通常ルート
はじめての野宿。
ご飯を食べてさぁ寝ようとはいかず、寝る前にじゃん拳のようなものを全員でした。
なにかと訊ねたら夜番の当番を決めたらしい。
元々オレは初めてなので誰かしら付くようにしたとか。ちなみに順番はアウソ、キリコ、オレとカリアという感じになった。
「……………、……スー…」
「眠いのは分かるけど起きるよ」
「はっ!寝てた」
早朝、太陽が昇る前に起こされて目を擦りつつ見張りをする。
眠い。本当に眠い。
時々意識が飛びつつカリアから声を掛けられて起きるというのをかれこれ10回はしただろうか。
学習しないとと思いつつ、昨日の疲れと焚き火の天然ヒーリングで秒速10メートルでにじり寄ってくる睡魔に勝てる気がしない。
「…暇?」
「暇です」
「なんかお話とかする?」
「オレがですか?」
「どっちでも良いよ」
確かに、このままじっとしてたらまた眠ってしまうかもしれない。それなら何かお話でも聞いたり喋ったりしてたほうが良いかもしれない。
「じゃあ、お願いします」
「そうね、じゃ…結構マイナーだけど、こっちの国、ウォルタリカ周辺で伝えられている創世記でも…。昔、昔──」
昔、昔の大昔。
世界は光りも届かない程の真っ暗闇な空間で、そこは濃厚な魔力の水が満ちていた。
ある時天の杖が12本水に差し込まれ、その枝からたくさんの蔓が伸びて空間を上と下に分けた。
すると水が渦を巻き、軽いのは上、重いのは下へと沈んでいった。
そしてしばらく経って、はるか上から火の滴が落ちてきた。
滴ははるか上の壁を突き破り、蔓の地面さえも貫いて深く深く沈んだ。すると黒い水は消え去り、世界は光に満たされた。
こうして昼が生まれた。
しばらく明るかった世界に幾千もの光る水滴が天から落ちてきた。水滴は幾日も降り続け、蔓の地面の低いところへと溜まっていき、こうして海ができた。
空間に満ちていた残った重いものも水滴が飲み込んで下に落とし、残ったものは土となった。光は徐々に消え、軽いものと共に上へと昇り集まったそれは太陽となり、上の軽いものと移動し必ず一度は姿が消えた。こうして夜が生まれた。
そして遅れて昇った光の粒が集まったものは月となった。
そこからまたしばらく経ち、土の地面から小さな茎が無数に生え葉が繁り、大地は一面の緑に包まれた。
これが我が父なる大陸の誕生の話である。
「神様とかは出てこないんですね」
「なんで神様?」
「オレの居たところでは神様が七日で世界作ったとか、海に浮かぶ砂浜に降りて島作りをしたとか、そんな話があるんですよ」
「へぇ、そっちの神様は作るのが好きなのね」
「いや、そういう訳じゃ……、好きなのかなぁ?」
「神様とかは出てこないけど、続きがあって遠いご先祖は出てくるよ」
すべての生き物は母なる巨人、ラ・クーより生まれた。
ラ・クーは天より降り立ち幾年もかけて世界を見て回ると、もっとも豊かな地を始まりの地、ソ・チルセで13の子を生んだ。
子は小さきもの、角生えしもの、爪あるもの、跳ねしもの、頑丈なもの、鱗あるもの、走るもの、蹄あるもの、器用なもの、翼生えしもの、牙生えしもの、突き進むもの、そして黒いものと様々であったが、ラ・クーは我が子らを慈しみ愛した。
ラ・クーは言った。
我は直に還る身であるが、我が子らよ悲しむことなかれ。我らは皆同じように還り廻って生まれるもの。例え身体は無くとも光と精に分かれて何時までも近くで見守っている。
そしてラ・クーは静かに長く息を吐きその身を横たえると、ラ・クーの身体はたちまち緑に覆われ大きな木になった。
12の子らは一粒だけ涙を流し、ソ・チルセを去った。黒いものだけは悲しみにとらわれ何時までも涙を流していた。
12の子らは振り返らず進んだ。あるものは日の昇る地へ、あるものは日の沈む地へ、またあるものは冷える地へ、またあるものは火が燃える地へ、海へいくものもいれば空へいくものもあった。
