は向こう、魔界の方の観測者だ。だったって言った方がいいか。──まてまてまて、立つな、武器出すな、一旦座れ」
魔界の方の言葉に反応して、レーニョ、ノルベルト、シェルムが席を立ち掛け、隣の奴がどうどうと宥めて座らせた。
「といっても、俺はあっちの抗争とか、まぁ、ここの世界に仕掛ける作戦を知って止めるために色々動いてたら、追放されちまった。お陰で観測者を剥奪され、ついでに名前と能力まで無くしちまってさ。アンノーン・パーソンって名乗ってるってわけ」
アンノーン・パーソン。なるほど。
「で、ちなみになんであいつらがここに来たか知ってる人いる?」
いや……、と大人数が首を振る。
そんなこと考えたことも無かったというように。
そんな中、ニック、カリア、オレだけは何も言わなかった。
理由を知っている。
といっても、オレは前勇者の記憶と、エルファラの記憶、そして神の記録で知っているが、そのどれも昔のものだ。今がどうなっているのかは定かではない。
記憶で見た魔界は、いつも憂鬱な、それでいて苛ついているような空気が流れていた。大地は枯れていて、頻繁に起こる嵐で疲弊していた。空に青空はなく、淀んだ雲には雷が蓄えられ、地面に無数に走ったヒビは大陸を割ろうとしているほどだ。
正直、こっちよりも状況は悲惨だ。
「この状況の原因は、実は初代勇者の時代より前に遡る。気の遠くなる程、むかーし、むかしのお話だ」