「──我ら偉大なる水豊かな地へたどり着いたロッソの民こそ、冷える地へ来られた13子の一つである。…これでおしまい」
「なんか凄い話ですね。なにかの神話みたいだ」
「んー、神話じゃないね、創世記」
「そうでした」
それにしても不思議な話だった。
巨大が出てきたから北欧神話かと思ったけど全然そんなことなかった。
「そういえば、そのずっと泣いてた黒いものはどうしたんですか?移動しなかったんですかね?」
「さてね、もしかしたらずっとそこで泣いてたのかもね。ちなみにこれはロッソ、北の国で伝わる話だからマテラとかルキオではまた違うんよ。運良く伝承師に出会えたら話してもらえばいいよ」
◇◇◇
それから約5日。
特にマヌムンやルツァに遭遇することなく順調に歩を進め、オレの体力も少しずつ付いてきたのか後半走らずに辿り着けるようになった。
「よし」
そして火の付け方もようやく安定。
夜の見張りはまだ補助が付いているが、その暇な時間は勉強することにしている。
カリアからは一般知識とハンターの基本。そしてあちこちの国の話や教訓になる話。キリコからはマヌムンの種類、早期発見の仕方、弱点。そして対人戦での立回り方を。そしてアウソからは言葉や立ち振舞い、為になる情報に自分が弟子になりたてで起こった笑える珍事件の話など。この時に初めてアウソがオレと同じ19歳ということが判明した。
「だからタメで良いって言ってたのにして、俺は何となく同い年だって思ってたさ」
「うん、これからはタメでいく。アウソ限定で」
「そーだな。キリコさんとカリアさんにタメしたら絞められるから」
「あえて“どこ”がって言わないの怖いわ」
そうして6日目の朝。
「さて、ライハも慣れてきたみたいだし、こっちの通常ルート行くよ」
「通常ルート?」
え、じゃあ今歩いている道は何ルートなの。
「あー!やっとね!ちょっと物足りない感凄かったから、ようやく解消できるわ!」
「俺はもう少しここでも良かったさ」
やったぁと喜ぶキリコに少し残念そうなアウソ。
「なんすか?通常ルートって」
「ふふふん、すぐわかるよ。良い?絶対にはぐれないようにするよ」
さぁ出発!と意気揚々とカリアが道を外れて森の中へと入っていった。それに続いてキリコ、そしてアウソ。
「ボケッとしてんな、はよ行くぞ」
突然の事に驚いて動けなかったオレを手招くアウソ、そして肩に頭を乗せている猫が早く行けと尻尾で頭をペシペシ叩くので慌てて三人を追い掛けた。
足元の生い茂る草を何とか掻き分けながら進んでいくオレとは対照的に三人は慣れたように進む。しばらく行くと足元の草がまばらになり、巨大な木がどこまでも続く空間へと辿り着いた。
空は一面緑で覆われ、その隙間から差し込む光がなんとも言えない景色を作り出す。
その空間をひたすら歩く。
剥き出しの太陽の下を歩いている時に比べ、はるかに涼しく歩きやすいように思えた。時折吹き抜ける風が柔らかく心地良い。
「ライハー、ちゃんと来てるー?」
「大丈夫です、後ろにちゃんといますよ」
凄いなとあちこち見渡しながらも歩くスピードは緩まずに一同はずんずんと奥へと進む。クローズの森もなかなか凄かったが、ここも違う感じなのだが凄いと思えた。何が凄いなのかは分からないが、何だろう神秘的な、そういう気持ちになる。
「俺達はいつもはこういう森の中を進んでいくんさ。今回はライハが加わったから足慣らしで初め道を歩いたけど、こっちのが綺麗だしなんか安心するだろ?」
「うん、良くわかんないけど凄いほっとするね。それになんか…」
進行方向ではないのだが、森の奥の方で何かがキラキラと光るものがあちこち飛んでいた。黒ではない。白いやつ。
だけど魔法を使うときに見えるものとは少し違う感じのする何か。
「超キラキラしてるし」
「綺麗だよなー!朝方の森が特に涼しくて気持ち良いんさ。特に朝露に反射する木漏れ日とか最高!」
「そうか、あのキラキラ朝露なのか。じゃああれは何だ?虫とか?」
「どれ?」
あれと指差すと、飛んでたキラキラが全部消えていた。
「あれ?どこいった?」
探してみるがそれらしいものは見付からなかった。歩いているから見える角度が変わってしまったのだろうか。
「また見付けたら教えてくれさ」
「わかった」
おかしいなと首を傾けながらもう一度だけ探してみたが、やはり見付からない。綺麗だったのに残念だ。
カリアが森の中を突っ切るのは理由がある。
それは安全地帯を縫うように作られた道はぐにゃぐにゃと曲がって作られているので、目的地に着くのに少しばかり時間がかかるのと、マヌムンの遭遇率が低くなるという。
「遭遇しない方がいいのでは?」
「フリーハンターって言ったでしょ?ずっとマヌムン避けてたらお金の元が剥ぎ取れないし、食料も無くなるじゃない」
「お金の元が剥ぎ取れないのは理解出来ましたが、食料…?」
「そう、食料」
キリコの言葉の意味がわからなかった。が、すぐに判明することになった。
「!、止まれ」
先頭にいるカリアが静かに指示を出すと木の影に隠れながら前方の様子を伺っていた。
何だろうと伺い見ると前方、そう遠くない木の影に白い毛の何かがいた。
「ハク・カクウね。幸先が良い」
「師匠、アタシいっていい?」
「いいよ」
ここで待っててと言うや、キリコが短剣を持ち静かに駆けていく。
白い毛の持ち主は何かの気配を感じて後ろを振り返るが、そこには何も居ない。上に長く伸びる耳をしきりに動かして異変を探ろうとするも、それよりも先にキリコの短剣が獲物の喉をとらえていた。
「ヒュッ……」
喉に感じた熱さがみるみる内に痛みへと変わり、悲鳴を上げようとしたが既に声帯を切断されて空気の漏れる音しかしない。それに、もう目の前に赤い色をした怪物が頭に銀色のものを突き立てている最中で、白い毛の持ち主はあっという間に意識を刈り取られた。
「すげぇ」
本当に一瞬の出来事だった。
体高一メートル、サイのような角を生やした白兎がキリコの気配を感じて振り返る。その時にはキリコはウサギの近くに生えた木に身を隠しており、こちらもしっかりと隠れて息を潜めているので見付からない。長い耳をアンテナのように動かしている最中、キリコが素早くウサギに接近し喉元を短剣で切り裂き、そのまま流れるように飛び上がるとウサギの脳天へ短剣を突き立てる。
悲鳴をあげる間もない。
ウサギは崩れるように巨体を地面へ転がした。
「これがこのウサギの簡単な仕留め方。ちゃんと覚えてよ、これでも子ウサギだから」
「これで子ウサギ…だと」
「西では何て言ってたか、ああワイト・ホンビットって言ってたね」
「………ああ、ホンビット種…」
ホンビット、巨大な角ウサギ。見た目からは想像もつかないほど狂暴で、雑食。基本なんでも食べるがポポンダの花(花弁が砂糖菓子のように美味い黄金色の花)の周りでは更に凶悪化し、花に近付くものにはルツァにも容赦しない。攻撃方法は蹴る(樹の幹が普通に折れる)と突進して角で突き刺す。噛み付く。引っ掻く。敵に攻撃されると悲鳴をあげて仲間を呼ぶ習性があるので、出来るだけ見掛けても近付かないようにしよう!
と、城で読み漁った書物に記載されていたのを思い出した。確か、大人になると二メートルになるんだっけ?
そうか、こいつがあのホンビットなのか。
「大人だと三メートルになるからねー。本当に幸先が良いわ」
「地方によってでかさが変わるのか、そうなのか」
「どうしたライハ、遠い目をして。なんかあったば?」
「さあ!ちゃちゃっと肉と角と毛皮剥いで急いで逃げるわよー!」
キリコとカリアがウキウキと剥ぎ取っては茶色い袋に詰め込んでいく。その光景にデジャヴを感じながらオレも貰った短剣で剥ぎ取りを手伝った。